十二:梅
※少々倫理観に掛ける内容を含みます
※長いです(どうしても1話に纏めたかった)
夜
場所は現桔梗院家本部
私は事前に調査していた場所から侵入する。
……分かってはいるけど前の本部、私の家だった場所とは内装が全く違う。あの男の趣味を感じる。
「……5人か」
あの男の部屋に行くためには、いくつかの部屋を経由しなければならない。その第一関門である部屋には5人の敵を倒さなければいけないらしい。
「本当に侵入者が来るのか?」
「当主がそう言ってんだ。しっかり見張っておこうぜ」
「けど、なんで当主はその侵入者を捕獲するように言ったんだ? しかも傷を着けるなって注文だし……」
……なるほど。あの流浪達の会話から大体の状況が予想出来た。
私が思っていたとおり、あの男は私を探しているらしい。そして、捕まえようとしている。流浪の一人が言う『傷を着けるな』という発言が引っかかるけど……。
……私を捕えて何を考えている。
ま、捕まる気なんてないんだけどね。それに、
「ぐあぁっ!?」
「何だッ!?」
しっかり見張っておこうなんて言ってたけど、そうやって会話してる時点で油断してる事に気づいた方がいいよ。
……指摘する気もないけど。
峰打ちで気絶させた流浪たちに意識がないことを確認し、刀を収めた。
「さて、感づかれる前に移動しよう」
この流浪たちには恨みも罪もないけど、あの男と関わったことを不幸に思う事だね。……なんて心のこもってない事を思いながら部屋を出る。
彼らの悲鳴や倒れた音に気づいて増援を呼ばれたくないしね。
私は相手がこちらを視認しない限り見つからない。これはあの男によって罪のない流浪を斬っていた頃に身についたものだ。
その力が神の目を授かったことで強化され、自身を水のように背景に透過させることが出来るようになった。
私は意識しないと足音を立てて歩く事ができない。これが私の気配が薄いと言われる理由の一つだ。
いかなる場所に置いても私は足音を立てることができない。……その音で相手に居場所を特定されてしまったら、その時点で死が待ち受けていることを学んだから。
「よし、これで二部屋目制圧」
色々考えながらも2つ目の部屋にいた流浪達を気絶させた。……こうして今までを振り返ってしまうのは、これが”最後”だからかな。
「あと三部屋経由すれば、あの男のいる場所に……」
昼間、あの男が此処に戻ったことを確認済みだ。その後に外出した所を目撃していないから、私が侵入したと同時に逃げ出していない限り、本部にいることは間違いない。
「……チッ」
あの男……立場上、私の義理の父親という事になる。だが、あの男を義理だとしても父親と見る気は無い。
あの男は桔梗院家を、家族を……全てを奪った。そんな男に敬う気持ちなどあるわけがない。
何を欲して私達の日常を壊した?
……いや、疑問に思わずとも分かっている。あの男は桔梗院家が代々継いできた数々の武芸に興味があった。だから私達に近付き、そして父様を……!
「食らえぇッ!!!」
「!!」
___しまった!
もうすぐ目的を果たせることと、目的である男に対する気持ちで現状を忘れてしまっていた……!
気付いて振り返った時には、こちらに刀を振り下ろそうとする流浪の男性。その刃は目の前に。
刀を抜こうと茎に手に掛けるが、多分間に合わな…
「させぬ」
「何ッ!?」
「はあああっ!!」
「誰だお前達は……うぐッ、」
私と流浪の間に入った紅葉色。刀を弾く音が聞こえたと同時に、聞き覚えのある力強い少女の声が聞こえ、気づけば流浪は倒れていた。
「危なかったね」
「怪我はないか、名前」
「な、なんでここに……」
___なんでここに、蛍と万葉がいるの……?
「オイラもいるぞ!」
「パイモンまで……!? なんで、」
なんで、こんな危険な場所に来たの?
綾人様は、この事を予想していなかった?
