謎の旅人



かつて我には番がいた。名は名前といい、我と同じく帝君に着けられた名だ。あやつも夜叉一族であったが、夜叉の中では珍しく好戦的な性格ではなく、他者に寄り添う心優しいやつだった。





目を閉じて過去を振り返れば、昨日の事のように思い出す愛おしい者の声。……だが、もう数百年ほどその姿を見ていない。仙人にとって時間の流れなど、ましてや我にとっては瞬く間に過ぎていくもの。……だが、やつがいなくなってしまったあの日から、我の時間は止まっている。当然のように時間は流れているのに、我にはその感覚がなかった。


「……何故。何故なのだ」


あやつはあの戦いの後、半分ほど力を失ってしまった。それは名前が戦う事では無く、夜叉では珍しい『守る』ことに長けた存在であったからだ。元々の性格もあり、やつは誰かが傷付いた姿を嫌い、自分の力を惜しむこと無く他者に使った。その結果、癒やし守る力は勿論、戦う力すらもほとんど失った。

それでも良かった。同胞が消えていく中、名前は生き残ってくれた。弱ったその身体を抱きしめれば、確かにそこに存在していた愛おしい者を必ず守ろうと誓った。……誓った、のに。


「何故、我の名を呼んでくれなかったのだ……名前」


数百年前、名前は突然姿を消した。それは我が妖魔退治を終えた時、とある少年が泣きながら我の元を訪ねたのだ。どうやら帰離原の夜叉を訪ねるように告げた者がいるという。誰の事だと思ったが、その少年から名前の力を感じ取った瞬間、状況を推測する事が出来た。

少年から聞いた場所へ向かい到着した時、そこに残っていたのは多量の血痕と名前の元素反応だけだった。その場に名前の姿はなかった。

初めは弱って人の姿を保てず、隠れていると思った。しかし、名を呼んでも、どれだけ時間が経てども姿を現わさなかった。……番という関係故なのか、多少やつの気配を辿る事は可能だった……だが、どれだけ探し回っても気配を感じ取ることはできなかった。

我は璃月から出る事はできない。もし璃月の外に出ているとすれば……感じ取ることができないのは当然だ。しかし、何故外に出たのだ。お前も我と同じで璃月の外には出られないはずなのに。


「……名前」


その時は最悪な事を思い浮かんでしまった。だが、しばらくして名前の気配を感じ取ることができた。それでも微弱なもので……風が吹いてしまえば簡単に飛ばされてしまうのではないか。そう感じるほどの弱さだった。

だが、それでも名前が生きている事が分かった。それだけでも我は気力を戻し、やつを探す活力が生まれたのだから。

この数百年間、一度も忘れたことはない。今でも探し続けている……愛おしいその姿を。突然目の前に現れてくれないだろうか。我はただ、お前が無事であるならそれで良いのだ。
そして……その声で我の名を呼んで、その温もりを確かめさせてくれ。



***



「あれ、あそこで誰かが襲われている!」


依頼が完了し、モンド城へと足を進めていた時だ。パイモンの指さす方向には、ヒルチャールに襲われている人が!


「大丈夫か!?」


なんとかヒルチャールを倒し、襲われていた人に近付く。俺の声が聞こえたのか、頭を抱え怯えていた人物が顔を上げ、こちらを見た。ローブを着用していたため、外見では判断できなかったが、覗かせた顔から判断すると、恐らく女性だろう。


「!」


綺麗な瞳だ。青にも緑にも見えるその大きな瞳と目が合った時、ふと思った内容がそれだった。それだけ目の前の瞳が綺麗だったんだ。


「た、助けてくれてありがとうございます……」


立ち上がったその人は、綺麗な声でこちらにお礼の言葉を告げた。やはり女性だったみたいだ。……よく見れば、俺とそこまで年齢か変わらないように見える。身長だけなら蛍……妹より小さいかもしれない。


「無事で良かった……じゃない! 全然無事じゃない! 怪我してるぞ!!」


瞳の色に目を奪われていたが、パイモンの言葉で我に返る。確かに怪我をしている!
急いで手当てしないと……そう思っていた。


「だ、大丈夫です。すぐに治りますから」


そう言って少女は自身が怪我した場所に手を当てる。すると、淡い光が傷口を照らしだし、あっという間に癒やしたのだ。まるで初めから傷口なんてなかったような状態になったその場所を見て、思わず声が出てしまった。


「すごい! それがお前の力なのか!?」

「はい。気付いた時にはこの力は使えました。あっ、貴方は怪我していませんか?」

「俺は大丈夫だよ。ありがとう、……えっと、名前聞いてもいいかな」


そう言えば名前を聞いていなかった……そう思って少女に名前を尋ねた。


「私は『無(ノン)』といいます。改めて助けていただきありがとうございます、旅人さん」

「どういたしまして。あ、名前聞いておいて自分の名前を言ってなかったね。俺は空、こっちはパイモン。よろしく、無さん」


無さん、か。この辺では聞かない名前だ。彼女も旅をしているのだろうか?
そう思った俺は無さんに冒険者協会の人なのかを尋ねた。


「冒険者協会?」

「冒険者協会を知らないのか!? 旅している人は大体冒険者協会の人だと思ったんだけど……」

「いえ、私はただ旅をしているだけです。冒険者……? ではありません」

「そうなのか……。でも、どうして旅をしているんだ?」


パイモンの質問は俺にとっても疑問に思うことだった。ただ純粋にそう思っただけ、というのもあるが、冒険者と言えば冒険者協会に入会している人を指す。しかし、彼女の身なりはフードで隠れているし、とても冒険者協会の人とは思えなかった。怪しいっていうのもあるけど、聞いて損はないだろうと思い、訪ねたんだけど……。


「ある人を探しているんです」

「人?」

「はい。……愛おしい人をずっと探しているんです」


人を探している。それも、言葉から察するに大切な人。
……その言葉に俺は自分が旅する目的も相まって、彼女の話に入り込んでしまっていた。


「名前は? もしかしたら知ってるかもしれないぜ」

「ごめんなさい、名前は分からないのです。……変ですよね、名前も分からないのに、どうしてそんな人がいるって言えるのか」

「っ、そんなことない!」


否定する彼女に思わず大きな声が出てしまった。驚いた様子でこちらを見る無さんに慌てて謝罪した。


「あ、急に大きな声を出してごめんなさい……。実は俺も人を探して旅をしているんだ」

「貴方も?」

「妹を探しているんだ」

「妹さんを……」

「だから貴方の言っている事が可笑しいなんてことない。……俺も一緒に探すよ」


同じ状況を抱えているからなのか、俺はこの人を見捨てたくなかった。それに、探している人がいると言っていた彼女の表情はとても悲しそうで、嘘には見えなかったんだ。


「貴方も妹さんを探しているのに、そんな……」

「こういうのはありがたく受け取っておく方がいいぜ! まずはモンド城に行ってみよう、分からなくても何か手掛かりがあるかもしれないぞ!」


まずは情報収集だ。町に行けば何か手掛かりがあるかもしれない。彼女の旅に進展がある可能性が0とは言えないため、俺もパイモンの意見に賛成だ。


「行こう、無さん」

「……はい」


俺の呼びかけにそう答えた無さん。……その声音がどこか戸惑っていたのは気のせいだったのだろうか。






2022/10/22

加筆修正
2023/01/09


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