第5節「泡沫の夢」



「……ねぇ、アルジュナ」

「はい」


私の隣を歩く青年……アルジュナを見上げる

彼は私を庇って座に還ったはずだ
だから私が生まれ変わった後も繋がりが消えてしまった彼は、ドクターと同じく二度と会うことができないはず……

これも私が作り出した夢だ……幻だ
でも、先程のドクターが言った言葉は嘘には聞こえなくて


「本当にアルジュナなの……?」

「貴女はまず否定から入るのですね」


クスッと笑みを零した後、アルジュナはこちらを見下ろした
この眼差しを私は良く知っている……あの日を、アルジュナを知ってから彼は私を優しげに見つめるのだ

ドクターもアルジュナも私の目の前で消えてしまった
……だから、こうして対面できるはずがない
可能性としてあるならば、全て私の中で作られた幻想でしか……


「きっと貴女と話すことも、触れる事も……これが最後でしょう。なので話しておきます」


何故私がこうして存在出来ているのかを

足を止め、私はアルジュナを見上げる
対する彼は前を……眩しくて見えない道の先を見つめていた


「確かに私は座へと還った……はずだったんです」

「だった?」

「はい。……きっと貴女が前世の記憶を保持した状態で生まれ変わったのも、が原因でしょう」


私が記憶を持ったまま生まれ変わったのは、アルジュナが原因……?


「なら……どうして貴方は私の前にいないの?」

「それは私にも分かりません。……しかし、推測ならあります」

「聞かせて?」

「……今の私にはこの魂を入れる“器”がありません」


英霊にはクラスと呼ばれる器がある……しかし、アルジュナの霊基は一度破壊されている
通常、英霊をサーヴァントとして召喚する際にはクラスという器が必要だ
カルデアで皆を召喚する事ができたのは……私がサーヴァントみんなを召喚できたのは“縁”が合ったからだ

だから今世でみんなと再会することができたんだと思う
……なのにアルジュナはあの場にいなかった


「じゃあ……アルジュナとはもう会えないの?」


こうしてまた会えたのに……
俯いた私の両手をアルジュナの手が包んだ


「今私は貴女の深い意識下に存在していると思われます。……こうして会うことが出来なくとも、ずっと近くに…側にいますよ」

「でも、今のように話せないのは……寂しいよ」

「!」

「何か良い案があれば良いのに……」


アルジュナの手に包まれた自身の手を私は見つめる事しかできなかった


「……本当に貴女は優しい方だ」

「……?」

「また私を救おうとするのですね」


私達は繋がりがあっただけで、今は主従関係があるわけではないのに

……確かに今の私達に『マスターとサーヴァント』の契約つながりはない
なのに手を差し出す理由なんて、一つしかない


「貴方だからだよ、アルジュナ。私が知っているアルジュナあなただから手を差し伸べるの」

「……!」

「必ず貴方を救ってみせる。ずっと私の中に閉じ込めておく事なんてしない」


きっとアルジュナは見ている・・・・事しかできなかったと思う
……感覚的には、私がサーヴァントに擬態しているときに擬態したサーヴァントと精神を入れ替わっている状態と同じだと思う

何も出来ずただ見ているだけなんて……そんなの私だったら寂しいよ
絶対に方法はあるはず
考えろ、考えろ……!


「……その気持ちだけで、私は十分です」

「でも……っ」

「貴女が私を思って考えてくれている。……それだけで私は救われた気持ちになります」

「アルジュナ……」

「私の存在を認知してくれた……それだけで嬉しいです」


___だから、これ以上自分の身を滅ぼす様な行為はおやめなさい

その言葉は、私には“諦めろ”と言っている様に聞こえた


「さぁ、この道を真っ直ぐ進んで下さい。……これ以上、貴女を思ってくれている人達を心配させてはいけません」

「貴方も一緒に来て、アルジュナ」

「……私はこれ以上先には行けません」


アルジュナは私をトンッと軽く押す
突然の事で足が1歩前に出た


「アルジュナ……?」

「どうかご武運を。……貴女なら、立派なヒーローとやらになれますよ」


そう微笑むアルジュナが段々見えなくなる
まるで身体が吸い込まれていくように、どんどんアルジュナが小さくなっていく
……いや、私がアルジュナから遠ざかっているんだ


「待って! 私まだッ」


精一杯伸ばした手は何も掴む事なく、私の視界は白く染まった









***









「……これで良かったんだ」


意識が戻った後、彼女はこの出来事の半分以上を忘れてしまう……それでいい

私の為にと考えてくれた
その行動だけで“俺”は救われたのだから


「愛していますよ……我がマスター、ナマエ」


周りが黒く染まる
……それはまるで、私をこの場から逃がさないと言っているようだった





2024/06/08


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