とある組織と彼女の関連性
「さあ、入ってくれ」
「ありがとう」
「邪魔するぜ〜」
「し、失礼します」
数時間かけて俺たちはアカツキワイナリーへたどり着いた。自然な動作で俺たちを先導するディルックは、相変わらず紳士的だ。
という訳で俺達が通されたのはディルックの執務室だ。ここでなら気にせず話せるだろうという彼の気遣いだ。
「改めて自己紹介を。僕はディルック、アカツキワイナリーのオーナーを務めている」
「私は無といいます。よろしくお願いします、ディルックさん」
互いに自己紹介を終え、早速本題に入った。
「なるほど……。無さんはその大切な人を探すために旅をしているんだね」
「はい。ですが、その人の顔を覚えていないんです……。おかしな話ですよね」
俺たちに話してくれた時のように、どこか自虐したような顔で無さんはディルックに旅の理由を話した。
「何を目的に旅をするのか。それは人それぞれだから僕は気にしない。けれど、顔の分からない人を探すというのはやはり引っかかる」
顎に手を当て、考え込んでいる様子のディルック。しばらくして顔を上げたディルックは無さんをどこか疑うように見つめた。
「彼らと共に行動しているから疑いたくないけれど……君が僕達にとって敵で、2人を騙して何か企てているんじゃないかって思ってしまうんだ」
「っ、ディルック!」
「すまないね。けど、疑わずにはいられないんだ。考えてご覧よ、もし彼女がアビスの教団か、あるいはファデュイだったら……君は信じ続けられるかい?」
ディルックの言いたいことは分かる。分かるけれど、俺はあの悲しそうな顔をしていた無さんが嘘をついて騙しているなんて思いたくなかった。
誰かが怪我をしていたら彼女が持つ力で癒していて、とても慈愛的な人だから……疑いたくないんだ。
「___ファデュイをご存知なのですか?」
ディルックの言葉に心の中で反発してきた時だ。無さんがファデュイに反応したのは。
「知ってるよ。あいつらはウェンティの……神の心を奪った。そして、神の目を模して作られた邪眼で……!」
今でも鮮明に思い出す。淑女……既に故人となってしまったが、彼女のやってきたことは許せない。
そう思っていたのに、彼女の最後を目の当たりにした時、俺は明らかに動揺していたんだ。そういうルールだったと分かっていたのに、だ。
「邪眼……それもご存知なのですね」
「さっきからファデュイに随分と詳しいみたいだが……何か知っているのか」
疑いの目で無さんを見つめるディルック。対する無さんはずっと悲しそうな顔で俯いている。
なんと声をかけたらいいか分からない雰囲気の中、無さんが口を開いた。
「……ごめんなさい」
「え?」
「邪眼で貴方のご友人が……本当にごめんなさい」
急な謝罪と涙を貯めている無さんに言葉を失ってしまった。どうして彼女が謝るんだ。そう思っていた時、彼女から告げられた言葉に俺は再び言葉を失った。
「私は邪眼誕生に関わっているのです。……私が、私があの場にいなければ……!」
邪眼誕生に関わっている……?
その事実に衝撃を受けたが、怒りは沸かなかった。邪眼に対して複雑な事情があるディルックも声をあげなかった。
___だって、無さんがとても苦しそうだから。
両手で隠された顔の奥はきっと涙を流しているんだろう。……俺にはこれが演技には見えない。そもそも彼女はファデュイに怯えていた。
これで気になっていた事が繋がった気がする。……彼女は確かにファデュイに所属していたんだろう。けど、それは決して悪事を企てていた側では無く___被害者なのではないだろうか。
「無さんはファデュイに狙われている。そうだよね?」
「!」
「今日ファデュイを見た無さんと、今さっき話してくれたこと……それらを考慮したらそれしか浮かばない」
「……本当なのか」
先程まで敵ではないかと疑っていたディルックだが、俺の推測を聞いて無さんに心配の声を掛けた。ファデュイの被害者ではないかと分かったら、あの人の事を思い出してしまうのだろうか……。
「話してよ。……俺は無さんの力になりたいんだ。この気持ちはあの日、愛おしい人を探しているって話してくれた時から変わらないよ」
「空さん……」
「お、オイラだって同じだぞ! ……話してくれよ。一体ファデュイとどんな関係なんだ?」
これまでファデュイの被害に遭ったことがある人達と出会ってきた。どの人も辛い思いをして、心に傷を負っていた。……無さんも同じなんだ。
「……そうですよね。空さんとパイモンさんは私に協力してくれている。対等になるために話す必要がありますね」
「べ、別にそこまで言ってるわけじゃ……!」
「私がそう思っているのです。……ディルックさんも、よろしければ聞いてください」
「いいのか? 僕は君を敵だと疑っていたのに」
「私は貴方から信頼を得たいから話す訳ではありません。……話すべきだと、私が思ったからです」
無さんの意思は固そうだ。俺とディルックは顔を見合わせた後、彼女に分かったと伝えた。
俺達の返答を聞いて、無さんは儚げに微笑んだ後「ありがとうございます」とお礼の言葉を告げた。
「長い話になるだろう。座ってくれ、飲み物を入れてくるよ。何かリクエストはあるかい?」
「じゃあじゃあスライムジュース!」
「あるわけないだろ、パイモン……。俺は紅茶でお願い」
「では私も空さんと同じ飲み物でお願いします」
「パイモンも紅茶でいいよ」
「なッ!?」
「分かった。準備してくるよ」
ディルックが部屋を退出し数分。テーブルを挟んで向かいに座っている無さんを何となく見つめる。どうやら落ち着きを取り戻したらしい。
彼女はずっと自分の足を見つめており、俺の視線に気づいていないようだ。隣にいるパイモンに視線をやれば、向こうも無さんを見ていたようだ。
「……」
「……」
無言。雰囲気が重たいわけでは無いんだけど、何故か気まずい。と言うのも、無さんの表情が関係している。物腰の柔らかい表情が今は無い。集中しているのか、目を閉じて黙っている。
だから話しかけないまま、ずっと彼女を見ていたのだ。
「待たせたかな」
「ううん、そうでもないよ」
「待ってないぜ!」
「いえ」
しばらくすると、ティーセットを持ってディルックが戻ってきた。ディルックは俺達の前にカップを置いた後、空いていた椅子に座った。
「……では、いいかな」
「はい。準備はできています」
ディルックの声に答えた無さんは、ゆっくりと目を開けた。
「話しましょう。……私とファデュイの関係を」
2022/11/2
加筆修正
2023/01/14
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