最近、兄さんの機嫌がすこぶる悪い。
夕飯中、無言なのも何なので互いに今日あった事を教え合う。兄さんの話の大体は、しえみさんや勝呂くん…塾生徒達との話だ。僕はと言うと、塾ではなく正十字学園でのクラスメイトの話や授業中にあった面白い出来事を話していた。
しかし、クラスメイトの話をすると兄さんは決まって面白くなさそうな顔をする。返事も「あぁ」とか「へぇ」と、適当になる。そうなる原因を僕は知っている。「嫉妬」だ。最も、兄さん本人は気付いてないみたいだけど。

そして今日の夕飯も、僕の遊びが始まる。


「そうそう、今日のお昼は佐藤くんと食べたんだけどさ…あ、覚えてる?授業中に紙飛行機作って飛ばしたら先生の後頭部にささちゃったっていう佐藤くんだけど…」
「あぁ」
「で、その佐藤くんとお弁当を食べてる時にさ、」
「……」
「…兄さん?」
「えっ、あ、あぁ?何だっけ、加藤がどうしたんだよ」
「佐藤、だよ」
「ごめん…」
「うん」


そこで会話は止まってしまった。もっともまだ導入部分だったから、会話と言えるか微妙だけど。兄さんも僕も黙々と料理を口に運ぶ。ちらりと兄さんを盗み見ると、いつもはつり上がってる眉も情けなく下がっていて、何か言いたげな顔だった。だが何も言おうとはしない。正直、僕は兄さんのこの時の顔が見たくて、わざと兄さんの知らない人の…クラスメイトの話をする。
兄さんが嫌いだからそうしている訳ではない。その考えは逆で、好きだからしているのだ。好きな人の顔が嫉妬で歪むのが僕には快楽的で仕方が無いのだ。


「ごちそうさま」


食事を先に終えたのは僕の方。使い終えたお皿を重ねて席を立つ。その時、兄さんが小さく何か呟いた。


「何?」
「え?」
「今、何か言わなかった?」
「何も言ってないぜ」
「そう。じゃあ、食器洗ったら僕は先に部屋に戻るから」
「あぁ」


言ったとおりに、ちゃんと食器を洗ってから食堂を出ようとする。その間際、もう一度兄さんをちらりと横目で見た。泣いてはいないけど、少し鼻を啜っていた。あぁ、今の兄さんの心の中はありとあらゆる感情が渦巻いているんだろうな、と思うと笑みをこぼさずにはいられなかった。





◇ ◇ ◇





最近した席替えで、僕はありがたい事に窓際の席になった。おかげで程良い風が通り、快適に授業が受けられる。お昼休み前の授業になると、『今日の夕飯は何だろう』なんてぼんやり思いつつ、今日はどんな話をして兄さんの嫉妬心を掻き立ててやろうかと、そのネタ話しも考える。


『あ、』


風に乗って、聞き覚えのある声が耳に届く。窓の外に目をやると兄さんがいた。この曜日の昼前の授業は、兄さんのクラスは体育(この事には、席替えしてこの席になって暫くしてから気付いた)
兄さんの周りには僕の知らない学園の生徒がいた。馬鹿騒ぎしながら雑談をする兄さん達。僕の知らない人間に笑顔を向ける兄さんに、凄くムカついた。あの笑顔は僕だけに見せてれば良いのに…。
そう思った時、僕のその黒く濁った思いを制裁したかったのか、丁度よく授業を終わらせるチャイムが鳴った。
今からお昼の時間。今日はクラスメイトに声をかけて、僕は購買へと向かった。



◇ ◇ ◇



「奥村っていつも弁当なのに、たまに購買使うよな」
「うん、何日間置きの単位で甘いものを摂取したくなるんだよね」
「あ、そういえば確かに購買来たら菓子パン買ってる気がする…」
「でしょ?」


クラスメイトににこやかな笑みを向ける。さて、今日は…と選んでると後ろから声がした。

「おー雪男じゃん!」


振り向かなくても分かる。兄さんだ。
お昼前の体育を終えると、兄さんは毎回購買に飲み物を買いに来る。だからそれに合わせて僕もこの日に絞って購買へ来るのだ。


「あぁ、兄さん。兄さんも購買に何か買いに来たの?」
「おう、体育で動き回って喉カラカラなんだ」
「おい奥村。この人が例のお兄さんか?」
「ん?あぁ、ごめん。そうだよ。そうだ、兄さん。紹介するよ。この人がこないだ夕飯の時に話した佐藤くんだよ」
「げっ、もしかしてオレの悪口言ってんのかよ!」
「ふふ、どうだろうね」
「っの、やろ!」


クラスメイトに首を腕でホールドされ、逆の手でこめかみをグリグリされる。僕は僕で、嫌じゃ無いどころかじゃれ合ってる素振りを見せつけた。視野範囲に兄さんを入れると、兄さんは下唇をキュッと噛んでいて、両手は握り拳だ。僕は誰にも分からない様、細くほくそ笑んだ。