……いや、綾人様が悪いわけじゃない。3人の気配……じゃないな。行動をしっかり見ておくべきだった。
きっと私の後を着いてきていたに違いない。それも、私が気配を察知できる範囲外を保ちながら……。
「なんで、とは。拙者は申したはずだ。お主の力になりたいと」
「友達の助けになりたいって理由じゃダメかな」
……力になりたいから、なんて。
これまで私は一人で行動し、戦ってきた。その方が誰かを傷つけることはない。失敗や責任はすべて私にだけ掛かってくる。
誰かいることで面倒になるとは一度も思った事は無い。ただ、私の実力が誰かを守る為に振える自信がなかった。守り切ると断言できないから。
私が全てを解決すればいい。それにこれは私と桔梗院家の問題だ。二人が自ら危険に踏み入る必要は無い。だから来て欲しくなかったのに。
「……ここまで来てしまったのなら、敵に見つからずに撤退できるとは思えない」
「承知の上で参った、と言ったら?」
「場数なら蛍もオイラも沢山経験してるぜ!」
分かって来ていたのか。……困ったなぁ。
本当は今すぐにでも撤退して欲しい。それが例え敵に見つかる可能性を考えても、だ。
……でも、彼らの厚意を私は否定したくない。
「……分かった。だけど、これは守って欲しい。絶対に私の傍から離れないで」
だから、何としてでも私が守らなきゃ。この力を誰かを守る為に頭を使うんだ、名前。
「私が先頭を歩くから、3人は後に続いて。絶対に前に出ないこと、いい?」
「そう申しておるが、先程襲われそうになったではないか」
「オイラ達が来なかったらお前、今頃……」
「あ、あれは……確かに不覚だった。けど、もう大丈夫」
あの時は感情に呑まれすぎて、冷静を欠いていた。でも、一度犯した失敗は次にしないって決めているんだ。
「本当に大丈夫なのか」
「大丈夫だってば。心配性だなぁ、万葉は」
「当然であろう? 名前は拙者にとって何にも変えられぬのだ。……先程は肝が冷えたでござる」
「そ、それはごめん……」
彼の悲しそうな顔に私は昔から弱い。……万葉を悲しませないために、もう油断しない。
「……名前が油断するなんて、どうしたの?」
「え?」
「だって名前って警戒心強いじゃない? そんな名前が隙を突かれそうになってたことが気になって」
心配そうにこちらを覗き込む蛍。
……彼女は人をよく見ている。そして、それらから判断して相手の心情を当てる。可笑しいな、いつものように頭巾を深く被って口元を隠しているから、表情はほぼ読めないはずなのに。
「ちょっと、感情的になってたみたい。でも落ち着いたから大丈夫」
「本当に?」
「もう、蛍まで聞くの? 私、そんなに危なっかしいかな」
……でも、正直自信がない。
今の桔梗院家を知っていく中で、私の中にあった復讐の気持ちは黒く染まっていった。きっとそれが先程爆発してしまって、我を忘れて思い込んでしまっていた。
「……けど、正直あの男の前で正気を保てるか分からない」
「名前……」
「だから、その時は止めてくれると嬉しいな」
結果的に彼らが此処へ来たのは良かった事なのかもしれない。私が暴走するのを止めてくれるかもしれない……誤ってあの男を殺さないようにしないといけないから。
「その役目、拙者が引き受けよう」
「万葉、」
「お主を止めるのは拙者の仕事でござろう?」
ニコッと微笑みかける万葉に一瞬驚いてしまった。……なんで万葉の仕事なのか、自分の都合の良いように解釈しそうになる。それを誤魔化すように私は笑うことにした。
「……何それっ」
「む。拙者は真面目に言っておるのだが」
将来を共にすることを誓ったのだから、お主を支えることは当然であろう?
