約束



『よし。これくらいにして、一旦休憩しようか』

『はーい!』


元気よく返事をして、桃は一度家に引っ込んでいった。
今日も俺は、訓練している桃と、その相手をしている名前を縁側で見つめていた。


『冬獅郎は死神になりたいとは思わないのか?』

『思わねぇ』

『ふーん。……そっか』


俺の返答に名前は少し含みのあるような返事をした。
……もしかしたらこの時、既に俺に霊力があることを知って聞いていたのかも知れない。この時の俺には意味のわかんねー質問だったから、特に気にすることはなかった。


『桃のやつが死神になって、俺も死神になったら、ばあちゃんが悲しむ』

『そうだな』

『なんでお前はばあちゃんを一人にしたんだ』


俺達が来る前からここに住んでいて、今は瀞霊廷で暮らしている名前。どうしてばあちゃんを一人にしたのか気になって、そのことを尋ねた。


『……ばあちゃんに楽してあげたかったんだ』

『らく?』

『ああ。……ばあちゃんは、嫌われ者の私に優しくしてくれた人だったから』

『!』


名前はぽつぽつと話し出した。
俺と桃がこの家に来る前、名前とばあちゃんが一緒に暮らす切っ掛けになった話を。


『ほら、私の髪と目、普通じゃないだろ?だから、”化け物”だってよく言われてたんだ』


初めて見たときに目に入った、その青い髪。そして、髪よりも明るい淡い青色……水色と言った方がいいな。
確かに、普通では見ない色を名前も持っていた。


『ばけ、もの』

『ああ。だから、ずっと独りだったよ。お腹は空くし、怪我した所は痛いし……何もかも嫌になっていた。そんなとき、ばあちゃんが手を差し伸べてくれたんだ。「家においで」って』


名前がここで暮らすようになったきっかけが、俺とよく似ていて。他人事には聞こえなかった。


『あんなに優しくしてくれて、暖かくて……いつの間にかここが大好きになった。だから、何かお礼ができないかって思って考えたのが……死神になることだった』

『死神……』

『ああ。前にボロボロだった私を手当てしてくれた死神がいてな、その人が言ってたんだ。「君には霊力がある。死神になれる素質がある」ってね。死神になれば、沢山お金を稼げて、ばあちゃんに良い生活を送らせる事が出来るって思ってたんだ』


でも、よく考えたらばあちゃんを一人っきりにさせちまってたよな。
名前はそう言って頬を掻いた。


『……いや、お前にも考えがあった。だから死神になったんだろ』

『!』

『だから、さっきの言葉……撤回する』

『……ははっ、そうか』


名前は短く笑った後、俺の頭を撫で回した。
初めは嫌だったのに、今では慣れた。……というより、これじゃないと違和感を感じるようになった。

でも、やっぱり撫でられるのは少し恥ずかしくて。


『じゃあさ、冬獅郎』

『ん?』


名前を呼ばれ、名前を見上げる。
紫の瞳と視線がぶつかった。


『私が留守の間、お前はここを……桃とばあちゃんを守ってくれ』

『!』

『そして私は、みんなが楽しく暮らせるように稼ぎに行く。どうだ?』


名前の提案に俺は頷くしかなかった。
だって俺は働けるような体格でもないし、出来る事と言えば名前の言う通りここを守る事。
納得するしかなかったんだ。


『……分かった。でも、時間が出来たら絶対帰って来いよな』

『なるべくそうするよ。だが……これでも私、忙しい立場にいてな……酷いときは1年以上帰ってこないかも』

『す、少しでも時間できたら帰ってこいよ!! ……心配になるだろ』

『冬獅郎……』


少し目を細めて名前は微笑んだ。
その表情を見て、俺は初めて名前が女だという事に気づいた。

あの化け物……後に虚と知った存在を呆気もなく倒す姿や、男勝りな所しか見た事がなかったから、何処か新鮮で……綺麗だと思った。


『……分かった。可愛い弟のお願いだからな、頑張って時間を見つけるよ』

『……おう』


これが、俺と名前が交した約束だった。
……もう、破っちまったけどな。







続きます

2021/07/24

追記:2023/9/30


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