▽ 第9話
モヤが晴れて目を開けるとそこはおそらく土砂ゾーンだった。顔面から地面に落ちた憂は幸いにも土砂でそれほどダメージを受けることはなかった。手を握ったままの葉隠をしっかり確認すると顔を上げた。
「キタキタ!」
「女がいるぜ!」
敵が十数人いる。視認した憂はすかさず戦闘体制に入るが、しかしそれは一瞬で終わってしまった。敵の体がみるみる凍ってしまったのだ。
「子供一人になさけねぇな。しっかりしろよ、大人だろ?」
「轟くん!」
目の前にいたのは、戦闘訓練で戦った轟焦凍だった。
「散らして殺す…か、言っちゃ悪いがあんたらどう見ても『個性を持て余した輩』以上には見受けられねぇよ」
「こいつ…!!移動してきた途端に…、本当にガキかよ…いっててて…」
「…爆豪、平気か?」
敵を前にこちらへ視線を向ける轟に安心感を持ちながら憂は頷いた。轟はそれを確認すると敵の方へと歩いていく。そして凍っている敵を目の前に腰を落とした。
「このままじゃあんたらじわじわ身体が壊死してくわけなんだが、俺もヒーロー志望。そんな酷え事はなるべく避けたい。あのオールマイトを殺れるっつう根拠…策って何だ?」
「あのモヤと手とでけえ奴がオールマイト殺しを実行する役なんだな」
敵から情報を聞いた轟はこちらを向いた。
「お前も行くか?」
「えっ」
憂は自信がなかった。彼には数十歩も劣ると思った。しかし、敵を前にして逃げるなど、ヒーローじゃない。彼なら、出久ならきっと助けにいくだろう、そう思った。
「行く!」
「おお…急ぐぞ」
いって来いと言われるように葉隠に世話を押される。轟に続いて、憂は土砂ゾーンを抜けて、広場に走り出した。
「どっけ邪魔だ!!」
目の前を走っていた兄が出久に襲いかかる黒いモヤを爆破し捕まえて地に落とした。そして轟はオールマイトを襲っている敵を凍らせた。憂は切島が攻撃し、避けた手の男の顔に向けて回し蹴りを食らわせた。
「っ、」
「!?」
寸でのところで止められた。両手で靴をぼろぼろと崩されていく。そういう個性なのだろう、それが足にまで及んでしまったら、と憂はぞっとして、すかさず足裏から爆破させ距離をとった。ドッドッと心臓が怖いと叫んでいる。一足遅く、左足裏の一部ががじんじんと痛んだ。手の隙間から見えた目があんなにも恐ろしいとは思わなかった。
「平和の象徴はてめェら如きに殺れねえよ」
そして轟がそう言った。
兄が出入り口であろうモヤ敵を抑えて、弱点を暴いた。そして、ヒーローらしからぬ言動を言う。しかし、それが仇となり、脳無と呼ばれた敵が、轟の氷を物ともせず動き、体が割れている。
「皆下がれ!なんだ!?ショック吸収の個性じゃないのか!?」
オールマイトが憂たちを守るように手を伸ばす。
「別にそれだけとは言ってないだろう。これは『超再生』だな」
「!?」
手と足を生やした脳無は兄に向かって走り出す。何も見えなかった。スピードが速すぎてついていけなかった。殴った拳の風圧で体が倒れる。それでも兄が心配で憂は叫んだ。
「お兄ちゃん!!!」
「かっちゃん!!!…かっちゃん!!?」
兄は出久の横に倒れていた。避けたのではない、オールマイトに助けられたのだ。
「…………加減を知らんのか…」
オールマイトが吹き飛ばされて、血を吐いている。それだけ強力なパワーを持っているらしい。
「仲間を救ける為さ、しかたないだろ?さっきだってほらそこの…あーー…地味なやつと女、あいつら俺に思いっきり攻撃しようとしたぜ?だが為に振るう暴力は美談になるんだ。そうだろ?ヒーロー?」
顔に手がついた敵は憂らを指してそう言った。そして、オールマイトが暴力装置だと、だから殺すと宣った。
「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの。自分が楽しみたいだけだろ嘘吐きめ」
「バレるの早…」
にたり、と敵の目が弧を描くのが見えた。
「3対6だ」
「モヤの弱点はかっちゃんが暴いた…!!」
「とんでもねえ奴らだが、俺らでオールマイトのサポートすりや…撃退出来る!!」
「ダメだ!!!逃げなさい」
「!!」
オールマイトが今にも飛び出しなそうな切島たちを静止するように手を広げる。そしてプロの本気を見ていろと、拳に力を込めて言った。
瞬間、オールマイトからゾッとするほどの威圧を感じた。そして脳無に何十発、何百発と全力のパンチを浴びせかけていく。拳による風圧で近づくことすら出来ない。こじ開けた目のすき間から、オールマイトが血を吐きながら攻撃しているのが見えた。
「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!」
ただ見ていることしかできない。この圧倒的なナンバーワンヒーローを。
「敵よ、こんな言葉を知っているか!!?」
その時、オールマイトが最後の一発を脳無に撃ち込んだ。
「Puls Ultra!!」
prev /
next