第一章:夢現、問われるは意思



『……えよ、……よ』


真っ暗な空間に聞こえた声。
……途切れ途切れだけど、この声はどこか私に似ている・・・・・・


『応えよ、我が扱いし武術を持つ者よ』


今度ははっきりと聞こえた。でも、声しか聞こえない。
そういえば、私動けるの?

その事に気づいて下を向けば、自分の足下、見慣れた衣服が見えた。視界に入る位置まで両手を動かし、手を握って広げ手を繰り返す。異常はないみたい。

なら、ここはどこなの?
あの声はどこから聞こえるの?


そう思った瞬間、強い風と共に懐かしい香り___昔、両親が、桔梗院家が存続していたときに嗅いだことがある桔梗の花の香りが漂った。

その強い風で無意識に閉じていた目を開ければ……そこに人影が。


「……え?」


だけど、その人物は___私によく似ている。
違いと言えば、身に纏っている衣服が違うことと、向こうの方が私より身長が高いくらいだろうか。それほどに目の前の人物は私に似ていた。


「応えよ、我が扱いし武術を持つ者よ」


今度ははっきりと聞こえた。
目の前にいる人物の口が動いていることも確認できた___私に似た声の主は、この人だ。


「そなたは何故なにゆえに我の武術を望んだ?」


貴女の武術?
そもそも、私は目の前にいる人物について知らない。

……否、全く知らないわけではない。もしかして、という予想は頭に浮んでいる。それは、私の祖先である桔梗の花の精霊ではないか、と。

けど、それが確かであるとは分かっていない。


「……まず、貴女は誰?」


だから問おう。
貴女は誰なのか、と。


「……我は桔梗の化身。名をキョウと申す」

「!」


その名には聞き覚えがある。
……あの日、璃月港で出会った綺羅々さんが言っていた名前だ。

そして、私に似た容姿……将軍様は私の容姿を見て、祖先と似ていると仰っていた。目の前にいる人物は、私の祖先である桔梗の花の精霊で間違いない。……私の予想は合っていたようだ。


「そなたも名を告げよ。我だけは不平等であろう」

「……名前。楓原名前。以前は桔梗院名前と名乗ってた」

「! 桔梗院……なるほど、我によく似ていたのは気のせいではなかったか」


一歩、精霊がこちらに近付く。
刀は……ある。摩訶不思議な空間だけれど、ちゃんと武器はあったらしい。桔梗院家に代々伝わってきた宝刀……蒼光の紫刃。元を辿れば、桔梗の花の精霊が使っていた刀だ。


「その瞳……悪くない」


また一歩、精霊が近付く。
……私の感が言っている。この精霊は私に近付いて___


「ッ!!」


牙を剥くってね!
一瞬の速さで振り下ろされた刀。それは元素力でできたもののようで、雷元素で作られているようだ。私の感は当たっていたようで、咄嗟に顕現させた刀で、相手の攻撃を受けた。


「ぅぐ……っ!」


けど、なんて重さだ……!
少しでも気を緩めたら負ける……ッ!


「……なるほど、少しは腕があるようだ」


私の刀から重みが消える。それは精霊が私の刀から、雷元素の刀ごと離れたからだ。その重さは彼女が離れた後も残っていて、思わず膝を着いてしまった。


「我の一太刀を避けるのではなく、受け止めきった……人の身であり、女であるそなたに心からの賞賛を」


……そうか。
例え女性であろうとも、彼女は精霊。人間のように弱い存在ではない。だから、私と比較してはならない___そもそも、彼女が始まりなのだ。似た容姿を持って、同じ性別をもっていても、私と彼女は別人……。

何処か心の底では思ってた。
祖先が同じ女性だったから、桔梗院家の武術を継ぐ事はおかしな事じゃないって思っていた。けど、今彼女から言われたことでその認識は間違っていたことに気づいた。


「……何故、そんなにも気を落とす」

「私は貴女とは違う。……そう思っただけです」

「ふむ、悩みとな。それは自身と我を比べたからであるか?」


精霊の言葉に私は頷く。
……私は女だからと、初めは桔梗院家に伝わった武術を継ぐ事を反対された。けど、私以外継げる存在が桔梗院家にはいなかった……。

私は”仕方なく”武術を引き継いだのではない。父様が扱った武術の美しさに、力強さに憧れて___私が継ぐと懇願した。


この時は先祖である精霊を除き、桔梗院家の武術を継いだのは男性だけしか記録されていなかった。歴史になかったから、女性は無理だと言われていたことを私は___私が初めての女性継承者になると父様に宣言した。

その意思を父様は、少し悩んでから分かった、と私の意見を前向きに検討してくれて……正式に後継者として認められた。


勿論、小さな頃から多くの武芸を叩き込まれた。それは、幼き万葉と出会う前から。女の子として生きるなら、剣術は愚か、武術を学ぶ事は必要のないことだ。

それでも私は望んだ。心の底から、本心から___桔梗院家の武術を扱えるようになりたいと。


「そう。……私は貴女と自分を比べている。どう考えたって、貴女に適わないことは目に見えているのに」

「祖である我を対象にするか。ふふっ、その志……気に入った」


未だに膝を着いていた私の目線に合わせるように、精霊は屈んだ。
そして、私とよく似た蒼色の瞳でこちらを捉えた。



「ならばこの我が教え、与え……導こう。そなたのその志が本物であるのなら、着いてこれるであろう?」



その瞳に宿りしは、私を試すという意思。
……私の祖先であり、憧れた武術の祖が直々に見てくれると言うんだ。


「勿論……受けて立ちます」

「ふふっ、その意思実に心地よい。ならば夜明けと共に来るが良い」


その意思が本物であるならば、その場にある試練など容易いものだろう。
そう言った精霊の姿が段々と薄くなり、暗かった世界が明るく___



***




「……!」


目が覚めた。
さっきのは……夢?

でも、夢にしてはあまりにも現実味のあるものだった。


「……」


近くを見渡せば、そこには愛しい人……万葉と、彼との宝である存在、楓真がまだ眠っていた。
そうだ、私は南十字船隊の依頼で万葉と楓真と一緒に稲妻へ帰ってきていたんだ。

そして、ここは以前私がまだ社奉行に仕えていた時に使用していたセーフハウス……いつか稲妻に滞在するときに、と綾人様が残して下さった場所だ。


私は二人が起きないように、物音を立てずに敷き布団から出る。こっそりと様子を見たけれど、起きる様子はない。二人とも耳が良いから起きてしまうのではと思ったけど、どうやら深い眠りに落ちている様子。

私は二人の寝顔を見たあと、外に出た。
このセーフハウスは日の出か見える位置に建てられている。水平線を見れば、もうすぐ太陽が顔を出す頃だった。



「……行ってみよう。あの夢が本物であるかどうか確かめるには、行くしかない」


蒼光の紫刃も手元にある。
……この刀と共に彼女へ見せるんだ。今の実力を。

そして、認めて貰いたい___この武術を扱うに相応しい後継者であると。
夢とは思えないくらい、脳裏にこびり付いた場所。これは精霊が指定した場所なのだろう。


「いってきます、二人とも」


セーフハウスが視界から見えなくなった頃、漸く太陽が頭を出した。
……それと同時に。



「___名前?」



不安げに揺れる紅色の瞳が、私の名を呼んだ。






2023年12月18日


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