氷炎の結末



ガキンッと響く金属音。それは俺たちが戦闘中であることを証明する音だ。

その相手は誰なのか?
それはアビスの魔物だ。


「フハハハハ! この熱の中、よく動けるものだ!」

「おしゃべりをする余裕があるとは。なめられたものです」


アビスの詠唱者・淵炎はアビスの魔術師・炎を召喚し、それぞれが相手をしていた。相手が炎元素を扱うからか、クレーは思うように戦えないようで、アルベドのサポートに回っている。

そして、この中でも有効的にアビスの魔術師・炎のバリアを剥がせるのが名前だけだった。けど、それは同時に彼女にとっても弱点であった。


「うぅッ……!」


名前は熱いものが苦手。
それは彼女という存在には切っても切り離せないもので。アビスの詠唱者等が得意としている攻撃が炎元素というのもあり、有利を取れると同時に弱点をさらしている状態なのだ。


「大丈夫か、名前」

「問題ないわ、


でも、それを一番に理解している存在が名前にはいる。
それがだ。

は名前が攻撃を受けたら、倍返しというように滅茶苦茶強い攻撃を相手に返す。大切な人が傷つけられたら怒るのは当然だ。俺だって同じだもん。


「名前。君が守りの要と呼ばれた存在だとしても、君はこの状況において必要不可欠だ。無理を言っているのは分かっているけど、どうか無茶はしないでほしい」

「お気になさらず、アルベドさん。この程度の攻撃、私を溶かすほどには至りません」

「それでもだ。ここにおいては君が頼りなんだ」


確かに、アルベドの言う通り名前がいなければ俺たちは満足に戦えない。名前の力で周囲が冷やされているから俺たちは満足して戦えている。

……本人は自分は他を守ることが責務と思っているかもしれないけど、ここでは名前を守らないといけない。



「名前が他を守るなら、名前を守るのは我の役目だ」

……」

「これが昔から我らの戦場でのやり方だ」



そう思っていた時、がこちらへ話しかけてきた。その内容は名前に関することであり、彼らが昔から行っていたことの話であった。

そっか、2人とも長い間戦ってきた。
は前線で戦い、名前は後方で味方を守る。名前が味方を守ることで自身を守れないなら、が名前を守る。

……これも、2人が長い間戦闘に身を置いてきた証拠と同時に、その方法がなりよりも自分たちの身を安全にできたからこそ、その戦い方を行っているんだろう。


……だからは、名前に目の届かない場所へ行ってほしくないんだろう。名前が突然消え、記憶を失って戻ってきたことは、の中で大きく刻まれた出来事になっているはずだ。

ドラゴンスパインでが名前関係で取った行動は、すべて彼女を危険から遠ざけるため警戒したものばかりだ。
その警戒は今行われている激しい戦いの中でも強く存在していた。


「……任せたわ、

「ああ」


2人は夫婦という強い絆を踏まえても、阿吽の呼吸とも言っていいくらい息のあった立ち回りをしている。
……魔神戦争に参加したことがある2人は、当時こんなふうに戦っていたのだろうか。


「くっ……!」


相手も参っているのか、だんだんと動きが鈍くなっている。
2人がいることがどれだけ大きいか実感できる。


だからと言って油断はできない。
俺たちの背後にあるドゥリンの心臓を守らなければならないという使命があるんだから。



『お兄ちゃん』



ある、から……?


『お兄ちゃん、私の邪魔をしないで』


突然聞こえた、ずっと探し続けている存在の声。
その声が聞こえた瞬間、俺にはその声以外の音すべてが聞こえなくなった。

どこだ、どこから聞こえる?
今の自分が成すべきことも頭の中から消えていた。それほどに、俺の目の前に移った光景は___


「蛍ッ!!!」


ずっと待ち望んでいた存在なのだから。
どうしてこんなところにいるの?
そんなことは考えなかった。ただただ愛する妹がいる、それだけでいっぱいいっぱいだった。


「……さん、……そ……ん」


蛍以外何も見えない。
今、俺は何をしていたんだっけ?

いいや、考えるのはよそう。だって俺の目的はいろんな国を訪れても、最終的なものは1つだけ。……蛍に会いたい、それだけなんだから。



「___空さん!!!」



突如、強い力に身体が引っ張られる。
そして、少しだけ冷たい体温に触れた。……そこで俺はようやく気付いた。


「お気を確かに、空さん」

「あれ、俺……今何を……?」

「妖魔の術にかかっていたのです。……それも、精神に影響を及ぼすものです。精神攻撃が一番厄介な術なんです」


今、俺が見ていた片割れは敵が見せた幻術。その幻術に俺はまんまとかかっていたというわけだ。
つまり……ここに蛍はいない。

その現実に胸が苦しくなった。でも、名前が助けてくれなかったら……いいや、考えるのはやめよう。今は切り替えて、戦闘に集中しないと!

