黒は福を呼ぶ
※2024年ホワイトデー
※小話「勿論、本命であろう?」の続きですが、単体でも読めると思います。
「さて、どうしたものか」
来る日に備え、拙者はあることについて考え込んでいた。その来る日というのは、先月愛おしい妻から頂戴した菓子……バレンタインデーのお返しというやつだ。
贈る品に悩んでいるのだが、贈る品が思い浮かばないというわけではない。むしろ、贈りたいものが多すぎるのだ。
「あまりに多くの品を贈っても、名前を困らせてしまう……」
名前は形に残るものをあまり所持していない。おそらく、物自体を失ってしまうことを恐れているからだと、拙者は考えている。実際、名前は肉親を最悪な形で失っているため、その出来事からあまり形に残る思い出を残すことに躊躇いがあるのだろう。
名前にとって、思い出は美しいものであると同時に、残酷なものと定義されているのだから。
拙者はその定義の中にある”残酷なもの”を消したい。拙者だけは、お主の前からもう二度と消えぬと誓える。それを分からせるためにはどうすればよいだろうか……。
「おや? 父上、こんなところでどうしたのだ?」
ふと、聞き馴染んだ声が聞こえた。
振り返れば、そこには愛おしい存在の片鱗を覗かせた我が子、楓真が名前によく似た瞳でこちらを見上げていた。
「楓真であったか。何、ホワイトデーの贈り物を考えておったのだ」
「母上のか?」
「うむ。だが、贈りたい品がありすぎて、なかなかまとまらないのでござる」
楓真も名前からバレンタインデーの品を受けた身。相談くらいはしてもよいだろう。……我が子に相談する父がいるだろうか。
だが、幼い者の意見は時として状況を打破できることがある。聞く分にはよいだろう。
「そうなのか? 拙者は母上に贈りたいものはすぐに渡していたでござるよ?」
「む、」
「それに、母上は毎度嬉しそうに『ありがとう』『大事にする』と言ってくれたでござる!」
今でこそ共に過ごすことができている拙者と名前だが、5年ほど前は離ればなれになり、すれ違いをしていた。
だからこそ、楓真の意見は貴重なのだ。その5年間、誰よりも名前のそばにいたのは楓真なのだから。
「……ならば、拙者が贈りたいと思った品すべてを渡しても問題ないのかもしれぬな」
「父上は母上にどんな品を贈ろうと思っていたのだ?」
ふむ、それを聞くか。
聞き飽きないとよいのだが。
「菓子でもよいのだが、拙者は形あるものを贈りたいと思っている。贈り物として代表的な装飾品を考えておるのだが、どうやら贈る品によって意味があるらしくてな。どの意味も拙者には良いものばかりで、1つに絞れそうにないのでござる」
「装飾品を贈ることは意味が込められておるのか?」
「うむ。楓真、お主も将来心の底から愛おしいと想った相手が必ず現れる。その時のための勉強と思っておくと良いでござるよ」
「分かったでござる! それで、どんな意味があるのだ?」
思っていた以上に楓真も興味津々のようだ。
名前から聞いたところ、楓真には想いを寄せる相手はいないと言うが、稲妻で良く過ごしていた子供たちからは人気だったと、宵宮殿から聞いたらしい。
さすが、名前の血を持つだけあって、他が興味を持つ容姿なのだろう。拙者は我が子故、無条件で愛らしいと思ってしまうから、他からの評価はどんなものか気になるのだ。
「首飾り……ネックレスとも言うのだが、意味としては『あなたのことを心から想っています』『ずっと一緒にいてほしい』だという」
「ふむふむ」
「腕飾り……ブレスレットとも言う装飾品は『君しかいない』『ずっと一緒にいてほしい』という意味を持っておる。首飾りと似ているな」
「なるほど……」
「耳飾り……これは耳朶に穴をあけるピアスと呼ぶものと、穴はあけずとも着けることが可能なイヤリングがあるのだが、これは『いつどこでも自分の存在を感じてほしい』という意味が有名のようだな」
「あ、穴を……拙者、怖くてできないでござる……」
「ふふっ、楓真にはまだ早いようだな。だが、いずれその良さに気づくだろう。さて、これで最後なのだが、拙者は指輪も贈る品の候補として考えていたのだ」
「指輪! 確か他国では婚約指輪なるものがあると聞いたでござる!」
