二度とこの温もりを離さないように
「目が覚めたか」
しばらくして空さんとパイモンさんが戻ってきた。……見知らぬ男性を連れて。
「て、帝君!」
「えっ、岩王帝君!?」
の声に驚きの声をあげる。……あれ、そういえばこの方は往生堂に行った時にいたような。それも、この人が私の名前をよんでから、激しい頭痛に襲われて……。
「俺はもう岩王帝君ではない。今は鍾離と呼んで欲しい」
そうだ。確か記憶を失っている時、空さんとパイモンさんからその名前を聞いたのだ。まさか岩王帝君の事だったとは思わなかった。
「鍾離様……はい、承知しました」
「やっぱり夫婦だから同じ反応だな」
「うんうん」
空さんとパイモンさんの様子に首を傾げながらも、何故鍾離と名乗っているのか気になり尋ねた。
「話せば長くなるのだが……」
鍾離様は話し始めた。その内容だが、鍾離様は神の座を降りたという。そこに至った理由もきちんと聞いた。
どうやら私がいない間に璃月はとんでもない事になっていたという。岩王帝君が暗殺されて……暗殺されて?
「誰が帝君を暗殺したんですか。今すぐ教えてください」
「落ち着けよ名前! ていうか、鍾離はここにいるだろ!?」
「あっ、そうでした……すみません。まだ岩王帝君と鍾離様が結びついていませんでした」
「もしかして
より名前の方が鍾離を慕ってるんじゃ……」
「どっちもどっちじゃないかな」
途中で私が割り込んでしまったため、話が止まってしまった。……申し訳ございません。
謝ると鍾離様は「気にするな」と優しい言葉をかけて下さった。
そして話が再開し、鍾離様が話し終えた。
「これで一通り話しただろう。では次はお前の番だ」
「え?」
次は私と言われ、素の声が出てしまった。
「この200年、どうしていたのか話すべきではないか?」
「に、200年!? 200年経っていたのですか!?」
私はてっきり100年ほどだと思っていたのですが……。
「オイラ達は少し事情を聞いていたから、何となく理解できてたぞ」
「名前さんがスネージナヤに閉じ込められてた時間が100年。その後、スネージナヤを脱出してティワットを彷徨い続けたのが100年じゃないかな」
「確かに、あの場所では正確な時間を測ることはできませんでした。まさか、100年もあの場所にいたとは……思い出したくありません」
あの地獄を100年見続けていた。記憶を失っていた私がよく耐えられたものだ。
「……何があったんだ」
「私の話はとても長いです。それでも構いませんか?」
「勿論だ。聞かせてくれ」
「オイラ達も聞きたいぞ!」
私の問に鍾離様とパイモンさんは大丈夫だと答えてくれた。彼女の隣で空さんも頷いていたので、2人と同じ返答と解釈する。
「我もまだ詳しく聞いていない。……何があったのか話せ」
「……ええ。この200年の間、私が体験したことを話すわ」
「事細かくな」
「はいはい」
私は話し始めた。記憶を失っている時、空さんとパイモンさんに話していた内容については
と鍾離様に説明済だったようなので省略する。
なので、私が話した内容は記憶を失う前の出来事……璃月を離れる事になってしまったきっかけと、記憶を取り戻した事で理解できた内容の補足だ。
「あの時の童はお前が遣わせた者だったのだな……」
「なら、あの少年がどうなったか分かる?」
「……璃月に対する気持ちは評価しよう。だが、まだお前は自分のことを顧みない阿呆だったか」
「うっ」
「
も名前に言える立場じゃないだろ……」
パイモンさんの言葉にやっぱり変わらないなと思ったのは心の中で留めておく。
「それで? 知っているの? 知らないの?」
「………お前がいなくなってからは見ていない。だが、確実なのはもうこの世にはいないと言うことだ」
「……そう、そうよね。人間の一生は短いもの。戻ってきた事を伝えるには遅すぎね」
「名前……」
彼が私の代わりに少年を見ているとは思っていなかった。彼は元々人間と交流を深めようとする姿勢があまりなかったから。
