第8節「ステインの思想」



何事だ!?と思っていると、エドモンの視線の先から何かが飛んでくるのを発見した。
何あれ……ヴィラン
じっくり確認しようとした瞬間、エドモンの胸に強く押しつけられる。
思わずぐえっ、とカエルが潰れたような声が出そうになった。

翼が羽ばたく音が近くで聞こえたと思った時だった。


「いーちゃんッ!!」

「緑谷ッ!!」

「緑谷君ッ!!」


なんとヴィランはいーちゃんを足で捕まえ、そのまま飛び去ろうとしているではないか!
このままじゃいーちゃんが連れ去られてしまう!


「アヴェンジャーっ」

「……ちっ」


エドモンは私を片腕で抱えると、空いた片手から青黒い炎を連射する。
しかし、私を抱えている所為で狙いが上手く定まらないのか、いーちゃんに当たらないよう気を使っているからか、それともヴィランの羽ばたきで生まれた風圧に妨害されているのか……定かではないが、エドモンの攻撃が相手に全く命中しない。

これ以上、上空に逃げられたら拙い!
エドモンに私を下ろしてヴィランを追うように指示を出そうとした瞬間だった。


「___えっ」


私達の横を速い何かが通り過ぎた。
驚いてその通り過ぎた何かを見ると、それはあり得ない人物で。


「ヒーロー殺し……!」


ヒーロー殺しは女性ヒーローの頬を舐め、走り去って行く。
すると上空を飛んでいたヴィランが段々と低空飛行を……いや、落下してきている。

もしかして、女性ヒーローの頬を舐めたのは、あのヴィランの血が付着していたから……?

あの短時間でそれを見つけていたなんて……近くにいた私ですら分からなかったのに。


縛られていた縄を解きながらヒーロー殺しが向かうのは、あのヴィランの元。
どうやって縄を解いた?
……もしかしたらまだ隠し持っていたのかもしれない。あれだけナイフを隠し持っていたんだ、可能性としては十分あり得る。


ヒーロー殺しは落下したヴィランと捕まっていたいーちゃんを押さえつけていた。
振り上げられた手にあるのは光る何か___ナイフ!?


「っ!?」


ナイフが振り下ろされる瞬間を、私は見る事ができなかった。
何故ならエドモンが「見るな」と言いたげに私の視界を手で遮ったからだ。
しかし、音ははっきり聞こえてしまった。

肉が裂ける音と、嫌な水音。
何があったのか分かってしまった。


「何故一塊になっている!こちらにヴィランが逃げてきたはずだが…」


声が聞こえ目線を動かすと、そこにいたのはエンデヴァーさんだった。
エンデヴァーさんはヒーロー殺しを視界に入れると、その手に炎を纏った。


「ヒーロー殺し!」

「! 待て轟!」


エンデヴァーさんが攻撃態勢になったところを、グラントリノさんが止める。
なんで…?と思った時、遮られた視界が開ける。
エドモンが私の目元から手を離したからだ。

見えた光景は、ヒーロー殺しから解放されたいーちゃんと、屍と化したヴィラン
そして、フラフラとしながら立ち上がり、こちらを振り返るヒーロー殺し。
その表情は『怖い』としか思えなくて。


「___偽物ォ……!」


……何、この威圧感……!
身体が震える。


「正さねば……誰かが、血に染まらねば……ヒーローを、取り戻さねば……!!」


ヒーロー殺しの背後の月が赤く光っている気がする。
それほどに目の前の光景が恐ろしいと感じている。


「来い……、来て見ろ偽物共ォ!!」


その迫力に視線をそらせない。
……何が彼をそうさせているのだろうか。



「俺を殺して良いのは、本物のヒーロー___オールマイトだけだァ!」



___金属音が響く。
小さな音なのに、その音で金縛りが解けたように動けるようになった。

まるで時間が止まったかのように静かになった。


「気を、失っている……?」


ヒーロー殺しは立ったまま動かない。
エンデヴァーさんが言うように、本当に気絶している……?

目の前に立っていた女性ヒーローと焦凍君、飯田君は気が抜けたかのようにその場に尻もちを着いてしまった。
……きっと私も立っていたらその場に尻もちを着いていただろう。
あの威圧感に耐えられる自信がない。
それほどに迫力があったのだから。


「……面白い。ヴィランでなければ是非とも話してみたかった」

「アヴェンジャー……?」

「あれは執念だ。それも、染みのように付着し、あらゆる手で消そうとしても消せないほどにな」

「執念……?」


私を抱えているエドモンの表情は面白いものを見つけた、と言いたげだった。
周りが畏怖している中、彼はヒーロー殺しを見て笑っていた。
……なにか思う事があったのだろう。
そう思っていた時だ。


「あれ?こんなに集まってどうしたの?」


……この場に合わない陽気な声が、今漂っている雰囲気をぶち壊した。
聞き慣れた声が段々近付いてくる。


「……アクアか。終わったのか?」

「いや、移動中。次の現場に向かってるところだったんだけど、人集りができてたから気になって」

「……はぁ」


そしてエンデヴァーさんと喋ってる。
なんならもう名前出てる。


「す、水明ヒーローアクア……!?」


ヒーロー達に支えて貰いながらこちらにやってきたいーちゃんの興奮した声が、辺りに響いた。





2021/12/10


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