「なぁなぁ奥村くん」
「ん?何だ志摩?」
塾が始まる前の空き時間。
志摩がわざわざ俺の席のとこまで来た。最近、志摩との距離が縮まって俺は志摩と色んな話をするようになった。主には下らない話だけど、今までそういう学生ならではの体験した事が無かった俺には、この時間が凄く楽しい。
「奥村先生の弁当って奥村くんが作ってはるん?」
「おう。基本的に飯は俺」
「じゃあ夕飯とかも?」
「大体は」
途端、志摩が「にたぁ」っと嫌な笑いをした。気持ち悪いぐらいにニッコニコな志摩は俺の横に座り込んで身を寄せて来た。椅子に座ってる俺はあまり逃げ道が無くて狭い…。
「んじゃ、台所プレイとかもうやった?」
「は?ンだそれ」
また志摩が訳の分からない事を言い出した。思いっきり眉間にシワを寄せて「コイツ何言ってんだ?」って、表情で語ってやった。
志摩は口元に手を宛てて、外部に声が漏れない様にボリュームをかなりダウンさせて「これだから奥村くんは」と言ってきた。
「だーかーら、台所えっちの事やっての」
「はぁ?!」
とんでもない単語が聞こえて思わず声を荒げて勢い良く立ち上がると、机と椅子がガタッと音を立てる。隣の席のしえみがビクッと肩を震わせてこっちを見てきた。
「り、燐?どうしたの?」
「あ…いや、何でもない。悪い悪い」
きょどり顔のしえみを安心させるために笑いながら謝って、再び椅子に座り直す。
今度は眉間にシワを寄せるとかそんな可愛いものじゃなくて、睨むに近い形で志摩を見た。そして俺も志摩と同じく、手を口元に宛てて小さな声で喋る。
「お前なんつー事言い出すんだよ馬鹿か!」
「えー?だって年頃の男子なら気になんやん。で、どうなん?なあなあ」
「……んな事言えっかよ馬鹿」
「おっ。その反応は経験済みっちゅー事か!な、な、どないな事されたん?それともしたん?」
志摩に肩を掴まれて荒い息遣いで迫られる。こ、怖い!食われる…!次の授業早く始まってくれ、この状況を一刻も早く抜け出したい!いっそ運良く蝉の一匹でも突撃してこないだろうか。
「人参とかツッコまれたん?」
「そ、そんな事されてねえって」
「奥村先生なら「兄さん、随分美味しそうに下の口で人参食べるんだね」とか言うかと思ったのやけど…」
「お前マジで頭大丈夫か?」
途中、雪男の口真似を交えた演技が入ったけど、今の状況じゃ全然笑えない。志摩の頭が本当に心配になった。
「じゃあアレやな。台所で新婚プレイ。せやろ?」
「そんな事は一切してませんよ。さ、授業を始めるので席に着いてくださいね、志摩くん」
顔を上げると満面の笑みの雪男が俺達の前に立っていた。雪男は教壇に立ち直ると「さて、今日も楽しく授業を始めましょうか」と、教科書を開く。何処と無く「これはマズイ」感じ取った志摩は大人しく席に着いて、俺は教科書とノートを机の上に広げた。
ちなみに、この日の悪魔薬学は志摩が集中攻撃で当てられた。
- end -
2011.04.16