急展開
痛い、痛い……!
みんな、みんな死んでいく……私はそれを見る事しかできない……!
もう嫌だ、楽になりたい……熱いのはもう嫌だ……!!
『死ぬな』
痛みに負け、自害したい気持ちになると必ずその声が聞こえた。
『頼む、生きてくれ……!』
誰の声か分からない。分からないはずなのに、この声を知っている気がした。それと同時に、この声の主が泣いているように感じた。
私が死ぬ事を望まないその声の主は、いつの間にか”生きなければならない”という意思に変わった。その意思は、あの場所から逃げ出す決意を固めてくれた。
一人で逃げ出すことはできなかった。犠牲になってしまったあの子達を知っているからこそ、全員を連れてスネージナヤを脱出するつもりだった。……けれど、みんな捕まってしまった。辛うじて国を出られたのは私だけだった。
また私は何もできなかった。何もできなかったどころか、たった一人だけ脱出してしまった。……こんなはずじゃ、なかったのに。
『お前は間違っていない』
『救おうと手を差し伸べたその意思は、必ずその者達に伝わっている』
『……だから、負けないでくれ』
後悔に押しつぶされそうな時、またあの声が聞こえた。
あなたは誰なの?
どうして私に優しい言葉を掛けてくれるの?
……あなたはどこにいるの?
『___名前』
「……!!」
目が覚めた。それと同時に頬を流れる何かの感覚を感じる。
「……おもい、だした……っ」
どうして私は忘れていたの?
ずっと私を支えてくれたあの声を……そして、その姿を、顔を。
愛おしい貴方。貴方は今どこにいるの?
会いたい、その姿を今すぐ見たい。そう思いながら寝台を降り、立ち上がろうとした。
「見つけたわ」
その声が聞こえた瞬間、身体が強ばった。……聞き覚えのある声。なんで、どうして……?
貴方は普通の人間で、100年も生きられないはずなのに……!!
「貴女の目は
こちら
・・・
でしょう?」
二度と見たくなかった赤い光を視界に入れた瞬間、目の前が真っ暗になった。
***
元素視覚で見えた
が残した風元素を追う。空中に漂う風元素は本当に薄らとしたもので、素早く行動することを急かされているように感じる。
「……!」
何度目になる元素視覚発動であるものが見えた。それは
の風元素に重なるように氷元素が見えた。……その氷元素の正体は名前さんのものだ。
「もしかして
は、名前さんの反応を追っている……?」
俺は仙人じゃないから、仙人ができることを知っているわけじゃない。でも、鍾離先生から聞いた番の関係だからこそできる業なのかもしれない。氷と風の元素が同じ位置で見えたのが証拠だ。
「あれ、あそこ倒れてるの……ファデュイじゃないか?」
「微かに風元素の反応が見える。もしかしたら
の仕業かもしれない」
「先遺隊以外にもデッドエージェントやミラーメイデンもいるぞ!?」
の強さは良く分かっているつもりだ。辺りに倒れているファデュイ達はそれなりに手強い相手ばかりだが、彼の相手ではなかったようだ。
それと、少しばかり息がある。いくら大切な人を酷い目に遭わせた存在とはいえ、殺していないようだ。前に人は殺さないと言っていたが、それをしっかり貫いているみたいだ。……本当は殺したいほど怒っているだろうに。
「! いた、
だ!」
途中から倒れたファデュイが目印となって、漸く
に追いつくことができた。和璞鳶を片手に持った
の後ろ姿に声を掛けるも、反応がない。
「
、どうした、の……」
はただ前を見ている。その瞳は少しだけ見開いて驚いている様に見える。
彼は一体何を見て驚いているんだ?
そう思っていた時だ。
「うわっ、熱っ!!?」
突如熱風が俺達に襲いかかる。一体何が……熱風の中なんとか目を開けた。
「! あれ、は……?」
熱風を発生させていたのは巨大な火柱。その中心には誰かいるように見える。
しばらく空へと炎が燃え上がった後、その中心にいた人物の姿が見えた。……その姿は見慣れたものだった。
「名前、さん……?」
白銀の髪を靡かせ、こちらをゆっくりと振り返った名前さん。しかし、その表情を見る事はできなかった。何故なら彼女の顔には
のそれと似た水色の面があったからだ。だが、その色もどこか別の色が混じったかのように暗い輝きを放っている。
それに、面の色だけじゃない。彼女の首元には見覚えのあるものが見えた。あれは……!
