十三:



「協力感謝する」


桔梗院本家から出た後、裟羅は改めて名前、万葉、私とパイモンに感謝の言葉を送った。


「いえ、それはこちらの台詞です」

「彼らの処分については近いうちに発表があるだろう。何せ、桔梗院家は九条家配下の家門でも大きな存在だったからな」

「九条家も大変な状況だと言うのに、続けてこのような事を……」

「構わない。むしろ、こうして悪事を暴くことができたのだ。九条家については気にしなくて良い。稲妻の隠れた闇をまた取り払えたのだから、もっと己を誇れ」

「……ありがとう、ございます」


私、パイモン、そして万葉は名前と裟羅の会話を静かに見守った。やっと名前の長い戦いが終わったんだ。その事実に自分のように喜びを感じていたときだった。



「___桔梗院名前。お縄について貰おうか」



そう裟羅が口にした瞬間、彼女の背後に控えていた天領奉行の人が名前の手を掴む。そして、彼女の手首に縄を……


「おい、何してるんだよ!? なんで名前を捕まえるんだ!!」

「先程彼女自身が告げただろう。『桔梗院家の犯した罪と関わりのある全ての人へ処罰を』と」


パイモンの問いかけに対し、裟羅は淡々とした口調で返答した。確かに名前は桔梗院家の血が流れている。それに……間違ったことは言っていない。彼女が犯した事は、先程連行された当主の男と同等なのだから。


「……っ!」


目の前の事で驚いていると、隣にいる万葉の様子がおかしい事に気づく。よく見ればその表情は怒りを含んでいて、今にでも武器を取りだそうな勢いだ。


「彼女は無差別殺人を行っている。例外なく処罰の対象だ」

「っ、万葉!!」


裟羅の言葉に堪忍袋の緒が切れたのか、万葉が武器を抜き斬りかかろうとした。

なんとか彼を羽交い締めして止める事ができたが……うっ、力が強い。気を抜いてしまったら抜け出される……!


「っ、離してくれ蛍!」


私の拘束から逃れようと万葉が暴れる。今の万葉は冷静さを欠いている、抜け出したら間違いなく裟羅を斬る……!
そう思っていたときだ。


「落ち着いて、万葉」


首だけこちらを振り返った名前が万葉に声を掛ける。お陰で少し大人しくなったけど、それでもまだ彼の怒りは収まっていない。


「何故だ! 何故抵抗せぬのだ、名前!!」

「私は初めからこの覚悟だった。桔梗院家の死と同時に私も消えることになるだろうって分かってたんだ」


名前の覚悟は家の問題だけじゃなかったんだ。……自分の罪を清算することも含まれていたんだ。

けど、そうなれば名前はどのような罪に問われる?
……そんなこと考えなくても分かる。流浪達を殺害したことだ。それも、名前は数えたくないほどの流浪人に手を掛けたと言っていた。


……だから万葉が我を忘れるほどに怒ることも、必死になるのも分かるんだ。間違いなく名前はその罪に問われて___



「ごめんね、万葉。……楓真をお願い」

「名前、」



万葉が羽交い締めされた状態で名前に手を伸ばす。……だけど、その手は届かず名前はこちらに背を向けた。そしてそのまま天領奉行の人によって連行されてしまった。


「万葉……」


パイモンが万葉の名前を呼ぶ。しかし彼は反応しない。それどころか、先程までの暴れる勢いが嘘のように大人しくなった。……いや、大人しくなったというより、力が抜けたといった方が正しいか。

彼を拘束から解くと、万葉はその場に膝を着いてしまった。慌てて彼の目線までしゃがんだ。


「万葉? ……っ」


私の視界に入った万葉の表情は、一言で表すなら『絶望』。彼から表情がすべて抜け落ちていたのではないか、という程に万葉の表情は無だった。


「……そう落ち込むな」

「裟羅、」

「悪い事をしたとは思っている。だが、お前達が思っているような結末にはならない」

「……どういう事でござるか」


裟羅の言葉に反応した万葉が口を開く。その声音はほのかに怒りを含んでいた。


「元より彼女については将軍様直々から命を下されていた。見つけ次第連行しろと」

「っ、やはり名前を……!」

「だったらオイラ達が直接聞きに行くぞ! な、蛍!」


パイモンの言葉に私は力強く頷いた。
私達は将軍元い、影とは認識がある。将軍が人形である事も知っている、今から向かえば止められるかもしれない……!