……あぁ、本当に彼は優しい。優し過ぎるよ。
「……ありがとう。その時が来たら、よろしくね」
「勿論」
万葉と約束を交し、私達は先へ進む。
まさか廊下で襲われるとは……もっと注意しないと。
「あ、また流浪が!」
「10人か……少々数が多くないか」
部屋の入り口から偵察したところ、どうやら先程より数が多いようだ。……ここは私の出番だね。
「ここは私に任せて」
「一人であの数を相手にするのか!?」
「大丈夫だってばパイモン。あと声を抑えて」
「お、おう……」
「それに、この状況は私の得意分野だよ」
そういえば話してなかったよね、私が何故単独行動が多いのか
蛍とパイモンは私について宵宮や綾人様などから聞いてると思うので、私の単独行動に対し疑問に思うだろう。万葉は今の私についてどこまで知ってるか分からないけど……。
「言われてみればそうだな……なんでだ?」
「実際に見ていれば分かるよ」
尋ねてきたパイモンにそう答え、私は茎に手を掛けながら低姿勢で駆け出した。後ろからパイモンが「おい!!」と私を止める声が聞こえたけど、数秒後には驚きの声が聞こえると思う。
「ん? ぐわあッ!!?」
「何事だ? ぐッ、」
「いつの間に後ろに……!?」
相手が私に気づいていない時。その状況は気配の薄い私にとって好都合なんだ。
なんでかって?
そんなの奇襲できるからに決まってるじゃない。その隙で確実に相手を倒す……それが私の戦い方だ。
力勝負に持って行かれると、男女差という事もあって私は勝てない。速さ勝負って奴だよ。
「すごい……誰一人名前の奇襲に気づいてなかった……!」
「足音が聞こえなかったもんね。それがあの奇襲攻撃を成立させている?」
「正解だよ、蛍。流石、場数を踏んでるって話は本当みたいだね。分析が的確だ……っ!」
「名前?」
「……来る」
こちらに駆け寄ってくる3人に目を向けていたとき、背後から殺気を感じた。万葉も感じ取ったみたいで、顔つきが険しくなる。
振り返ればそこには、先程とあまり変わらない数の敵が。……どうやら増援みたいだ。
「名前、私達も加勢する!」
「いや、下がって」
「ダメだぞ! さっきは相手に気づかれなかったから良かったけど、思いっきり見つかってるじゃないか!」
「それに対しても策はちゃんとある。下がってて、巻き添えになるよ」
こちらへ向かってくる野伏衆へ身体を向け、私は一度刀を納めた。3人が下がってないことに気づいて一度後ろを振り返る。
「……任せて良いのか」
「私を信じて、万葉」
「…………承知した。蛍、パイモン、下がろう」
「けど、」
「パイモン、名前を信じよう」
「うぅ……分かったぞ」
3人が一定の距離まで下がった事を見届けて、私は前を向いた。当然そこには流浪達がいるわけで。
「いいのか? 折角の仲間の助太刀を無下にして」
「……」
「答えぬか。まあ良い、お前の脅威は奇襲だ。視認している状態でこの数を相手できるか!?」
一斉にこちらへ襲いかかってくる野伏衆。
……まぁ、彼らの中では”神の目がない頃の私”の印象が強いらしい。確かに、その頃の私だったら負けていた。
けど、今は違う。
「___この状況でも打破できる策があるから、前に出ているんだよ」
頭巾で隠れている神の目が私の意思に呼応し、青色に輝く。それと同時に私は刀を抜いた。
「桔梗よ、咲き誇れ!」
水元素を纏った刀を前方へ向かって振り、一文字斬りを見舞いする。私が相手へ水元素の刃を振るうと同時に足下には水で生成された桔梗の花園が展開する。
「水幻・桔梗園。……この場にいる時、貴方達は私を視認できない」
今、彼らは水刃を受けたと同時に私の姿を見失った。辺りを見回して私の姿を探す者や、駄目元で彼方を振るう者など、様々な反応が目の前に広がっている。
声は聞こえるのに姿が見えない……当然だ。今私はこの桔梗の花園がある限り、水の如く姿が透過しているのだから。
「私の得意分野を分析できていたことは褒めてあげましょう。そして、姿が見えてさえいれば勝算があることも、あなた方の言う通りです。……しかし、」
「いつの間に、ぐあぁッ!!!」
「……弱点を自覚していながら野放しにしている人など、少数ですよ」
全ての敵が倒れると同時に桔梗の花園が消失した。背後にいた3人を振り返ると、それぞれの反応がそこにあった。
「今のが名前の本気?」
「本気、か。まあそうとも言えるのかな」
蛍は興味津々な様子で、
「なんか綺麗だったぞ!」
「ありがとう、パイモン」
パイモンは桔梗の花園が気に入った様子だった。
