novel | ナノ



7月。高校生活を終え、いよいよ居候生活も終わりを迎え、新たな門出を目前に控えた時期。
リンダ達は、9月から通う大学近くのマンションに下見に訪れていた。そう、寮ではなくマンションである。
当初は学生寮を利用する予定だったのだが、ジョセフがそれに物申したのだ。
不動産の仕事をしている彼からしてみれば「あんな狭い部屋で学生生活などもったいない!」との事で、お薦めの物件を勝手に選び、強引に契約まで済まされてしまった。
仰天し、家賃はいくらか尋ねるリンダに、彼はグッと親指を立ててキラリと歯を見せて笑った。


「ワシのマンションだからタダに決まっておるじゃろ!」


その言葉に、リンダの口元は思わず引きつった。
流石、ニューヨークの不動産王である。
所有、または経営している建築物は一体幾つあるのだろうか。


「いやいやいや、家賃は払うからね?」

「NO!受け付けないよーん」

「そ、それこそNO!」


今迄にも何度かこうしてジョセフの突飛な行動に驚かされているが、流石に慌てふためいてブンブンと首を振って拒否した。
居候もさせて貰っているというのに、これ以上世話になる訳にはいかない。
ただでさえ、サプライズ好きな彼に度々高価な物を頂いているため、申し訳無さが勝った。


「リンダはワシがプレゼントする度いつもそうじゃ…今回も喜んでは貰えんかのう」


しかし、わざとらしくも少々落ち込み出した彼に、うっと言葉に詰まった。
あくまでもリンダを甘やかしたいらしく、終いには瞳を潤ませ泣き落としにかかってきた。
こうなると、伯父は実に厄介である。
暫くそのやりとりが続いたが、遂に根負けしたリンダが折れると、彼は一転してニンマリと笑い、マンションについての詳しい話を進め始めた。
一応真剣にそれを聞いていると、何故か隣で承太郎も一緒に耳を傾け始めた。
ふむふむと何度か頷く様子を疑問に思ったが、直ぐ様リンダはハッとした。


「もしかして、承くんも同じ所?」

「…おう」


肯定した彼に、成る程と頷いた。
ジョセフがリンダのために選んだ場所は、同じ大学に通う予定の承太郎にとっても最良の物件だろう、と。
そう考えて、彼との大学生活がいよいよ現実味を帯び、頬が緩んだ。


ーーしかし、彼女はその時、リンダと承太郎の二人分の部屋を用意したジョセフが、サプライズだけでなく悪戯好きだという事を失念していた。






「伯父さん…」


マンションの自室を下見しに来た当日、リンダは部屋の前で思わず「Oh My God…」と呟き天を仰ぎ見た。


「…嫌か?」

「い、嫌じゃないよ、でも驚いちゃって…承くんはもしかして知ってたの?」


そう尋ねると、彼は無言でこくりと頷いた。
特に気にしていない様子の彼に、逆に戸惑う。


「えっと…承くんは迷惑じゃないの?
折角日本を出てアメリカまで来たのにホームスティ先に私が居て、今度は一人暮らし先にまでいるなんて…」


そう、何を考えているのか、ジョセフが用意した二部屋は隣接していた。
つまり、同じマンション内の同じ階にある、部屋ナンバーは一文字違いのお隣さんーーという事である。
同居中は部屋が離れていたためそこまで気にしていなかったが、流石に隣の部屋に承太郎が居るとなると、少し動揺してしまう。


「他に空きはねぇみたいだしな」

「そうなの?」


丁度、この二部屋のみが空いていたらしい。
それを事前に承知していた承太郎をリンダは疑問に思った。
というのも、彼は近頃夜中に家を出ては朝に帰宅したりと、若者らしく夜の街を遊び歩いているようだった。
ジョセフがそれに悪乗りして同行していたのだが、二人してスージーに叱られていたのを覚えている。
つまり、言葉は悪いが遊び盛りの彼にとって、ようやく手に入る一人暮らし生活が、自由な暮らしが出来るチャンスが、中途半端に邪魔されてしまうのである。
勿論リンダに邪魔する予定はないが、少なくとも間近に同年代の異性の親戚が居るのは気に障るのではないか、と。


「何も問題はねぇよ」

「…そう?」


親戚同士という事で、表立って「嫌だ」と拒否するのが気まずいのだろうか。
そう思ったが、次の彼の言葉にリンダは驚いた。


「…それに、お前が居た方が安心する」


身長差故に、承太郎の真横に居ると帽子の下の彼の表情が見える。
その双眼が、宝石の如く輝くエメラルドグリーンが、じっと此方を見下ろしてくるので、自然と頬に熱が集まった。


「そうなの?そう言われると嬉しいな…」

「……」


しかし、承太郎はそのまま無言になってしまった。
度々、彼はこうして意味深な目線を送ったままフリーズする。
その都度リンダは次に彼が口を開くのを待つのだが、結局いつも彼の方からフイと視線を逸らしてしまうのだった。


「承くん?」

「……飯の心配をしなくてすみそうだからな」

「ご飯?」


背を向けながらボソッと呟かれた言葉に、リンダはぽんと手を叩いた。
成る程、食事に関して彼は安堵していたのだ。
しかし、飯を作ってくれと面と向かって言うのは憚られたのだろう、と察する。


「大丈夫だよ承くん!自分で作るのに慣れるまでは、私が作るよ」

「……あ あ」


リンダは承太郎が先程の言葉を冗談混じりで言った事も、彼がそれを取り消せずに焦った顔をしている事にも気が付かなかった。






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