「それは許可できない」

「なんでだよ!」

「どうやら将軍様は二人で話したいことがあるらしい」


裟羅の言葉に私は一瞬だけ思考が停止する。

……話がしたい?
一体何を考えているの?

そして、名前と二人で話がしたいと言ったのは将軍? それとも……


「信用ならぬ」

「万葉、」

「友についてはもう気にしておらぬ。それが彼の覚悟だったからだ。……だが、名前の覚悟は違う。否、あれは覚悟ではない」


うつむいていた万葉が顔を上げる。裟羅を見る万葉の紅色の瞳は怒りを宿していた。


「桔梗院家を守れなかった己の未熟さ……それ故に犯した罪だからと名前は”仕方なく”受け入れた。だから名前は自分の罪を死で償おうとしている。……しかしなぁ、名前はそれを前向きに受け入れたと拙者は思わぬ」

「なんでだ?」

「前に宵宮殿が言っておったであろう? 名前は死にたがっていたと。他人に死にたいと申すことは、自分で命を絶つことができないからでござる」

「な、なるほど」

「先程、桔梗院家当主の言葉に対し『腹を切る』と言っておっただろう。あれはあの男が名前を利用価値のある存在と見ていたことを分かっていたから、名前はああ言ったのだ」

「つまり、脅しをかけたってこと?」

「うむ。だから名前は、死ぬ事を無理矢理受け入れようとしておるのだ」


……本心は怖いと言っているだろうに

万葉は本当に名前のことを分かっているんだ。だから名前の隠れた本心を読み取れるんだ。


私は名前が最初からその覚悟だったんだと思っていたんだけど、確かに今まで見て聞いて知った彼女について改めて考えれば、名前という人物像が固まってくる。

私じゃ完璧に名前について理解してあげられないけれど、万葉は違う。だって、私達が知らない名前を彼は良く知っているし、理解している。


でもこれだけは分かるよ。名前は自分の気持ちを正直に話したがらない。名前は本心を隠したがるんだもん。……そうでしょ、万葉?



「例え神だろうと、拙者はこの刀で彼女に立ち向かおう。今、この状況を見ているだけで過ごす方が、拙者は後悔する」



刀を抜いて万葉は裟羅にそう告げた。その言葉に万葉の覚悟がすべて含まれているように聞こえた。



「……将軍様の邪魔をするならば、私はお前を打つ。だが、その前に話を聞いてくれないか」

「話? なんだ?」

「あぁ。これは桔梗院家が九条家の配下に加わり、桔梗院名前の行方が分からなくなった時、将軍様が仰っていたことだ」


裟羅が話し始めた。
その内容に私は目を見開き、万葉は驚きの表情を浮べた。



***



「出ろ、将軍様がお前をお呼びだ」



天領奉行に連行され、牢に囚われて暫く。天領奉行の兵士が私を呼びに来た。
……将軍様が私をお呼びだそうだ。


「……はい」


遂にこの時が来たか。身体を起こし、兵士に縄を引かれながら後を着いて歩く。


「将軍様、桔梗院名前を連れてきました」


歩くこと数分。入室した部屋の奥には、この国の神である将軍様の姿があった。


「ご苦労でした。貴方は下がりなさい」

「はっ。失礼します」


兵士が退出し、この空間に私と将軍様の二人だけとなった。膝を着いている状態である私の元へ、将軍様が薙刀を手に歩み寄ってくる。

……あぁ、腹を切るのではなく、首を切られるのかな。
そう思っていた時だ。



「!?」



薙刀が私の元へ振り下ろされる。……しかし、私の首は繋がったままだ。それに、その薙刀は元々私の首ではなく、私の背後に振り下ろされていた。


「ど、どうして……?」


そう。将軍様は私を拘束していた縄を切ったのだ。
将軍様の行動の意図が分からない……私は彼女の統制する稲妻で悪事を働いた。罰せられて当然……彼女直々に下されるのだから、それは重い罪だったのだと覚悟していたというのに。


「顔を上げなさい、桔梗院家の末裔よ」


力強い声が私の耳に届く。恐る恐る顔を上げると、こちらを見下ろす美しい紫色の瞳が私を捉えていた。
目が合ったと思えば、何と彼女は私の目線に合わせるように膝を着いたではないか!