「それは稲妻でいう男性が女性に簪を贈る意味と同じでござるな。だが、拙者はすでに母上に簪は贈っている故、指輪を贈るなら結婚指輪になるだろう」
「指輪にもいろいろな意味があるのだな……」
と、ここまで贈りたい装飾品について述べたが……いくつか意味を可愛く告げたものがある。それは首飾りと腕飾りだ。
楓真に告げた意味を持っていないのか、と言われれば嘘である。だが、それよりも拙者が想っているのは___二度と名前が拙者の目の届かぬ場所へ行かぬよう、傍に縛り付けておきたい。そんな独占欲だ。
この気持ちを名前へ押し付けることが間違っていることなど、勿論分かっている。だが、空白の時間で生まれた空虚が今も尚塞がっていないのだ。それを埋めるには名前の存在が必要不可欠なのだ。
たとえ、誰もが桔梗院家の呪いと言おうとも拙者は構わぬ。この気持ちは呪いで抱いた気持ちではないとはっきり言えるほど、これは自分の行き過ぎた想いと自覚しているから。
「以前、宵宮の姉君と母上が装飾品について話していたことがあったのだ。仕事で壊してしまったり、失くしてしまったら嫌だから、あまり身に着けたくないそうだ」
「それならば、なぜあの簪は着けておるのか、と問いたいとこだが……まあよい。それに、もう名前は戦うことを強いられていない。華美になっても誰も怒ることはないだろう」
「綺麗な装飾品を身に着けた母上か……絶対似合うでござるよ!」
「そうだろう? 楓真はよく分かっておるなぁ」
「えへへ……」
楓真もこう言っておるのだ。ならば、もう悩む必要はない。
「拙者はこれから装飾品を物色しに行こうと思う。楓真、お主も来るか?」
「いいのか!? なら拙者も行くでござる!」
「決まりだな。では、母上に合う装飾品を見つけに行こう」
早速ホワイトデーのお返しの品を見つけに行こう。
このようなものは早めに見ておかなければ、良品が他に取られてしまうからな。
「当日まで母上には内緒だぞ、楓真」
「勿論、分かっておる!」
拙者が選んだ装飾品を身に着けた名前、か。想像しただけでも満たされる感覚を覚えてしまう。
これは実際にこの目で見たとき、自身がどうなってしまうか分からないでござるな。
***
「名前、バレンタインデーのお返しでござるよ」
「父上と一緒に選んだのだ! 気に入ってくれると嬉しいでござる!」
ホワイトデー当日。
拙者と楓真は事前に購入していた品を”すべて”渡した。
「ば、バレンタインデーのお返しにしては量が多すぎない?」
「拙者たちの愛だ」
「愛でござる!」
「は、はぁ……」
どこか困惑している名前だが、きっと状況を整理できていないだけであろう。何、そのうち理解できるはずだ。
「どれか身に着けてみてくれないか?」
「わ、分かった。えっとじゃあ……これ」
そう言って名前が手に取ったのは……首飾りが入った箱だ。箱を開き、物を見た名前は、何をどう見てもその首飾りに目を輝かせていた。
「綺麗……こんなもの、貰っていいの?」
「それでは買った意味も、贈る意味もないであろう?」
「うん、じゃあ着けてみるね……」
名前は首飾りを器用に身に付けた後「どう……かな」と、少し恥ずかしそうに問うてきた。
「似合ってるでござるよ、母上!」
「ありがとう、楓真。えっと、万葉はどう、かな……?」
蒼色の瞳がこちらに問う。
……言わずもがな、であるが。名前は直接言葉にしてほしいみたいだ。
「想像以上に良いものを見れた。綺麗でござるよ、名前」
そして、真っ先に首飾りを選んだということは……期待してよいのか?
拙者に一生縛られることを望んでいる、と。
ま、そう思っておらずとも、拙者はもうお主を離してやることなど出来ぬのだがな。
……なんてことを拙者が考えていることなど、思ってもいないのだろうな。
拙者の言葉に顔を赤くする名前の胸元には、楓と桔梗がぶら下がった首飾りが、彼女の動きとともに揺れている。それが太陽の光に反射し、美しいほど輝いていた。
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万葉くんは別れを多く経験しているからこそ、一度愛してしまったら束縛しそう(管理人の偏見)
2024年03月14日
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