……そして、万葉は。
「……なるほど、名前らしい」
一言そう私に言葉を零した。その言葉に私は首をかしげた。
「どういう意味?」
「今のお主が強く表れた……そのように拙者は見えたでござるよ」
「今の、私」
「この話は後でゆっくり話そう。今は目的が第一なのだろう?」
「……うん」
今の私、か。万葉にとって私の桔梗の花園は今の私そのものに見えたと言うけど、自分では分からない。
……気になるけど、今は目的が優先。万葉もそう言ってるじゃない。
「先へ進もう。……もうすぐ目的の部屋に着く」
あの男に引導を渡すんだ。……これ以上、私達が大切にしてきた桔梗院家を穢されてたまるものか。
***
「随分立派でござるな」
「……そうだね」
4、5部屋目を突破し、遂に辿り着いた目的地。……あの男がいる部屋だ。だが、その内容はまだ見えない。何故なら襖が閉じているからだ。
「……うむ、気配を感じる。部屋にいるのは間違いないようだ」
「ありがとう、万葉。ここからは私だけで行く」
「え、なんでだよ。一緒に行こうぜ」
「貴方達は稲妻で名も顔も知れ渡っている。……あの男は桔梗院家の現当主、貴方達の顔を知らないわけがない。私と関わったことで稲妻に居づらくなる可能性がある」
「そんなもの、拙者は気にしておらぬ」
「オイラもだ! 蛍、お前もだよな?」
「当然。そんなことを理由に引くことなんてしないよ」
……彼らは強いな、心も実力も。
あの頃、もっと心が強くあれば……母様を死なせずに済んだのに。
後悔しても時間は戻らない……父様も母様も戻ってこない。だから、この現状を止めるんだ……正当な桔梗院の血を持つ私が。
「……分かった。でも、先に二人で話させて欲しい」
「危険ではないか? お主を狙っておるのだろう?」
「あの男は武芸のたしなみがないから、襲われる事はないよ。それに、あの男以外の気配を感じない……ね、そうでしょ?」
「…………仕方ない。だが、危険だと判断したその時、拙者はすぐに出る」
万葉の言葉に私は頷いて了承の意を示す。蛍とパイモンにもそれで良いかと問いかけると、2人は渋々といった様子で頷いた。
私は一度深呼吸をし、目の前の襖を斬った。
「おやおや、私は貴女をそのように育てた覚えはないのだけどねぇ」
襖を斬った音に反応したのか、こちらを振り返る男性。……あぁ、嫌なほどに覚えている顔に声。奥深くから憎悪が顔を覗かせ始めている……まだだ、まだ抑えるんだ。
「……おかしいですね。私にはもう両親がいないというのに」
「何を言っているんだい? ここにいるだろう、”父様”が」
「貴方を一度も父親だと思った事はありません……現桔梗院家当主」
敢えて名を呼ばない。……名を呼ぶことだけでも嫌悪がわきあがってくる。ただでさえ必死に抑えているんだ、私を怒らせないで……!
「当主だなんて他人行儀だねぇ。”父様”だろう?」
「理解できませんでしたか? 私は義理でも、貴方を父と認めたくないと言っているのです」
……まさか、私が知らないとでも思っているのか?
これまでの調査で判明した事実を、怒りで声が震えつつも言葉にして吐き出した。
「___父様の突然の死。あれは貴方によって企てられた意図的なものですよね」
父様は素晴らしい武芸を持つ方だった。そこらにいる者に負けるような方ではなかった。だと言うのに、父様は斬られたことによって大量の血を流し……誰にも気づいて貰えないまま……!
「貴方は桔梗院家の武芸がほしかった。父が存命の時、配下にならなかった事に不満を持っていた。貴方の計画はただの逆恨みだ」
「彼は私の思い通りにならなかった。当初は感情にまかせて後悔していたよ……桔梗院家には男児がいなかったからね。だが、その武芸はお前が継いでいた。そして、」
私の求めていたものを証明してくれた
まるで熱に浮かされるような口調で男は話し始めた。
「___やはり武芸とは殺戮の為にあるものだと、お前自身が証明した!!」
「っ、!」
「祭事のため? 伝統を守るため? そんな使い道など間違っている、武術とは古来より戦う為に誕生したもの。お前達が大切に継いできた武芸もそうだ」
「……っ、」
まずい、正気を保てそうにない……男の発言一つ一つが憎悪を刺激している。
気づけば私の手が刀の茎に触れている。抑えろ、抑えろ……っ。
「だが、その芸はやはり女であるお前が持つには惜しい。やはり男に継がせるべきだ」
手を後ろで組み、男がこちらへ歩いてくる。
……何も知らないくせに、女である私が継いだことが間違っていると言うのか……!
