第5節「泡沫の夢」
side.サナーレ
名前が眠り続けて今日で3日が経った。
医者によると、異常は特にないらしく後は意識が回復するだけだと言う。
呼吸も心拍も安定しているから、異常はないという診断に納得は出来るけど……
「……」
白い肌がいつもより白く見える。
それはその白い肌を際立てている赤い模様……令呪と呼ばれているものが見えているからだろうか。
初めて見たときは驚いたが、しばらくすればその光景にも慣れた。
普段から視覚化されている訳ではなかったけれど、あの不気味とも言えるその形は見ていると不思議な気分になる。
名前が意識を失う前からこの令呪は表面化していたのだろうか。
私達には感覚を理解してあげられないから詳しいことは分からないけど……この令呪ってものは、意識していないと目に見えるように表面化させてしまうのだろうか。
「サナーレ! すみません、急患の患者がいまして……」
「! 分かりました」
名前が入院している病院に入り浸っている事を利用して、患者の面倒を診ることが多くなった。
仕事が増えることを苦だと思わない。
人を救うためにヒーローを志したんだから。
「ごめんね名前、仕事が入ったから行ってくるわ、ね……」
いつものように声を掛けながら名前の顔を見た瞬間、言葉が詰まった。
何故なら___名前が泣いていたから。
「……」
悲しい夢を見ているのだろうか。それとも悪夢を見ているのだろうか。……どちらにせよ、私にはその涙を拭うことしかできない。
どうか少しだけでも名前が楽になれるように……そう思いながら私は流れる涙を指で拭い、部屋を後にした。
***
今日は昨日より多くの患者を相手にし、名前の元へ戻ってくるのが遅くなってしまった。
太陽は沈みかけていて、もうすぐ夜がやってきて…一日が終わる。
そう思いながら名前が眠る病室のドアを開けた。
「……!」
いつも通りの光景が広がっている……そう思っていたのに、私の視界には窓の外を見つめる自分によく似た後ろ姿が見えた。
音に反応してこちらを振り返った彼女に、私は目を見開いた。
「おかあ…さん?」
私と同じ容姿を持つ娘の瞳…右目が赤く染まっていたことに。
それでも、名前の意識が戻ったことが嬉しくて。
「えぇ、私よ……お母さんよ……!」
「わっ!?」
「お帰りなさい、名前……っ」
腕の中に閉じ込めた確かな温もりに、涙が溢れた。
***
記憶障害なし
自己認識あり
……意識回復に時間が掛かっただけで異常はないと診断された。
しかし負った怪我が酷かったのか、身体はまだ痛むそうだ。
現在の時間帯と名前の様子を考慮した結果、明日退院する事になった。
「名前。明日警察の方が事件の事について話を聞きたいって言ってるんだけど……大丈夫かしら」
「! ……うん、大丈夫だよ」
……強い子だ。
自分の能力を狙われ、利用されたというのに……怖がる素振りを一切見せないのだ。
「明日の夜にお父さんが迎えに来るわ。一緒に家に帰りましょうね」
「うん」
令呪と呼ばれるあの模様は名前が目覚めた後、彼女の意思によってなのかいつものように消えてる。
しかし、赤く染まった右目だけは治らなかった。
診断の結果、後天的な虹彩異色症……オッドアイと呼ばれるものだと言われた。
一応検査をして貰ったが特に異常は診られなかったそうで、本人も視界に異変はないようだ。
私に心配かけないよう嘘をついていないか……その線も疑ったが、それは名前に瞳が赤く変色している事を伝えた時の反応で疑いは晴れた。
『名前、視界に異変とかない?』
『ないよ。どうして?』
渡した鏡で自分の目を見た名前は、目を丸くさせて驚いていた。
あの反応が演技だっていうのなら、とんでもない女優である。
「ねぇお母さん。……私が眠っている間に何があったのか、教えてくれないかな」
「……そうね。これだけは知っておかないといけないと思うわ」
携帯のニュースアプリを起動し、とあるニュース項目を選択して名前に見せた。
『オールマイト引退』
……日本中で今言われている事だ。
「オールマイトさんが……引退……?」
「ええ」
「もしかして、私が攫われた所為で…」
「それはないわ」
断言した私の言葉に名前は驚いた表情でこちらを見つめた。
……オールマイトさん引退の理由を私は知っている。
「オールマイトさん……少し昔に大怪我をしていたの。恐らく、それが原因だと思う」
……この話は五年前に遡る。
2024/06/08
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