俺を支えてくれていた名前から離れ、片手剣を構えた……その瞬間だった。



「な、なんだ!?」



突如、吸い込まれるような感覚に襲われる。
いや、感覚じゃない……本当に吸い込まれそうになっている!

なんと、目の前にはまるで空間が裂けたような穴が開いており、そこに空気が吸い込まれていたのだ。
何が言いたいのかっていうと……このままでは吸い込まれてしまうってことだ!


「あ、あれ?」


吸い込まれる感覚は消えていない。
でも、足が固定されたように動かない。そう思って足元を見てみると、俺の足を氷が覆っていた。まさか、


「チッ! またお前か、仙女!!」


この氷は、名前がやったというのか?
いや、そう思わなくてもそれしか考えられない。この場で氷を瞬時に発生させられるのは名前しかいないんだから。


「貴方の考えなど、お見通しです……! 全員をこの場から手っ取り早く除かせたい、それが目的でしょう?」


名前はアビスの詠唱者は俺たちをドゥリンの心臓から遠ざけたいがためにこの攻撃をしていると予想している。
確かに、相手にとって俺たちの存在は邪魔だ。戦闘で勝てないなら別の方法で……なんともズルいやつだ。それも、吸い込んでくるなんてさ!

きっと相手も焦っているんだろう……だからここまでの大技を使ってきた。これだけの吸引力を放っているんだ、相手も相当な力を消費しているはず。


「その空間さえ塞いでしまえば、貴方の攻撃は怖くありません!」


名前は吸い込まれそうな身体を支えながら手を構える。そこからは冷気が見えていて、裂け目の前に氷を生成しようとしているのが分かる。

今この場であの裂け目に対抗できるのは名前だけ……頼む!



「そう簡単にさせるものか!」



アビスの詠唱者が攻撃態勢に入る。誰もが身動きを思うように取れない中、そんな攻撃を受けてしまえば……!
何とか止めに行こうと思っても、名前が足を凍らせているため動くことはできない。

せめて俺だけでも解いてもらえないか……そう思っていた時だ。



「いやーーーーーーっ!!!」



大きな音の中で聞こえた悲鳴……それはクレーの声だった。
振り返ればそこにはアビスの魔術師がいて、クレーの足元には……氷がない!

名前がクレーだけ氷で覆わなかった、というのはまずありえない。それに、近くにアビスの魔術師がいるということは……クレーの足元はあいつらによって溶かされたって推測ができる。


このままではクレーが吸い込まれてしまう!
なんとかクレーを捕まえようと手を伸ばした……が、その前に彼女を掴んだ別の手が。



「大丈夫ですか、クレーさん!」

「名前お姉ちゃんっ」



それは吸い込まれそうになったクレーが飛ばされる軌道にいた名前だった。よかった……と息を着こうとした。



「背を向けるとは、随分となめられたものだ!!」



その声はアビスの詠唱者の声だった。そちらへ見やれば、攻撃の構えをしていたアビスの詠唱者が名前に向かって炎の玉を落としたところだった。


「あぁッッ!!?」

「名前!!」

「名前お姉ちゃん!!」


あの一瞬で名前は炎の玉に気づいたが、シールドを張る余裕がなかったのか、とっさにクレーを腕の中に閉じ込め、彼女を守るように抱きしめた。その結果、名前はもろにその攻撃を受けてしまったわけで。



「お前さえいなければ、この計画は果たされる……永遠に出られない異空間へ招待しよう」



吸引力が強くなる。
足場を守られているとはいえ、その吸引力に引っ張られないわけがない。
だが、今それをやられたら……!


「くっ、……!」


攻撃を受けた名前は体制を元に戻せていない。つまり……このままでは引きずり込まれてしまう!


「名前ッ、手を!!!」


が名前を呼ぶ。
そこには片足だけ動かせるよう氷を砕き、名前へと手を伸ばすがいた。


「っ、…!!」


それに気づいた名前は片腕でクレーを抱き、片足を器用に凍らせながらの手を取ろうと腕を伸ばした。


その手がもうすぐで掴める……はずだったのに。


「!!」


触れる瞬間、名前の手は空を切った。
なぜなら彼女は手どころか、身体ごと後ろへ傾いていたからだ。それは……アビスの詠唱者が名前の足元を狙い、名前の足場を奪ったためだった。支えを失った名前と、彼女に抱えられたクレーは一瞬だけ宙に身体が浮き……



「いやあああああああっ!!!」

「きゃあああああああっっ!!!」



数秒にも満たない速度で二人が裂け目に吸い込まれていく。
2人の悲鳴が遠くへ消え、だんだんと小さくなる。……それと同時に、強い吸引力もなくなった。



「名前……っ」



ぼそり。
けれど、はっきりと聞こえた。その声はのものだった。ゆっくりと彼の方へと見やれば、消えた裂け目に手を伸ばし、目を見開くがそこにいた。



「望んだ結果ではなかったが……あの仙女がいなければ問題はないだろう」



アビスの詠唱者の声に反応し、そちらを振り返る。
すると、アビスの詠唱者が逃走しようとしているではないか!

