暇だ、この上無いぐらいに暇すぎる。兄上には適当にあしらわれるし、勉強のためにと買った日本ガイドブックも読み飽きてしまった。

床に大の字になってぼんやりと天井を眺める。そこでふと、ある人物の顔が思い浮かんだ。


(奥村、燐)


そうだ。きっと彼なら退屈しのぎどころか、十分すぎる程の遊び相手になるであろう。





スキ、ス、スキ?





「で、お前何しに来たんだよ」
「暇です、奥村燐。構ってください」


太陽がもっとも高く昇る午後二時。僕は奥村燐の部屋に来ていた。燐のベッドに腰を掛けて、下から腕を組んでいる燐を見上げる。見上げた先の表情は、眉間にシワを寄せていた。


「俺も暇じゃないから帰れよ…」
「いつもSQ読んで課題やらずに奥村先生に怒られてる燐はさぞかし暇なんだと思ってましたが」
「……お前何でそんな事細かに奥村事情知ってるんだ…?」
「お腹空いたのでご飯を作ってください。そうですね、カルボナーラが食べたいです」
「……」

無理矢理に話を逸らすと燐の尻尾がゆらっと左右に一回揺れる。多分イラついてるに違いない。燐にとっては面白くない話かもしれないが、感情が直ぐに出る尻尾を見るのが僕は好きだ。


「カルボナーラ食べたら絶対帰れよ!」
「嫌です」
「……」


また尻尾が左右に揺れた。僕はこうやって燐をわざと怒らせるのも好きだ。悪趣味と言われればそうかもしれません。
しかし燐は何だかんだ言って僕にご飯を作ってくれるのを知っている。


「おい」
「…はい?」


呼ばれた声にゆっくり反応すると、既に燐はドアノブに手をかけて部屋を出る体勢に入っていた。


「何ぼけっとしてんだよ。行くぞ」
「行くって何処にですか」
「厨房だよ厨房。食いたいんだろ、カ・ル・ボ・ナ・ア・ラ」
「食べたいです」


僕の返事を聞くと何も言わずニッと笑ってドアの向こうに姿を消す燐に続き、僕も部屋を後にした。厨房に繋がる廊下を歩く。その度に前を行く燐の尻尾がゆらゆらと揺れる。その尻尾を決して強くない力で握って数歩だけ歩いてみた。
ピタリと足を止めて僕の方を振り返ったその顔は、また眉間にシワができていた。


「何してんだよ」
「ヘビモスの散歩ならぬ奥村燐の散歩です。なんちゃって」
「…っのやろ!人をおちょくるのもいい加減にしやがれ!」


ペシィッ、と手を叩き落とされてしまった。残念。





◇ ◇ ◇





トントントンと規則正しく軽やかな音が厨房に響き渡る。
燐の包丁捌きはお手の物。
時おり鼻唄を交えながら料理に励む姿を、厨房の外にあるカウンターから眺めるのが僕は好きだ。
切った野菜を今度はフライパンに移し、炒めていく。実に手際が良くて見ていて気持ちが良い。そして尻尾を上向きにふりふりと何度も振る燐はきっとご機嫌なんだろう。


燐はそう時間が経たない内に僕のリクエストしたカルボナーラを作ってしまった。出来立てと言わずとも見て分かる立ち上って行く湯気。ツヤのある半熟玉子が乗せられたカルボナーラをカウンターに出され、思わず唾液を飲み込む。


「ほれ、できたぞ。ちゃんと全部残さず食べろよな!」
「ありがとうございます。いただきます」


手を合わせていただきますをしてから、燐が差し出したフォークを受け取りパスタを絡めて一口食べる。


「…!」
「どうだ?」
「美味しいです!このまろやか感、兄上が作るのとは全然違います!」
「ったりめーだろ。つかメフィストのやつと俺の料理を比較するなよなー」


得意気に口角をつり上げて笑う燐を視界に捉えつつ、もぐもぐとカルボナーラを口に運ぶ。燐の作るご飯は美味しくて自然と手が進む。気付いた頃にはいつも皿がすっからかんだ。


「ごちそうさまです」
「今日も綺麗に食べてくれたんだな。サンキュー」


空の皿を見る燐は本当に嬉しそうな顔をいつもする。この燐の顔も僕は好きだ。だからいつも燐の元へご飯を求めて行く、と言っても間違いではない。


「じゃ、皿洗いたいから下げるな?」


そう言って皿に手をかける燐の手首を掴んで動作を阻止する。手を掴まれた相手は、目を何度もぱちぱちとさせていて、その顔には驚きの色が見えた。


「おい、何す…」


身を乗り出して動く唇に吸い付き言葉を遮る。発せられなかった言葉は「んぐ、」と燐の喉へと押し戻された。
ゆっくり唇を離すと、先程まで驚いていた表情が今度はみるみると動揺へと変わる。
面白いぐらいに変わる顔が面白くて、思わずふき出した。


「な、何笑ってんだよ!」
「…いえ、別に…。ただ、やっぱ燐は僕を楽しませてくれる存在だって思っただけです」


(奥村燐のとこに来て正解でしたね)


選択を誤らなかった事に満足して、もう一度僕は燐の唇にキスをした。





- end -



2011.06.24


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