だから彼が酷いとは思っていない。むしろ予想出来ていたことである。
今私ができることは、あの少年が何かの脅威に襲われることなく、一生を終えられたことを祈るのみ。
「気にしないで下さい。これまで何人もの人を私は見送りました。……悲しくないと言えば嘘になりますが、大丈夫ですよ」
「やっぱり名前は優しいな。無の時と全然変わらない」
「記憶を失っていても、名前さんはずっと名前さんだった。きっとその男の子は名前さんが帰ってきて嬉しいと思うよ」
「……そうだと、嬉しいです」
名も分からない少年。今は顔のみしか分からないあの子について探すには無謀かもしれない。それでも、あの悲しい顔を見ると、報告をしなければと思う。
「時間が掛かってでも私はあの少年について探そうと思います。仙人は長生きですから、きっと死ぬまでには見つけられます」
「お、おい……縁起でもないこと言うなよ。冗談きついぞ」
「え? 別に冗談ではなかったのですが……」
「名前さん。
の顔見て」
空さんに言われ、隣にいる
を振り返る。彼が視界に入った瞬間、その顔に苦笑いが浮かんだ。綺麗な顔なのに、そんなに眉間に皺をよせてはダメよ……すごく怒っているのは分かったから。
「私が悪かったわ。だからそんな顔しないで。また怖がられるわよ」
「我の知ったことではない」
そう言うと思った……でも、ここで区切りを付けましょう。私と
の言い合いで話が進まなくなりますから。
「その男の子について、オイラ達も一緒に探そうか?」
「え、いいのですか? 私をここまで導いてくれたのに、またご迷惑をお掛けしてしまいます」
「気にしないで。むしろ、手伝わせてよ」
「……わかりました。では、その厚意に甘えます。ですが、貴方達の旅が最優先ですよ」
「おう!」
空さんとパイモンさんはまだ探している相手がいる。……空さんの妹さん。私も探しに行きたいのですが、残念ながら璃月から出る事はできない。出る事は、でき、ない……。
「ああぁっ!!?」
「うぉ!? 急にどうしたんだよ!?」
「私、私……自分の意思ではなかったとはいえ、璃月から離れてしまいました……」
「今更だな……」
「申し訳ございません、鍾離様……。私は貴方との契約を破ってしまいました」
いかなる罰もお受けします。
膝を着き、謝罪の意を示そうと私はベッドから降りようとした。
「そのままでいい。それに、俺は今回の事を咎める気はない」
「しかし!」
「お前は
をまた悲しませるのか」
鍾離様の言葉に謝罪の気持ちから彼……
へと映る。隣を見れば悲しそうで、それでも仕方ないと受け入れようとしている
がそこにいた。
「鍾離様はそれで良いのですか……?」
「お前は任せられたことを放棄するような奴ではないのを俺は良く知っている。だから、次このようなことが起きないよう、一人で解決しようとしないことだ」
「……で、では」
「ああ。今回は不問だ」
鍾離様の返答にパイモンさんが喜びの声をあげる。……私は、罰を受ける気できたというのに、赦された。ならば今度は、この優しい方の期待を裏切らないようにするのみ。
「……ありがとうございます、鍾離様。この銀凰、貴方の慈悲に報いるため、今後も璃月を守ります」
「…………ああ、期待している」
***
話が終わって、私と
だけが部屋に残った。目が覚めたことだから元の住処へ帰ろうと思ったのだが、しばらく安静にしてほしいと鍾離様に言われたため、お言葉に甘えて休ませて貰う事にした。
どうやら私はあの日から5日間も眠っていたという。そして、
は妖魔退治が終わるとすぐに私の元へ来ていたそうで、ほぼ休んでいなかったという。この隈にも説明が付くわね。
「どこか違和感を覚える場所はないか? 些細な事でもいい、教えてくれ」
「そうね、強いて言えばまだ身体が思うように動かないことかしら。それ以外は問題無いわ。むしろ……」
「むしろ?」
