03


 ――明は困惑していた。
 どうにか着替えを終え、部屋の外で待っていた申と戌も加わり連れて来られた場所にはまた更に見知らぬ人間がいた。
 きらきらと目を輝かせてこちらを見る者、口を結んでただ黙って見る者、先程からクッキーやらビスケットやらをぼりぼりと食べている者がいれば、座りながら眠る者もいる。

「あら、あなた達しかいないの?」

 そう呟くのは男のような見た目ではあるが口から出るのは女のような言葉遣いの酉。
 困ったわねぇと頬に手を当てる仕草は女そのものだが、先程着替えている時にも覚えた違和感は彼の前で油断してはいけないと明に悟らせた。

「まぁいいわ、とりあえず座りましょう」

 酉に促された席へと座った明の隣で、地べたに正座をする男の名は戌。他に座り心地の良さそうソファも椅子もあるというのに、彼は明の隣で何故か床にそのまま正座をしている。
 酉は気にするなと言うが、どう頑張っても彼の存在が気になってしまう。

「あの、もしかしてこの席、あなたの……?」
「違う」
「じゃあなんで」
「俺は貴方の戌だから、貴方の側に」

 静かな声色で放たれる言葉に何一つ納得出来るものがなく、こうなれば自分も正座した方がいいのだろうかと困惑する明に隣から可愛らしい声が掛かる。

「大丈夫だよ明、戌は人一倍忠誠心が強いから、アナタと同じ位置にいるのが申し訳ないんだって! だからいいんだよ、放っておけば!」

 くりくりとした大きな赤い瞳と長い睫毛、肩に当たるか当たらぬか程の長さの髪の毛は先端が内側にくるんと丸くなっている。

「ボクは卯(うさぎ)! これからずっと、よろしくね」

 先程キラキラとした目を向けていたのがこの卯という人物。
 きゅるんと擬音が出てきそうな程に可愛らしい彼が言った、これからずっとという言葉。
 まるで夢を見ているかのような大きな屋敷に室内を彩る豪華な家具。どこかの城へ来てしまったのだろうかと錯覚してしまうくらいに、目に入る光景は明の思う豪華絢爛を遥かに越えていた。

「あの、私……何がなんだか」
「オマエはさ、売られたんだ!」
「申、言い方を考えろ」
「だって本当のことじゃん!」

 悪気のない様子の申を、戌が静かに咎める。
 売られたという言葉に明は唇をきゅっと閉めた。
 幼い頃に火事で家族を亡くし、それから親戚から親戚へとたらい回しにされてきた。扱いも到底いいと言えるものではなかったが、生きているだけマシだと思っていたが。 まさか売られてしまうとは思いもしなかった明は悲しみよりも、それ程に疎まれていたことに気付かなかった自分に呆れてしまう。

「あなた達が私を買ったんですか?」
「違うわよ、買ったのはサンタ。 そのサンタがプレゼントとしてあなたをあたし達にくれたの」

 袋の中にいた時に一度目を覚ました際にいたあの男。悪戯っぽい笑みを浮かべ、飄々とした態度の彼は自分をサンタクロースだと言っていた。
 そして明はプレゼントになるのだと。

「まぁでもあいつのことだし、プレゼントなんて言ってるけどただ回りから隠すためにここに置いてるんだろうけど」

 ぼそりと呟いた卯の声は明の耳に届かなかったらしく、先程の愛想いっぱいの可愛らしい笑顔とは打って変わって嫌悪の表情を浮かべている。
 
「まぁいいじゃん、僕は明ちゃんに会えて嬉しいなぁ」

 そこでようやく口を開いたのは、先程から止まることなく食事をしている人物。大きなスプーンですくったオムライスのひとかけを頬張り、美味しそうに目を細めた。

「ほわぁおいしい、ほっぺたがとろけちゃいそうだよぉ……あぁ、僕は丑(うし)だよぉ、よろしくねぇ」

 オムライスの感想を言うついでに自己紹介をした丑という人物を明は驚いたように見る。
 先程まで丑の前に広がっていたたくさんの料理がほぼ無くなり、綺麗に食べ終えた皿が何十枚と重なっている。少し目を離した間にこれだけの量を食べたのかと、その食べる速さと胃袋に感心すら覚えた。

「そういえばまだみんなの紹介をしてなかったわね。 あっちで座りながら寝てるのが未(ひつじ)、あそこであなたのこと黙って見てるのが亥(いのしし)」

「あと五人いるんだけど、まだ帰ってないみたいね」

 話を聞きつつ明はこれからのことを考えていた。
 自分はここで一体何をさせられるのだろう。掃除洗濯料理などの家事はここに来る前からやっていたので大丈夫だが、こうも人数が多くては食べ物の好き嫌いも多いだろう。
 この部屋に来るまでに使用人らしき人物と数人すれ違ったが、皆顔が布のようなもので隠れて見えなかった。すれ違った人達も皆買われた人間なのだろうか。
 すれ違った人物達の性別はわからないが、今ここにいるのは恐らく男のみだろう。とは言っても約一名、男なのか女なのかわからない人物もいるがのだが。
 そんな男だらけの場所に買われたとなれば、もしかすると彼らの性欲の処理などもしなければならないかもしれない。
 先行きの見えない不安で俯く明の心情を察したらしい酉が声を掛ける。

「いい、明。 あなたは何もしなくていいの」
「え?」
「ただここにいたら、それだけであたし達は満足するわ」

 何もしなくていいと言うのならば、なぜ彼らは自分をプレゼントとして望んだのか。

「俺達は貴方のお側にいたい、それだけ」

 表情に抑揚の無い戌が、ほんの少しだけ笑った。


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