▽ 第1話
ヒーローという職種について、実は彼女は良いイメージを持っていなかった。
彼女の実の兄は、生まれつきやればなんでも良くできるというような天才体質で、さらに個性は派手で強い「爆破」というものだった。そんな彼が周りから賞賛されて育ったら、どうなるだろう。傲慢で自信過剰、おまけに自尊心が富士山より高い、弱いものをいじめるような、他者からみくだされるのを極端に嫌うような素行不良の少年になってしまったのである。
ヒーローはそんな彼が小さい頃から目指している職業だったのだ。
彼女は彼の背中を見て育った。個性は彼と同じ爆破であるし、やればなんでもできてしまう体質も似ていた。だが、彼女が兄に勝ったことなど一つもなかった。それが彼女の自尊心を極端に低くする原因となってしまった。
だからこそ、彼女は兄と同じようにヒーローに憧れるようなことはなかったし、個性を使って何かを成したいという欲もなかったのである。
彼女の名前は爆豪憂。爆豪勝己の双子の妹である。
彼女は自尊心の低いまま中学三年生になり、ますます消極的で内気な性格になってしまった。友達などいるはずもなく、一人でぽつんと教室に座っているような女の子だ。
彼の兄の志望校は名だたるトップヒーローを輩出している雄英高校ヒーロー科だった。直接は聞いてはいない、母から聞いたのだ。憂はヒーロー科ではなく家から近い高校の普通科に進もうと漠然と考えていた。
だが、そんな憂の考えを変える転機がやってきた。
「お兄ちゃんが!?」
その日自宅へ帰ってくると、母が顔を青ざめさせていた。なんでも、兄が敵に襲われたというのを警察から連絡が来たそうだ。幸い外傷はなく、そのまま帰らせたという。
心配だから迎えに行こうと、母と家を出ようと話していた時、兄が帰ってきた。その顔は酷く屈辱で歪んでいて、心配したという言葉を喉から出なかった。
「お、お兄ちゃん…」
「…あのクソナードなんかに、俺は助けられてなんかいねェ!」
「っ!」
八つ当たりするように持っていた鞄を憂の顔面に投げつけると、兄は足早に自分の部屋に引きこもってしまった。
「ちょっと勝己!なんてことすんのよ!」
「い、いいよ、お母さん」
兄を助けてくれたのはあのオールマイトだと聞いていたが、兄が口に出したのはナード、幼馴染の緑谷出久のことだった。
あの二人に何があったのだろう。憂はそれが酷く気になった。
時は流れて数ヶ月、憂が幼馴染と会話する機会が訪れた。
「出久くん…?」
「ふあ!?憂ちゃん!?」
「こんなところでどうしたの?」
最近、市営の海浜公園が綺麗になっているという噂を聞いて学校帰りに立ち寄ってみると、そこには幼馴染の緑谷出久がいた。
驚いてとっさに声をかけると、あちらもとてつもなく驚いたようで飛び上がっていた。
「まさか、出久くんが?」
「えっ、いや、あの、その!」
前に来た時は水平線すらゴミに阻まれて見えなかったのが、嘘のようにゴミは少なくなっていた。ゴミを片付けている地味なヒーローは幼馴染だったのだ。憂の胸に何か温かいものが宿るのを感じた。
「すごいね、出久くんは」
「そんな、僕より憂ちゃんの方が色々できるし…」
「そうじゃないの」
憂は首を振った。出久は分からないようにきょとんと首をかしげていた。
「馬鹿にされても、人に見られていなくても、人を助けることが出来る出久くん、すごいなって思ったの」
眩しい夕焼けを二人で見つめる。夏も終わりかけていた。
「出久くんが、ヒーローだったんだね」
目を細めて笑うと、出久の顔はみるみる夕焼け色に染まっていった。
「そ、そんな!僕は…」
「出久くんは、雄英のヒーロー科志望なんだったよね」
「え、うん…そうだよ」
笑われるかもしれない、と出久は目を逸らした。けれども、憂はぐいっと上を見て、呟いた。
「私も、雄英受ける」
「え…?」
「私も、ヒーローになりたい」
ぱっと出久の目がこちらへ向いた。それに合わせて、頷く。
「出久くんみたいな、ヒーローに」
その日は彼女のヒーローへの価値観が変わったは日だった。この日を境に、彼女はヒーローになるための特訓を始める。
無個性の、いじめられっ子だった幼馴染の緑谷出久が彼女にとっての初めてのヒーローになった。
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