「邪眼……!!」
不気味な赤色で輝くそれは、確かに邪眼だった。何故彼女がそんなものを……そう思っていたときだ。
「美しい炎ね……! やっぱり貴女には氷より炎が似合うわ」
そう言いながら名前さんに近付くのは……女性ファデュイ。間違いなく彼女をあんな姿にした張本人だ。
「彼女に何をしたんだ!!」
「何をですって? 私はただ逃げた鳥を連れ戻しに来て、必需品を渡しただけよ。何か問題でもあるの?」
必需品だって?
まさか邪眼のことを言っているのか?
彼女は邪眼に怯えていた。進んで手を取ったとは思えない。あのファデュイが無理矢理……!
「大ありだ! お前は名前を連れ去った側だろ!!」
「それの何が悪いの? 私は彼女がほしかった。だから捕まえて私の好みにしただけじゃない。この子は私のものよ」
元々ファデュイには変な奴らばかりいるのは知っていた。けど、あの女ファデュイは上位に食い込むほどイカれている……!
「ッ、貴様!!」
「
!」
今まで静観していた
が武器を片手にファデュイへと飛び出していった。きっと名前さんが側にいるから動けなかったのだろう。けど、あのファデュイの言葉に堪忍袋の緒が切れてしまったのかもしれない。
思わず制止の言葉を掛けるも
には届かず。怒りのまま
が武器を振りかざした。
「なッ……!?」
「え……!?」
だが、その武器はファデュイに命中することはなかった。……何故なら名前さんが庇うように前に出ていたからだ。数日前に見せてくれた氷のように透き通った美しい槍で、
の持つ和璞鳶を受け止めていた。
反動を利用し、とんぼ返りした
の近くへ移動する。目の前にいる名前さんはまるで操り人形のようで、以前のような生気がない。それは稲妻で出会ったとある人物……が創造した存在に近しい雰囲気を感じる。
「何故だ、何故そのようなやつを庇う!」
が名前さんに呼びかける。だが、彼女はただこちらを見つめるだけで何も返さない。面で顔を隠しているため、表情を読んで何を考えているのかも分からない。
「あら? もしかしてこの子を知っているの?」
「……返せ。名前は我の女だ」
「嫌よ。私のものなんだから」
何とかファデュイと名前さんを引き離したい。けど、操られているのか名前さんがあのファデュイを守るように前にいるため難しい。
それに彼女は仙人、更に戦闘を得意とする夜叉一族だ。邪眼によって強化されている可能性を考慮すれば……一筋縄ではいかないだろう。
どうすればいいのか考えていた時だ。
「空」
「?」
「我は名前を相手する。お前はあの凡人から名前を引き離してくれ」
どうやら
も同じ事を考えていたようだ。やはり彼女を正気に戻すには、それしか方法が思い着かない。
「……一人で相手をするの?」
「我を愚弄しておるのか。あやつの戦い方など知り尽くしている。面妖な術に囚われていようとも、必ず助ける」
聞こえるのだ……名前が助けを求めている声が
が言っているんだ。……本当なのだろう。
邪眼に囚われてしまって、思うように動けないのだとしたら……この場で彼女を助けられるのは
しかいない。
「分かった。ファデュイは任せて」
「……ああ」
剣を構え、俺はファデュイに向かって走る。当然名前さんが俺の動きを察知して槍を向ける。……だが、俺と名前さんの間に
が割り込み、彼女の動きを止めた。俺の動きを警戒しているのか、下がって体勢を整えようとする名前さんを
が追いかける。
___名前さんがファデュイから離れた!
その隙を逃さず、俺は剣を片手にファデュイの元へと走る。
「ちょっと……助けなさいよ!」
「お前の相手は俺だ!」
ファデュイが戦闘態勢に入る。目の前のファデュイを戦闘不能にすれば、名前さんを助けられるはずだ……!
それまでどうか頑張ってくれ、
……!
2022/11/23
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