「お、お待ち下さい、将軍様! 膝を着くなど、」

「……おや、いけませんでしたか?」


そう言ってイタズラに成功したように微笑む将軍様に、私は固まってしまった。……あれ、将軍様ってこんなにも口調が柔らかかったっけ?
それに、綾人様から聞いていた雰囲気が今の将軍様から感じられない……。先程までの張り詰めた空気が一気に霧散していく……。

クスクスと笑いながら身体を起こす将軍様に続き、私も身体を起こした。


「……こうしてみると、貴女は彼女・・によく似ている」

「え?」

「これが俗に言う”先祖返り”というものでしょうか」


懐かしむ様に私を見る将軍様に首を傾げる。彼女、とは一体誰の事を言っているのだろう……?
それに、先祖返りって一体……?


「あ、すみません。あまりにも懐かしい顔だったものですから、過去を思い返していたのです。お気になさらないで下さい」


気になる事ではあるけど、それよりも私が気になっている事は……。



「何故、私の拘束を解いたのですか。私は貴方に処刑されるべく連れてこられたのではないのですか」



将軍様が私を縛る縄を切ったこと。まぁ、この方から逃げることなど不可能ではあるのだが、縄を切られたことがどうしても引っかかってしまう。それに、こうして優しい眼差しを向け続けている事もあって、変な勘違いをしてしまいそうになる。


「私は初めから貴女を処刑する気などありませんでしたよ?」

「え……?」

「その気であれば、兵を総動員させ貴女を捕獲していましたから」


……確かに、将軍様の言う通りだ。
いくら流浪と言えど、彼女の納める国で私は人を斬った。自分の意思ではなかったとは言え、沢山の悪事を働いたのだ。むしろ、今まで何もなかった方がおかしいではないか。


ということは、私は意図的に放置されていて、見逃されていた……?



「どうして……」

「そうですね。一言で言ってしまえば、”私情”です」

「し、私情?」



何故、将軍様が私情で私の悪事を見逃した?
将軍様の考えが分からず、頭の中ですっと混乱している。



「少し、昔話をしましょう」



そう言って将軍様は話し始めた。
話は今から2000年ほど昔に遡る……将軍様が語る人物は、今は数が少なくなったと言われている妖怪についてだった。


「その者は桔梗の花に宿る精霊でした。彼女は青紫色の髪に蒼色の瞳を持つ……貴女にそっくりな方でした」

「私に……?」

「ええ。彼女は後に桔梗院家と呼ばれる家系が誕生するきっかけになった始祖なのです。つまるところ、貴女の先祖です」


先祖……!?
まさか、自分の先祖が人ならざる者だったなんて思いもしなかった。まぁでも、2000年ほど昔の話であるなら、その血はかなり薄いだろう……。


「あれ、先程将軍様は私に先祖返りと仰っていませんでしたか……?」

「ええ。貴女の容姿は彼女によく似ています。ですが、私は容姿だけでそう判断したのではありません」


容姿だけではない?
将軍様の言葉に疑問を持ちながら私は言葉の続きを黙って待つ。


「彼女は稲妻の地より生まれ落ちた精霊で、何よりも自分の領域を守る事に誇りを持っていました。本来、精霊とは戦いを苦手としている種族ですが、彼女は大切なものを守る為に武器を手に取りました。その武芸は私が知らない業でした」

「将軍様が知らない? それも剣術……あれ、もしかして……」

「はい。貴女が扱う桔梗院家の武術……主に剣術は私から派生したものではなく、貴女の祖先自らが編み出した独自の芸なのです」


流石に私も知っている。稲妻の武芸の祖は将軍様であることを。桔梗院家が継いできた武芸も例外ではないと思っていた。

だが今、将軍様は桔梗院家が代々継いできた剣術は彼女から派生したのではなく、祖先自身が発案者であり祖であると言ったのだ。


「貴女達桔梗院家は多彩な武器を扱いますが、やはり剣術だけは他の家系を見ても中々真似できない業を持っています。その芸を見て、私は彼女に守る術を授けると同時に、私の持つ武芸を継ぐ役割を与えました」


それが、桔梗院家が多彩な武芸を会得する特質な家系であった理由です
……桔梗院家の血を持つ者だというのに、始まりについて何も知らなかった。それに対し恥を覚えると同時に、私の祖先は将軍様に認められていた存在だったのだと誇りを感じた。



「現代の人間達は、当事者達を含め桔梗院家の武芸を継ぐのは男性の役割と認識していますが……始まりとなった者は女性です。貴女が桔梗院家の武芸を継ぐ事に関しては、何もおかしな事ではないのですよ」

