第5節「泡沫の夢」
お母さんが急患の患者の元へ向かって数分。
私は病室の部屋を消して、ボーッと身体ごと窓に向けて外を眺めていた。
「……」
自分の意識が合ったのは……多分、偽物のドクターを見た所まで。
そして、気のせいでなければ、あの時……彼の声が聞こえたような……。
「目が覚めたようだね、ナマエ。……良かった」
「!」
急に声が聞こえ、身体がビクッと反応する。
声の聞こえた方へと振り返ると、そこにはアーサーが立っていた。
「それは私のセリフでもあるよ。ずっと反応がなかったから……」
「それほどに君が衰弱していたって事さ。……今は僕を現界するのに精一杯みたいだけどね」
「! ……そう、なんだ」
ギシッとベッドが音を立てる。……アーサーが私の背後に座ったのだ。
背中に伝わる温もりが、確かに彼がいる事を証明していた。
「……君が苦しい思いをしているとき、僕は何も出来なかった」
「え?」
「その様子だと……自分が何をしていたのか覚えていないようだね」
アーサーの言う通り……私はあの時歪むドクターと彼の声を聞いた後の記憶が曖昧なのだ。
自分が何をしていたのかよく覚えていない。
「アーサーは分かるの? ……私がどんな状態になっていたのか」
「同じマスターである所為なのか、その日の出来事等を個人の意思で共有する事ができるんだ」
そういえばそんなこと言ってたっけ。
前の世界ではそんな事できなかったはずだから……今世で得た能力なのかな。
「……今回、君の身に起きたことは英雄王とマーリンからの記憶共有で把握している」
「ギルとマーリンが……?」
「うん。……君が知りたいと言うのなら話そう」
「教えて。……自分の身に何があったのか、知っておかなきゃいけない」
あの後私は何をしていたのか、知らなくてはならない。
その意思を伝えると、アーサーは一息置いて口を開いた。
「君が知りたいと思っている内容だが……正直君に話したくない」
「それでも知らなきゃ。私がやった事だというなら」
「……っ」
アーサーは話したくなさそうだ。
……それほどに衝撃的な内容だと言うのだろうか。それなら尚更知らなくては。
「お願い。……話して、アーサー」
アーサーの方を向いて覚悟が強い事を伝える。
こちらを横目で見ていたアーサーは、私と対面するように向き直った。
「…………いいんだね?」
「……うん」
教えて、アーサー。
記憶に無い私は一体何をしていたのかを。
「私が……そんな、事を……!」
アーサーから伝えられた内容は、自分が覚悟していた…想像していた内容を遙かに超えていった。
街を破壊するほどの威力を放っていた事
ヒーロー、敵、一般市民を危険に晒すほどの威力だそうだ。
「ぁ……!」
「どうしたんだい、マスター!?」
急に酷い頭痛に襲われ、頭を抱えて蹲る。
痛みに耐えるよう固く閉じた真っ暗な視界に、覚えの無い光景が流れ出す。
……この光景、記憶に無いはずなのに実感がある。
私がやったという実感が。
「そうだ……私、わたし……!!」
『命令を確認。実行に移します』
『貴方が、私の指令者ですか』
『かっ…ちゃん……にげ、て……!』
フラッシュバックするこの光景は___確かに私がやった。
ドクターの姿をした敵の罠にまんまと引っかかった私は身体の自由を奪われ、精神を乗っ取られて……!!
「私、最低だ……っ」
「マス、ター……?」
「最低だ、最低だ……!!」
頭痛が止んだ。……自分のやった事を全て思い出したからだ。
次に私を襲ったのは___変える事の出来ない現実を知った絶望感だ。
「わたし、わたし……!!」
頭の中に流れるのは、大好きで大切な私のサーヴァントと……私を救ってくれたドクターの顔が黒く汚れていく光景だ。
「___サーヴァントを……ドクターを………穢してしまった……!!」
誓ったのに……二度と人を殺すような真似をしないと。
いくら自分が操られていたからとはいえ、やったという事実がある以上逃れることはできない。
ドクターと出会う前の頃、私は沢山の人を殺した。命令を遂行する為に、何人もの人を殺した。
その過去は逃れられない……だから私はドクターに、サーヴァントに誓ったんだ。二度と意味の無い殺害を行わないと。
なのに、なのに……!!
「……君が悪いわけじゃ無い。だから、自分を責めないでくれ」
「……あーさー」
後ろから包まれる温もりに、罪悪感が脳を埋め尽くされる。
こんなにも私を信頼してくれている彼らを…道具として扱ってしまった。
その事実が私をどんどん絶望へと誘うのだった。
「……」
この時私は気づかなかった。……まだアーサーが言い残しているといった表情を浮べていた事に。
2024/06/08
prev
戻る