「ほら、佐藤くん離して。僕は菓子パン買いに来たんだから。それに早く戻って、教室で涼もうよ」
「それもそうだな。あ、奥村のお兄さん、挨拶遅れましたけど噂になってる佐藤です」
「えっ?!あ、ああ!宜しくな!」
「挨拶済んだなら戻ろう」
「いつのまに買ったんだ?!本当、奥村は隙が無ぇな。よし、戻るか」
「ゆ、雪男!」


教室に戻ろうとして兄さんに背を向けた瞬間、腕を思い切り捕まれる。僕の腕を掴んでいたのは、言わずとも兄さんだ。兄さんは困った様な、泣き出しそうな、よく分からない表情をしていた。


「何、兄さん?」
「えっと…」
「用が無いなら離してもらって良いかな。僕教室に戻りたいんだけど」
「うっ。わ、悪ぃ…」


きっと兄さんの心の奥底は、今この場で僕を佐藤くんに取られたくないのだろう。ただ、その奥底が深すぎて、兄さんは自分の中でわだかまっている物が分かってない。だから本能が動いたのだ、僕の腕を掴んで引き留めさせろと。
さっきも言った通り、兄さん自身が自分の気持ちに気づけてないから、腕を掴んだものの、その後どうしたら良いのか、分からないんだろうなぁ。


「用が無いなら僕は教室に戻るね。それじゃあ、兄さんまた夕飯に」
「お、おう…」


そっと兄さんの手が離れる。僕と佐藤くんは、兄さんを置いてその場を後にした。



◇ ◇ ◇



塾講師としての残っていた仕事を終え、僕は寮へと帰る。夏とはいえど、七時を回ると外も随分と暗くなる。電気のついていない廊下をゆっくりと歩く。
一室だけ明かりがついているのが分かった。


(あの部屋は…食堂…?)


顔を出すと、そこには両腕を枕代わりにしてテーブルに伏せて寝ている兄さんがいた。テーブルの上には手のつけられていない食事。多分、僕が戻るまで食べずに待っていたら寝てしまったとかいう落ちな気がする。ベッドで寝るのを促すために、可哀想だけど肩を揺すって兄さんを起こす。


「兄さん、起きて」
「ん…?」
「ここで寝たら風邪引くよ。ちゃんとベッドに行こう?」
「んー…やだ」
「やだじゃないよ、ほら」


駄々をこねる兄さんの右脇に手を入れて、無理矢理引っ張り起こす。「うー」とか「んー」と言って、聞き分けない子供のように素直に従おうとはしなかった。


「ほーら、兄さん」
「……んなよ」
「え?」


兄さんが何かを呟く。でもその声は小さすぎて聞き取れなかった。短い言葉で聞き返すと、時間をかけて兄さんの顔が僕の方へ向いた。


「他の奴と仲良くすんなよ」


刹那、取り巻く空気の動きが止まった気がした。しかし、兄さんの言葉は止まらなかった。

「何で俺の知らない奴とあんな…そういうの、見たくないし聞きたくなかった」
「……」
「俺以外の人間に笑いかけてる雪男なんて嫌いだ!」
「……」
「っ、黙ってねえで何か言えよ!」


兄さんが掴みかかってくる。それでも僕は動揺する事なく、静かに反論へと出た。


「何でそう思うのか、聞いてもいい?」
「えっ」
「だって理由無しにそういう感情が芽生える訳ないだろう?」
「……」
「あれ、分からないのかな」
「だって思うもんは思うんだよ」
「じゃあ、そういうの何て言うか教えてあげようか」
「……」
「嫉妬、って言うんだよ」
「……」


ぽかん、この言葉が適切だろうか。そんな顔をする兄さんに僕は思わずふき出した。


「嫉妬って言葉は兄さんには難しかったかな。焼き餅だよ、やーきーもーち」
「っは?!」
「この言葉も分からないのかな…焼き餅っていうのはね」
「っだー!分かる分かる!言わなくても分かっから!」


語句の意味を説明しようとすると、もの凄い早さで口を手で塞がれた。この様子なら、今まで心の中でつかえていた不満が何なのか分かったのだろう。


「でもさ、嫉妬って好きな相手にしか出ない感情のはずなんだけど…兄さん、さっき僕の事嫌いって言ってたよね」
「う、」


兄さんが俯く。だけど僕から顔を背けたとこで逃がしはしない。


「兄さんは僕の事、好きなの?嫌いなの?」
「……」
「黙るのはずるいよ、教えて」


他の人より尖りのある耳の輪郭を指先で撫でる。平温より熱い体温が触れたヵ所から伝わってきた。


「ねぇ、兄さん。ちゃんと教えて」


もう一度、同じ言葉を耳元で投げかける。兄さんは俯けにした顔を上げ、頬に赤を点し口を開いてこう言った。


「    、ばーか」





- end -



リクエスト:ドS雪男×ピュア燐
自分も嫉妬しているのに気づかない雪男。
2011.07.18

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