「……っ、」

「貴女は本当に彼女によく似ている……ですが、その芸は彼女を上回っているように私は見えましたよ」



将軍様からの言葉に視界がぼやける。熱くなる目元を隠すように顔を下げれば、頭に優しく何かが乗る。少しだけ視線を挙げれば、将軍様の手が私の頭の上に乗っていることが分かった。


「ふふっ、すぐに泣いてしまう所もそっくりですね」

「も、申し訳ございません……っ」

「構いませんよ。私はこうして貴女と話したかったのです……桔梗院名前」


私はしばらくの間、将軍様に頭を撫でられながら涙を流し続けた。自分の努力は無駄ではなかったこと、桔梗院家の武芸を継いだことが間違いではなかったこと……いろんな事が混ざって、中々落ち着くことができなかった。



「……話が逸れてしまいましたね。貴女をこうして呼んだのは思い出話ともう一つあります」


私が落ち着きを取り戻して暫く。
将軍様は私を連行しここへ呼んだ理由の”もう一つ”について話し始めた。



「貴女は稲妻にとって脅威と呼んで良い存在になってしまいました。私の私情で見逃していたとは言え、今回このような件が表に出てしまった以上、貴女は稲妻で更に肩身の狭い思いをするでしょう」

「私は人を殺めた時点で既に稲妻にとって脅威である存在です。扱いにはもう慣れました。その視線が更に鋭くなるだけですので、心配無用です」


どうやら将軍様は私が稲妻にいることで辛い思いをするのでは、とお優しい言葉を告げたのだ。だけど、そんなの私にとって今更。そもそも私という存在を知る者は少ないのだから気にすることはない。

でも、将軍様は違うようで。



「これから貴女の処遇について伝えます」

「……はい」

「___稲妻からの追放。それが貴女への罰です」

「…………え?」

「貴女を稲妻という地から解放します。それが私に出来ることです」


まさか、稲妻に鎖国令を出した本人から私を国外追放すると言われるなんて思いもしなかった。


「ですが、永遠にとは言いません。貴女の好きな機会に、また稲妻に帰って来て下さい」


それに、永遠の追放ではない……。そんなの、追放だなんて言わない……!


「私は、貴女から直接処刑されることを覚悟していた……なのに、追放だなんて」

「私は私の考えで多くの民を犠牲にしてしまいました。……過去は戻す事はできません。ですから、これからを大事にしてよりよい未来を築こうと考えています。私は二度と、意味のない事で命を奪いたくないのです」


どうか、私の頼みを聞くと思って受け入れて下さい
そう言った将軍様はどこか悲しそうな表情を浮べていた。

……私の中で将軍様は稲妻のためならどんな手段も使う方だと思っていた。だけど、目の前にいる彼女を見ていると、これまで彼女が下した鎖国令、目狩り令は何か背景があったのではないかと感じ始めた。


「……私は罪人です。それが将軍様の下した罰であるのなら、私は受け入れます」

「! ……ありがとうございます」

「お礼を言うのは私の方です、将軍様」


優しく微笑む将軍様は、どこか母様を彷彿させる。顔は全く似ていないのに、なんでだろうな。

……私は今日、桔梗院家の苗字を捨てると同時に稲妻を追放される身となった。けど、こんなにも晴れやかな気分なのは何故だろう。


「では将軍様、失礼致します」

「いつでも稲妻に帰って来て下さい。私は貴女をいつでも歓迎しますよ」


将軍様の言葉に涙が出そうになりながらも、頭を下げ私は部屋を後にした。ふと、窓を見れば太陽が水平線から覗き始めていた。

……もうすぐ新たな一日が始まる。







...精神美

彼女は本当に祖先に似ている
ところで彼女は知っているのでしょうか?


桔梗院家の血の始まりは花の精霊からはじまった
花の精霊はその花の化身……そして、その花は桔梗と呼ばれる青紫色の花

桔梗の花言葉の1つに誠実という言葉があります
彼女はその言葉を体現している……そして、他の花言葉も彼女と一致しているものがある


……桔梗院名前
私の戦友であった者の血を引き、なおかつ先祖返りである存在

もっと早くに貴女を救うことができず、申し訳ございませんでした
だから、辛い思い出の多いこの地から貴女を解放します……どうか、稲妻の外へ旅立ってください


……貴女の新たな門出に祝福あれ


2023年04月10日


実は途中まで将軍のフリをしていた影ちゃん


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