▽ 第19話
憂は念願の新しい靴を履いて登校したが、あいにくの雨で、ベタベタになってしまって、憂鬱だった。そして、電車に乗っていると物凄い視線が突き刺さる。体育祭の影響だろうか、憂は早く電車が最寄駅に着かないかなと視線を下げなら願った。
「おはよう」
「あっ憂ちゃんおはようー!」
教室に入ると葉隠が元気よく尾白の元からやってくる。雨だというのに、葉隠はいつも通り明るい。憂はつられて笑って、席に荷物を置いて、轟の元へ向かう。
「ショートくん、おはよう」
「憂、おはよう」
「ショートくんもじろじろ見られたりした?私、すごい恥ずかしくてずっと下向いてたよ」
「ああ」
他愛のない話で盛り上がる。すると始業のチャイムが鳴り、相澤先生が教室に入ってくる。さるとぴたりと喧騒は止んだ。
「相澤先生、包帯取れたのね。良かったわ」
蛙吹がそう言ったのを見て、憂も相澤先生を見た。体育祭の時はミイラ男見たく包帯ぐるぐる巻きにされていたが、今は少しの傷は見えるが綺麗に包帯は取れていた。
「んなもんより今日のヒーロー情報学はちょっと特別だぞ」
特別という言葉に、教室に緊張が走った。
「『コードネーム』ヒーロー名の考案だ」
「胸膨らむヤツきたああああ!!」
わっと教室が湧き上がる。しかし次に相澤先生が口を開くと皆一斉に口を噤んだ。
「というのも先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる」
相澤先生が言うには今回の一年生への指名は将来性に対する興味に近いらしい。卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルということもよくあるそうだ。
そして、体育祭でのプロからの指名が相澤の手によって開示された。
「憂ちゃん三番目に多いね!」
「え、…う、うん!?」
憂への指名はなんと400を超えていた。その数字に憂は頬をつねって夢かどうか確かめる。夢じゃない、現実だ。400人以上のプロヒーローに興味を持ってもらえている。それが、憂にとっては信じられないようなすごいことだった。
しかし、轟は4000以上、兄に関しては3500以上で、友人と兄との差を実感させられた。一覧を一通り見ると、ベスト8まで勝ち進んだ幼馴染の名前はない。憂は自分のことのようにショックを受けた。
「これを踏まえ…指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」
「!!」
「お前らは一足先に体験してしまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練をしようってこった」
職場体験に行くためにヒーロー名を考えるらしい。憂は今までのヒーローに憧れたことはあまりなかったので、自分のヒーロー名など考えたこともなかった。どうしよう、憂は内心冷や汗をかいた。
「まァ仮ではあるが適当なもんは…」
「付けたら地獄を見ちゃうよ!!この時の名が!世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!!」
「ミッドナイト!!」
体育祭で一年生の主審を担当したミッドナイトが教室に現れた。憂はその攻めすぎているコスチュームからさっと目を逸らした。
ヒーロー名のセンスをミッドナイトが査定してくれるらしい。相澤先生曰く「名は体を表す」。憂は回ってきた紙とボードを取り、後ろに回して、机に向き合って唸った。
15分後、皆考えてあったのかどんどん発表していく。憂は葉隠の後、頭をひねって考えたヒーロー名を持って、教卓に立った。
「爆風ヒーロー、ブラストレディ、です」
「いいじゃない!シンプルで可愛いわ!」
すんなりミッドナイトからのお墨付きをもらい、席に戻る。次に八百万、その次に轟が発表の番だった。
「焦凍」
「名前でいいの!?」
「ああ」
彼の手で書かれていたのはいつも憂が呼んでいる「ショート」という文字だった。ふいに轟と目が合い、彼は目元を少し緩める。憂はなぜか恥ずかしくなって咄嗟に目を逸らした。
「これが僕のヒーロー名です」
「!!」
憂は幼馴染が決めたヒーロー名に目を見開いた。それはずっと兄が蔑称で使ってきたもので、憂はそれが嫌で頑なに「デク」と呼ばなかった。それなのに、彼はそれを乗り越えて、自分のヒーロー名にしてしまった。憂はすごいと思うと同時に意味を変えたある人に心の中で嫉妬してしまった。
気がつけば、兄のヒーロー名は最後まで決まらず、お預けとなっていた。
職場体験の職場は指名のあった憂はリストに目を通す。そして一番最初に目に付いた事務所に、憂はぎょっとして椅子から飛び上がった。
「どうした、爆豪」
「な、なんでもありません」
クラス中に笑われながら椅子に座りなおす。改めてリストにあるその名前を見て、憂はどっと冷や汗をかいた。
「エンデヴァー…ヒーロー事務所…」
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