なぁ、どうしたらお前の目は俺を映し出してくれるんだ?
そのために俺、何だってするから。
教えてくれよ…。





貴方の瞳に私を映して





夏も本番の七月上旬。
外の日差しが強く、とても外に出る気にはならない。弁当を食べ終えた俺は、教室で机にうっつぷしてクーラーの風に当たっていた。
今日の夕飯、何にするか。そういや最近、雪男寝てねえからスタミナつけるために、豚肉料理でもつくるか。なんてぼんやりと考えていたら、上から声が降ってきた。


「おっくむらくーん」


語尾が間延びしていて、やる気が無いんだか優しい口調なんだか分からない声質。それが誰のものかすぐに分かった。


「おう、志摩。どうしたんだ?わざわざ俺のクラスまで」
「奥村くんの放課後せ・ん・や・く」


「先約」と聞いて胸が無意識に高鳴った。ついニヤケそうになる口元に力を入れてやり過ごす。なるべく平静をよそおって志摩にこう尋ねた。


「放課後何があるんだ?」
「今日、塾の方でミニテストあるやろ?それに備えて一緒に勉強しいひん?」
「おっ、いいなそれ。やろうぜ!」
「じゃあ決まりやね!ホームルーム終わり次第、奥村くんのクラスにくるさかい、待っといてな?」
「ん、了解」


俺との約束を取り付けた志摩は片手ひらりと振って教室を後にした。背中を見送って、もう一度机に額をくっつけて息を一つついた。心臓が凄くうるさい、胸に手を宛てなくても分かる。
「放課後の約束」なんて誰にでもあるもの。でも俺にとって、志摩との約束ならそれは「特別」な事。

そう、俺は志摩が好きだ。
志摩と話していると楽しい、志摩が笑ってると嬉しい、志摩を見てると胸が熱くなって…苦しい。俺の心は隅から隅まで志摩でいっぱいだった。

いつも何かあると志摩は俺に声をかけてくれる。「志摩も俺の事を、」なんて展開があるんじゃないかって馬鹿な事も考える。
志摩の心が知りたいような、やっぱり知りたくないような。最近の俺はずっとそんな感じだった。



◇ ◇ ◇



放課後。
志摩は約束通り、教室に来た。最初は他愛もない雑談を数分してから、直ぐに黙々とテスト勉強に励んだ。会話は無くとも、志摩と同じ時間を共有しているだけで俺は嬉しかった。
ふと、志摩のシャーペンを握る手が止まる。暫く俺はシャーペンを走らす手を止めずにいた。しかし一向に動く気配の無い志摩の手。様子が気になって視線を上げる。そして俺は直ちに自分の行動を後悔した。
顔を上げなきゃ良かった、なんて気づいてももう遅かった。俺の目の前に座る志摩は、口元を緩ませて柔らかい笑顔で窓の外を見ていた。
俺もちらりと窓の外を見遣る。そこで志摩の視線の先に気づいた。
志摩の目に映るのは…中庭で講師に話かけられている雪男。


この時初めて俺は分かったんだ。


―…あぁ、志摩の中には、俺はこれっぽっちも入る隙なんて無いんだって。志摩の中は、雪男でいっぱいなんだって。

あれ、答えがやっと分かったのに何だか胸が痛い。
何でだ?いつもは雪男が意地悪して出す課題の問題が解けると嬉しいはずなのに。今は嬉しいどころか痛い、苦しい。


「お、奥村くん?!」
「…え?」


志摩が驚いた顔でこっちを見た。そんなにギョッっとする程に変な顔だったか俺。


「何で泣いてはるの?」


この一言に思わず固まった。恐る恐る頬を触ると指先に濡れた感触。しかも、どんどんと指先がびしょ濡れになっていく。


(何だよコレ…止まれよ…!)


「どっか痛むんか?あまりにもあれだったら保健室連れてったるよ?」
「だ…大丈夫、だ」


涙を堪えながら出した声は、情けないぐらいに震えていた。早く次の言葉を出さなきゃ志摩が心配する。そう思った俺は、口の中で思い切り舌を噛んで涙を止めた。シャーペンを握る手に力を込めて、全ての我慢をこの拳へと丸め込んだ。


「ほんまに大丈夫なん?もしやっぱ体調悪いようなら直ぐ言うてな?」
「おう、ありがとうな!」


そう言って、無理矢理に笑って見せた。
嘘笑いの分だけ、心は悲しみに潰れてしまいそうだった。





- end -



リクエスト:摩燐で燐の片想い
2011.07.02

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