▽ 第18話
体育祭の翌日と翌々日は休校だった。憂は疲れも相まって、ベッドから抜け出せないでいた。すると、携帯の着信の音楽が鳴った。携帯を手に取り、相手を見ると憂はぎょっと目を見開いた。そこには「轟焦凍」と表示されている。
「はい、もしもし!」
『憂か?』
「う、うん…どうしたの?」
慌てて着信のボタンを押すと、轟の声がすぐそこで聞こえる。憂はなんだかくすぐったい気分だった。
『今から出てこれないか?』
「今から?うん、いいよ」
『場所はーー…』
指定された場所を頭に刻みつけ、了承の返事をして電話を切る。憂はすぐにベッドから出て、階段を降りていった。
「あら憂、遅かったわね」
「うん。あのね、ちょっと出掛けてくる」
「あら、誰と?」
「あの、体育祭で2位だった轟焦凍くん」
それを聞いた母が目を輝かせた。憂は思わず縮こまった。
「デート!?」
「ち、違うよ!」
デートという単語に思わず顔が赤くなる。そんな誘い方ではなかったはずだ。
「と、とにかく、着替えて行ってくるから…」
「ご飯は?」
「向こうで食べる!」
時間的にはまだ昼前だった。轟もそのつもりで誘ったのかもしれない。憂はそう思い、顔を洗って着替えを済ませ、家を出た。
「ショートくん!」
「よう」
「ごめんね、待った?」
憂ははっとした。これじゃ本当にデートみたいじゃないか。赤くなる頬をぶんぶんと首を振って払い、轟に問うた。
「ご飯まだなんだけど、ショートくんは?」
「俺もまだ。飯食いに行くか。話もそこで出来るし」
「うん」
どうやら、何か話があって呼んだようだ。憂は横目で隣を歩く、轟の私服姿を見た。シンプルで似合っており、かっこいい。憂は自分の着てきた服を見下ろし、彼に釣り合っていないとそっと横に離れた。
「それで、何か話って?」
「ああ…」
食事をとりながら昨日の体育祭のことを話したりしていたが、すっかり本題を忘れていたのでこちらから切り出した。轟はジュースを一口飲むと、語り出した。
自分の境遇のこと、個性婚のこと、母親のこと、そしてその母親に今日会ってきたこと…憂はそれを聞いた時別世界の話だと思った。しかし、それはまぎれもなく彼が歩んで感じてきた人生で、憂は固唾を飲み込んで、ゆっくり口を開いた。
「どうして私にそれを言ってくれたの?」
「…お前が、友達だと言ってくれたから」
「…エンデヴァーさんに出会った時?」
轟は頷いた。彼には今までの人生の中で友人と呼べる人がいなかった。それは憂も同じだった。
「友達なら、話さなきゃいけねぇと思って」
「…そっか、ありがとう」
憂はそれだけ言って、笑った。目の前の彼には憂の言葉なんてきっと必要ない。きっと整理したかったんだと、憂はそう思った。
店を出て二人して空を見上げる。どんよりと曇ってきていたが、憂の心は晴れていた。きっと隣の彼も同じだろう。憂はそう確信していた。
「ありがとうな」
「えっ」
突然のお礼に憂は目を瞬かせた。
「今日が俺のスタートラインだ。だから…隣にいてくれて、ありがとう」
彼が笑った。憂はその笑顔を見て、なんだか泣きそうになってしまった。そして、笑い返して言った。
「当たり前だよ、友達だもん」
そうして二人は、本当の友達になった。
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