「あの女……あぁ、君の母親がもう少し丈夫であれば良かったのだがね。彼女は身体だけでなく心も弱かった。彼女はお前を隠す為に芸も持たぬのに当主と名乗っていたが、心身共に弱かった時点で武芸を会得していないと気づくべきだった」
「……何がいいたい」
「喜べ、我が娘よ。お前に婚約者を用意した。桔梗院家の武芸を継ぐに相応しい相手だ、どうだ? 嬉しいだろう?」
……全てが腑に落ちた。
何故流浪達に私を傷つけないよう指示したのかを。やはり桔梗院家の武芸を諦めていなかったんだ。そして、私にその婚約者の子を産ませ、本格的に我が物にする気だ……!
「女の身にその力は有り余る。さぁ、戻ってきなさい、娘よ」
「断る。無理矢理連れ戻す気であるならば、私はここで腹を切ります」
「ほほう、それは滑稽だ! まさか母親と同じ死を選ぶか!」
男の発言に身体が反応する。
……母様が、なんだって?
「そう言えばお前はあの女がどう死んだのか知らなかったよなぁ? 教えてやろう……あの女はな、進化していく桔梗院家に耐えられなくなった。娘を気に掛ける事なく自分の事しか考えられなくなり、遂には死を選んだ!!」
「っ、」
「あの日お前は罪深い流浪を粛正すべく稲妻を駆けていた……お前は継いだ武芸を証明すべく頑張っていたというのに母親は死ぬ事で逃げた!! あぁ、これを滑稽と呼ばずなんと言うのか!」
……高笑いする男に、プツッと何かが切れた音がした。
「っ、貴様あああぁッ!!!」
茎を握り、刀を勢いよく抜き振りかざした。
……そう思った時だった。
「っ、!?」
勢いよく後ろへ引っ張られる。直後、暖かい温もりに包まれた。
「……よく耐えた」
「かず、は」
「約束通り、止めに来たでござるよ」
心地いい万葉の声が、黒い心を落ち着かせていく。その感覚を覚えていると、万葉が私の手に触れ、握っていた刀を優しく奪った。
「……楓原万葉」
「如何にも。現桔梗院家当主よ」
「チッ、暫く稲妻にいないと聞いていたというのに……忌々しい、今すぐ娘からその穢らわしい手を離せ!」
嫌悪
その言葉が万葉に対する男の感情に当てはまっていた。
「お主と拙者は初対面であろう? 何故そこまで嫌悪させるのか理解できぬ」
「この馬鹿娘が……流浪を殺せと言った時点で、誰を指しているのか分かっていただろう」
「誰を……? っ、まさか」
万葉の息づかいが聞こえる。……あぁ、知られてしまった。だから私は貴方の側にいられないと言ったのに。
「楓原万葉。貴様の存在が私の計画に1番邪魔だったのだ。我が娘はお前が流浪に成り果てても尚、貴様を想い続けた。全く、桔梗院家の血というのは、このような時に邪魔だ」
男はいつまでも万葉を忘れられない私が邪魔で邪魔で仕方なかった。だから流浪を殺せと称し、万葉を殺せと私に言ったのだ。
だけど、私は万葉を殺す事はできなかった。
稲妻を駆ける中で何度も何度も万葉を見かけた。……それでも私は見て見ぬフリをして、彼から逃げた。
見つけられなかったと言うことを理由に、私は罪のない流浪を斬った……。そうでもしないと私は殺されるから。
毎度毎度男は何故万葉を殺さないのかと私に怒鳴り声を浴びせた。同時に跡に残らない程度の傷も付けた。それでも私は万葉を殺す事を選ばなかった。選べるわけがなかった。
「ふふっ、であればお主の計画は一生叶わぬであろうな」
「なんだと?」
「桔梗院家の血については拙者も良く知っておる。だが、拙者もその血を持っているかのように名前を強く愛しておる。……引き裂こうなど、考えぬことだ」
「〜〜〜〜っ、!!」
私を抱く万葉の腕に力が入る。その些細な行動が彼の言葉が本心であると思わせる。
目の前に見える男が怒りで顔が赤くなっていることに気づく。この状況が気にくわなくてたまらないらしい。
「拙者達は現在の桔梗院家について参った。お主が企てたことにより、桔梗院家が闇に染まっていることは知っておる……さぁ、話をしよう」