やはりあの力はかなり負担の大きいものだったんだ……逃がすものか!!
足元を覆う氷のことなど忘れ、アビスの詠唱者を追いかけようとした。



「っ!?」



突如、俺たちを襲った熱風。
そうだ、名前がいたから平気だったけど、ドゥリンの心臓付近は人がいるには危険な温度だった……!

その熱になぜ今襲われたか?
恐らく名前が冷やしてくれた冷気に身体が慣れていたため、彼女がいなくなった後の短時間でも問題はなかった。

けど、その冷気を上回ってしまう熱力に襲われてしまえば?
……当然、身体が悲鳴を上げるわけで。



「逃がすか! 名前をどこへやったッッ!!! ……っ!?」



が槍を構え、アビスの詠唱者へと向かおうとした。……だが、さすがの仙人でもこの熱には堪えられかったのか、一瞬だけ足が止まってしまった。



「みんな、この場を離れよう! 今はあの魔物と戦えない!」



そんなとき、アルベドの声が響いた。
その言葉は撤退なわけで。無理もない、この状況では名前が必要不可欠な存在だったのだから。

……まさか、相手はそれを分かって名前を狙っていたというのか?


、まずは離れよう! この熱量の中戦うのは危険だ!!」

「だが、名前がっ、名前がやつに!!」


は目の前で名前が消えたことに混乱してしまっている。普段の冷静さがなくなる程、はアビスの詠唱者に対し怒っているんだ。

けど、の感情とは別に肉体は彼を蝕んでいる。強い力だ……なんとか撤退させようとするけど、逆にこっちが持っていかれそうだ。


、まずはここを離れるんだ。何よりもお互いが無事であることが一番だろう?」


そんな時、へそんな言葉をかけた存在がいた。


「まだ二人が最悪な結果になっていると決まったわけじゃない。状況を立て直すためにも、一度身を引こう」


それはアルベドだった。
はアルベドの言葉に反撃するかも……と思ったが、意外にもしなかった。いや、意外じゃない、アルベドだから黙ったんだ。

だって姿を消したのは名前とクレーだ。本当はアルベドもと同じくらいアビスの詠唱者を倒して、妹の行方を聞きたいはず。


それでも周囲を優先したのだ。大切な存在の無事を願って。
……そんなアルベドの言葉が届いたのか、はおとなしくなった。


「こっちだ。みんな、到着するまで耐えてくれ、」


走るアルベドの後を追い、俺とパイモン、はドゥリンの心臓付近を離れた。
……同時にアビスの詠唱者を見逃す形になってしまったことが、何よりも悔しかった。

目の前で二人を救えなかった、その光景が移動中ずっと離れなかった。



***



「……ここなら大丈夫だろう」


しばらく走って、ドゥリンの心臓部分周辺からだいぶ離れた場所へと移動した俺たち。
なんとか落ち着ける……でも。


……」


悲しそうな声でパイモンがの名前を呟く。
少し離れた場所では後ろを……正確にはドゥリンの心臓部分、名前とクレーが吸い込まれた場所を見ていた。


「……っ、くそッ」


ドンッと強い力で何かが叩きつけられた音が聞こえた。
それはが壁に向かって左腕を叩きつけたことにより発せられた音だった。

その力は簡単に壁に複雑な線を作るには十分な威力だった。むしろ、崩れなかったことが幸いか。
……それもそうだ。は手を伸ばした名前の手を掴めなかった。その事実に怒っているんだ。それはアビスの詠唱者だけじゃなく、自分にも。


「アルベド……大丈夫か?」


パイモンがアルベドに尋ねる。
状況はと同じだ……アルベドが何も思っていないわけがない。


「何も思わないとは言わない。けど、彼女がいるならクレーも大丈夫だと信じてる」

「そっか……」

「不確定要素が多い中で、信じるという言葉はあまり好きじゃない。でも……最悪な結果を考えたくない時、自分にとって良い結末を願う。これが人間なんだろうね」


アルベドはある一件を経て、人間らしい部分が出てきた。その変化に喜びたいところだけど、状況が良くない。

でも、アルベドが言いたいことは分かった。


「二人が無事なことを信じて、今の状況を整理する。手がかりが全くないとは思えない……何かしら二人の居場所につながる情報はあるはずだ」


アルベドはまだ諦めていない。
後悔する時間があるなら、2人の手がかりを探す時間に充てる。そんな考えの人なんだろう。


、君の気持ちは痛いほどに分かる。だからこそ、2人を救うために……君の力を貸してくれ」


アルベドはのもとへ近づく。その問いはちゃんとに届いていた。
金色の瞳がアルベドをとらえる。……数秒後、はアルベドの方へと身体ごと向き直った。


「当然だ。我は諦めたわけじゃない……それに」

「それに?」

「名前はまだ生きている。……そして、この地にいる」


自分の胸を押さえながら言う
それは紛れもない、と名前が交わした、命を縛る程の契約によって生まれた繋がりから得た情報だった。






2024/04/11

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