四:紫丁香花
「……げっ」
遠目に見えたのは蛍とパイモン……そして、あの子の想い人。どうやら向こうはまだうちに気づいていない様子。何やら話し込んでいるみたいやから、その隙にあの子を隠さんと。
「楓真、うちが良いって言うまで外に出たらあかんよ」
「うむ、承知した」
名前によく似た瞳がうちを見上げる。改めて思うけど、5歳とは思えないほど聞き分けの良い子やな、本当。
うちと楓真が初めて会ったのは、この子が3歳の時やった。久しぶりに顔を見せた名前が突然連れてきたんや。
大体2年半くらいぶりだっただろうか。その当時、最後に名前と会ったのは、あの子が社奉行に拾われたっていう知らせを伝えに来た以来だった。だから、心配しとったんやけど、まさか知らん子連れてくるとは思わへんよな。
『紹介するね、この子は楓真』
初めは弟やと思った。だが、名前に似とる部分は瞳の色と、うっすい黄色が混じった白髪の中に目立つ青紫の髪色くらい。顔付きも似てない気がして、姉弟と言うには違和感があった。
『どうしたん、この子』
『話すと長くなるけど、いいかな』
『ええで。紹介しに来たんやから、きっちり説明して貰わんと』
名前は楓真に『このお姉ちゃんと大事な話があるから、ちょっと向こうで待っててくれる?』と言った。楓真は疑うことなく『承知したでござる』と名前の言葉に頷き、少し離れた場所へ走って行った。
素直な子やなぁ、と思いながら名前に向き合った。わざわざあの子を席から外したって事は、大事な話やってこと。
『で? 大事な話なんやろ』
『うん。……宵宮にしか頼めない話なの』
そう言って名前は話し始めた。この2年半、会いに来られなかった理由と、楓真について。……その話を聞いて、うちは初め怒りが沸いた。人を斬るという所業をさせられた事に加え、もう一つ被害を受けていたんやから。
なのに名前は、うちの言葉に対し首を横に振った。
『あの子の存在は、私のわがままなの。忘れられなかった私が悪い』
健気だと思った。ずっと想い続けてきた人が消息を絶ち、続けて親を失い、地位を失い……まだ幼い類いに入る年齢で人を斬る事を強制された。あの日うちが見つけてなかったら、その場で命を絶とうとしていた程に壊れていたというのに。
そして、今でも恋いこがれる人に身体を暴かれ、捨てられた……名前から聞いた話から、うちはそう感じとった。けど、名前は違うと否定したんや。
『それに、あの人が悪いわけじゃない』
『でも、名前があんな目に遭っとるちゅうのに、それを見て見ぬフリなんやろ!?』
『違うよ。あの人は奪われた側なの。それに、あの人は知らなくて当然だよ』
『そんな訳あらへん。社奉行の配下やった家が天領奉行に移るとか、流浪でも耳に入る事やで!』
何故名前の家系……桔梗院家が天領奉行の配下になったのか。言ってしまえば、乗っ取りって奴や。
当時、社奉行は落ちぶれとった。その隙を狙った天領奉行が、桔梗院家を引きずり込んだって訳や。
っと、その話は今関係ないな。うちが言いたいのはその話が耳に入っているハズだと言うことと、思い人である男が知らんハズがないって事や。
『そもそもこの事態を招いたのは、母様を救えなかった私。……離反する勇気がなかった弱い私の所為』
『名前……』
『だからお願い、万葉を悪く言わないで』
確かに悪いわけやない。ただ、関わっとる相手の危機に駆けつけても良かったやないか。……うちが言いたかったのは、それやった。
『これから私は”今”の桔梗院家について探りを入れる。……そして、末裔として桔梗院家を終わらせる』
『終わらせるって……』
『母様はあの男と強制的に再婚させられたことで、心を病んでしまった。……優しかった母様を守ってあげられなかった』
『……』
『それに、これ以上桔梗院家を穢したくない。……だから、私は終わらせる』
名前は桔梗院家を奪われたのは自分の所為だと抱え込んでいた。そして、生き残りとして責任を持って終わらせると。
『簡単な事じゃないことは重々承知している。下手をすれば命も奪われかねない。……あの男は私を探している。それが殺す為か、他の目的に利用するためか。定かではないけど、私の所為で楓真に何か遭ったら……そう考えたら嫌な事ばかり浮かんでしまう』
『……だからうちに預けたいんか? 社奉行じゃダメやったんか?』
『社奉行に幼い子供がいることが知れば、その隙を付け入られる可能性がある。まだ社奉行は建て直して間もないから尚更。だったら、日常的な場所に預けた方がまだ安全だって綾人様が言っていたの』
綾人……神里綾人か。
神里家当主であり、社奉行を執り行う人。……そして、名前を地獄から救った人でもある。
詳しい理由はわからへんけど、神里家も地位ある家やから、因縁的な被害を受けることがあるんやろう、と勝手に解釈する。
『長野原家を巻き込むことになるのは分かってる。でも、頼れるのは貴女しかいないの』
『……分かった。父ちゃんに聞いてみる。うちは良いけど、父ちゃんがダメやったら無理やからな』
『! ありがとう、宵宮』
結果、父ちゃんも話を理解して楓真を預かることを許可した。ただし、父ちゃんは名前にある事を条件に出した。それは『時間ができたときに楓真に会いに来ること』『安全が確保できた時は、一緒に過ごす時間を作ること』という内容だ。
名前は父ちゃんの話に驚いた後、『約束します』と条件を呑んだ。……今思えば、父ちゃんやったから言えた言葉なのかもな。当時のうちやったらきっとあんな条件、思い着いてなかったんやから。
「所で、拙者が身を潜めなければならないという事は、客人が来たという事ではないか?」
「正確にはお客さんやなくて、知り合いや。ただし、ちょ〜っとアンタがいるとマズいねん」
「分かっておる。心配無用でござるよ」
本当に5歳児なのか疑いに掛かるな……まぁ、名前の教育が良いと言えば話は別やけどな。
「じゃ、窮屈させてしまうけど、待っててな」
「承知したでござる」
楓真が家の奥に入ったのを確認し、うちは家を出た。……すると、あの3人が父ちゃんと話してる最中やった。
「あ、宵宮!」
「なんやあんたら! また名前についてか?」
父ちゃんと目配せをし、楓真が大丈夫であることを伝える。その後、パイモンの言葉に対し”いつも通り”を装って返した。
「……先程、名前と会った」
「!」
「だが、逃げられてしまったのでござる」
……なぁ名前。あんたの想い人はこんなにも悲しそうで、寂しそうや。この顔を見せてやりたいわ。
あんたは今の自分を見て欲しくないからと避けとるけど、それはあんたの好きな人を傷つけとるのと一緒や。どうしてそれに気づかへんのかな。
「……仕方ないなぁ。ちょっと話そうか」
うちはまだ、あんたの本当の笑顔を見た事ない。気づいてへんやろうけど、あんた笑うときいつも寂しそうや。目の前の男とホントそっくりやで。
あんたの幸せには間違いなくこの男が必要や。……そうでなかったら、楓真の存在が訳分からんことになるからな。
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紫丁香花(ライラック)...大切な友達
あんたはいつも悲しそうに笑っとる
うちはただ、あんたに幸せになってほしいだけなんや
───宵宮
2023年02月12日
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