そうだ。憎悪で目的を忘れてしまっていた。……私は今の桔梗院家を壊しに来たんだ。証拠も全て揃っているのだから。
「立てるか、名前」
「うん……ありがとう」
万葉は私の意思を尊重してくれるみたいだ。この先は私に話させようとしてくれている。……証拠が全て揃っているなんて万葉に話したっけ。
そんなことが一瞬頭をよぎったけど、今は目の前の事が重要だ。
「……現桔梗院家の当主。貴方は先程、私を連れ戻し、婚約者の元へ嫁がせるといいましたね」
「そうだ。なんだ? 叶えてくれるのか?」
「いいでしょう。……ただし、条件があります」
「条件?」
私の言葉を復唱する男を尻目に、私は万葉を見上げる。万葉はずっと私を見ていたのか、紅色の瞳と目が合う。
私の刀を握る万葉の手に触れた。……大丈夫だという意思を込めて、彼を見上げた。
大丈夫、もう感情任せに刀を振るわないよ
「……分かった」
私の意思が届いたのか、万葉は私の刀……『蒼光の紫刃』を渡してくれた。この刀は桔梗院家の宝刀であり、私の相棒。
この子以外の刀を握ったことは何度もあった。でも、私にしっかり馴染むのはこの刀だけだ。
……一緒に終わらせよう、桔梗院家の歴史を。
「私と勝負をしてください。勝てば貴方の言うことに従いましょう。ただし、私が勝てば……」
「勝てば?」
「……桔梗院家を私に返していただきます」
この男から桔梗院家を取り返し、……全てを終わらせる。
「なるほど、いいだろう。ならばこうしよう、武器を落とした者の負けだ。……だが、その神の目は置いて貰おう」
先程怒りに刀を抜いたとき、その動きによって頭巾が外れていた。それで隠れていた頭部の装飾に着いた神の目を男が指をさした。
……神の目など使わずとも、私は勝つ。だからその要望には応えよう。
「……分かりました」
私は神の目に手を伸ばし、頭部の装飾から外した。そして、その神の目から手を離そうとした時、その手を握る者が。
「拙者が預かろう」
「……うん、分かった。お願い」
その手の主は万葉だった。
断る理由もなかったため、私は神の目を万葉に預けることにした。
「さぁ、これでいいでしょう?」
「ああ」
男はその光景を見届けたのを確認したあと、刀を抜いて構えた。
それを見ていると、側にいた万葉の気配が離れていく。視線を彼の元へ動かせば、そこには蛍とパイモンもいた。
「ならば、拙者達は審判を務めよう」
「ありがとう」
「うむ。……両者準備は良いか」
万葉の問いかけに私は頷く。男も「構わん」と返答した。
「___では、始めッ!」
万葉によって開始の火蓋が切られた。
「っ、!」
「名前が動いた!」
「真っ正面から刀を落としに向かった……?」
反射で身体が動き、男へと急接近する。そして私は男の手元に狙いを定め……刀を振るった。
「あれ、落ちてないぞ?」
「躱されたようには見えなかったけど……」
「2人とも、男の足下を見るでござるよ」
「足下? ……あぁっ!?」
遠くで万葉達の会話が聞こえる。
どうやら私が男の手元を狙った意図に万葉は気づいていたみたいだ。
「なんで分かったんだ……!?」
「貴方から提案されたルールを警戒したまでです。そう難しいことはやっていません」
その光景を見ていたわけではない。相手の手元を見ていた時、光の反射で偶然見えたのだ……武器を絶対に落とさないように工作されてた事に。
「貴方が武芸の嗜みすら理解できない人であることは知っています。……さあ、これで終わりです」
再び男の手元に向けて刀を振り下ろした。……あぁ、大丈夫。峰の方を当てたから斬れてないよ。
でも、
「っ、ぐああああッ!!!?」
どうやら男は斬られたと思っているらしい。遠くでパイモンが息を呑む声も聞こえた。……パイモンの誤解を解くために説明しようか。
「ただの峰打ちです。斬られたような反応をしないでください」