「……力の半分しか使えなかったはずなのに、何故か今も力が漲っているの。もしそのままだったら、あの時私は
と空さんとパイモンさんを守りながら戦う事なんてできなかった」
それに、と言葉を続けようとすると「構わん、続けろ」と目で
が伝えてきた。
「業障の苦しみが以前より感じないの」
「どういうことだ?」
「元々私は業障を完全とは言えなかったけれど、癒やす力はあった。私は記憶を失っている間、痛みに対し無意識に治癒の力を施していた。実験に対する痛みと業障による痛みがまざっていたのかもしれない」
「なるほど……それなら説明が付く。力が戻ってきたと言うのも、業障による影響がほぼなかったからなのかもしれぬな」
皮肉にも、あの空間は私を戦いから遠ざけた。それは業障による痛みを蓄積することなく浄化させる機会を与え、こうして力を取り戻した。……その点に関しては感謝しないとね。それ以外は許さないけれど。
「これで貴方の業障を癒やすことができるわね」
「おい、それは止めろと言ったであろう」
「……ふふっ、あははっ」
「なんだ。何が面白い」
「何が面白いって、貴方前にも私にそう言ったのよ」
「当たり前だ。……業障で失った同胞を見て、お前まで同じ結末を辿らせたくないのだ」
「でもね、それは私も同じよ」
悲しそうな表情で俯く
の顔に触れる。ゆっくりと顔を上げた
の金色の瞳と視線が絡まった。
「貴方だけに背負わせる訳にはいかない。だから、私にも背負わせてよ」
いつか貴方が私に言ってくれた言葉。貴方は覚えているかしら。……覚えているみたいね。大きな瞳を丸くしているのが証拠だもの。
「……ふっ、仕方ない。だが、何かあればすぐに言う事。それが条件だ」
「ええ、勿論よ」
記憶を取り戻してから久しぶりに使う癒やしの力。この力を身体に支障が出ない範囲で
に施す。
……こうやって少しずつ、少しずつ取り除く事ができれば、人間を避ける事なく貴方も過ごせるはず。業障による痛みがない日常も近くなると信じたい。
まだ業障を纏う妖魔は存在する。きっと根絶するのは果てしなく先のことだろう。けど、業障による苦しみは絶対に味合わせない。守護の名を賜った私が必ず守ってみせる。
「……どうかしら」
「ん、お前の力だ」
「そうじゃなくて、具合のことを聞いたのだけど……」
「だから言ったであろう、お前の力だと。浄化される気分は変わらず、そして久しぶりの感覚だ」
「そう、鈍っていなくて良かったわ」
「それで、完治した後はどうするのだ。すぐに妖魔退治に復帰するのか」
「勿論よ。でもまずは、住処に戻りたいわ。200年も空けていたもの、少し気になるわ」
「分かった。ならば我も同行しよう。……一人でここを出ようなど考えるなよ」
「わ、分かってるわよ……」
すっかり私の知る心配性の
に戻ってしまった……でも、この雰囲気をずっと望んでいた。
「……本当に、ありがとう」
「感謝しているのなら、二度とこんな事にならぬようにしろ」
「ええ」
何度目になるか分からない言葉だけど、飽きることはない。この出来事を胸に刻むのだ。
「……
?」
「すまぬ……200年程お前に触れていなかった故、離したくないのだ」
の言いたい事が何となく分かってしまい、顔が赤くなる感覚がした。
「で、でも」
「お前が完治するまで待つ。だが、その後は覚悟しておけ」
「ッ、」
クイッと顎を上げられ、強制的に
と目が合う。その瞬間、唇に彼のそれが重なった。私の唇を解放した後、
はペロリと舌舐めずりをした。
「仕置きも含めているのでな」
先程の心配そうな顔はどこへやら。意地の悪い顔を浮べた
がそこにいた。……彼の機嫌を直すことが先かもしれないわね。
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2023/01/03
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