「ぐっ、うぅ……くそっ」
「刀は落ちました。……審判、私の勝ちでよろしいですね」
「うむ」
振り返れば、万葉と蛍が私の言葉を肯定するように頷いた。……さて。
「っ、ヒッ」
「約束通り、桔梗院家は返して頂きます」
刀の刃に怯え、青ざめている男。頭脳だけは回る男だ。……だから私も彼の掌の上で踊らされいた。
けど、それも全て今日終わりだ。
「いたぞ! 囲め!!」
「! 裟羅!? まさか天領奉行か!?」
「桔梗院家当主、貴方に告発があった。それについて詳しく話してもらおう」
九条裟羅様に天領奉行の人間。……九条家にとって今の桔梗院家は配下になる。彼女の家系にとっては迷惑極まりない話である。
……あぁ、そうだ。ここで宣言するとしよう。
「そういえば何故私が桔梗院家を取り返したかったのか、教えていませんでしたね」
縄で縛られている男に私は話しかける。男は未だに怯えた顔を浮べており、そんな状態で私を見上げた。
「私はずっと今の桔梗院家を壊したいと思っていました。……それが漸く叶います」
私は九条様へ身体ごと向き直った。九条様はこちらをジッと静かに見つめている。
「九条様、貴方に宣言します。……本日を以て桔梗院家は終止符を打ちます」
「っ、何を言って、ヒッ!?」
この男のことだ。自分が捕まった後も桔梗院家を存続させるため、後任に計画などを共有しているはず。だけど、それもさせない。その人物は既に特定しているからね。
吠える男に再び刀を向ければ悲鳴が飛んでくる。……ルールを破るのなら、切り傷一つでも付けて再確認させてあげましょうか?
「……本当にいいのか」
「それが母の願いです」
「そうか。……お前の気持ち、しかと受け取った。この話は私の一存では決められない、将軍様に報告してからの解答になるが……あれだけの悪事を隠していたのだ。桔梗院家を残すという選択はないだろう」
「私の気遣いは無用です。……さあ、この男は勿論、桔梗院家の犯した罪と関わりのある全ての人へ処罰をお願いします」
「承知した。……連れて行け」
「はい」
男が天領奉行の人間によって連行される。……その姿が見えなくなった瞬間、突然力が抜けてしまった。
「あっ、おい!」
九条様の焦った声が聞こえる中、自分が倒れかけている事に気づく。バランスを建て直そうと刀を畳に突き立てた。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫だよパイモン。気が抜けちゃっただけだから」
「な、なんだ……心配させるなよ」
ホッとした様子でこちらを見るパイモンに笑みを向けながら、私はその場に座り込んだ。すると、隣に誰かが座った。その人物は万葉だった。
「全くだ。本当、無茶をする」
「ご、ごめん……」
「ほら、お主の大事なものだ」
万葉が差し出したのは、私の神の目。お礼を言って神の目を受け取ると、ほんのり温もりを感じた。
「……終わったのだな」
「うん。……これで、桔梗院家は稲妻から消えることになる」
「後悔はないか?」
「ないよ。むしろ、母様の願いをやっと叶えることができた」
……母様。見て頂けましたか?
私はやり遂げました。……だから、もう苦しむことはありません。
座り込んでいた身体を起こして立ち上がり、あの男が使っていたのであろう机の元へ近付く。
「……さようなら」
そして、おやすみ
……美しい私の家、桔梗院よ
そう心の中で呟いた時、どこからか風が吹いて私の髪を靡かせた。
梅...約束
……母様
私は貴女が最期まで苦しみ、悩んでいたものを解決致しました
もう心配することはありません……どうか安らかにお眠りください
───桔梗院名前
※海外翻訳では梅の花言葉は「約束」を意味するそうです。
2023年04月02日
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