13
「あらやだ何これ」
外から帰ってきた酉が驚く。
玄関から、というよりも外から点々と続く赤い染み。また未か、と呆れた酉は掃除することを放棄して自室へ帰ったのだった。
一方、その赤い染みは外から玄関へ、そして廊下を進む。
とある部屋の前で止まり、扉の前には心配になるくらいに血溜まりが出来上がっていた。
「な、な、な……!?」
お手洗いに行っていた明は自分の部屋の前に佇む未と、その足元に出来上がる血溜まりに顔を真っ青にさせた。
彼の二の腕の辺りから滴る血がぽたぽたと血溜まりを増やし、明はあまりの衝撃に硬直したまま未を見つめる。
「…………明」
そんな明の存在に気付いた未に震えたか細い声で名前を呼ばれ、そこで我に返った明は慌てて未に駆け寄る。
「し、止血……! 止血しなくちゃ…えっと……!」
髪を束ねていたリボンをほどき、慌てて未の腕へと強く巻き付ける。
治療室で行こうとも場所がわからない明は誰かを探しに行こうとしたが、未に腕を掴まれて足を止める。
「行かないで、明」
「人を呼んでくるだけです、また戻ってきますから!」
「やだ、一緒に行く」
痛々しい表情を浮かべる未は明の腕から手を離す気は無いらしく、仕方ないと明は未の手を掴む。
ふつふつと湧き出てくる汗を時たま拭い、声を掠れさせる未に案内してもらいつつと治療室へと足を運んだ。
「あの、未さんが怪我をして……」
無機質な室内に医者と思わしき人物が一人。
名前を知っている彼ら以外のこの屋敷の住民は皆顔が布でかくされていて、メイドだけではなく医者も例外ではないらしい。
気を失ってもまだ明の腕を離さないままの未をどうにかベッドに寝かせ、ベッドの側にある椅子に明は腰掛ける。
ここ最近の未は仕事から帰って来ると必ずと言っていいくらいに怪我をしてくる。
薄々気が付いてはいたが、未は明に心配されたくて怪我をする。時には自ら傷を作り明に見せるのだ。
痛々しく歪む表情だが、それはどこか嬉しそうにも見える。
やれる治療を施した医者は奥の部屋に行ってしまい、静かな治療室には小さな機械音だけが響いていた。
「どうしたらいいんだろう」
心配されたくて怪我をするのなら、心配しなければいい話。だがしかし、目の前で血だらけになるのを見て心配せずにいられるだろうか。
その時、治療室の扉が開き振り返った明の目に入る人物。
「貴様の部屋から血が続いていたから何だと思ったら、それか」
そこにいたのはぴしりとスーツを着こなす辰。彼の言う"それ"が示すのは未だろう。
未が眠るベッドに寄り添う明の腕は、未にしっかりと掴まれている。
「なぜ貴様はそのクズに構う」
「クズなんて、言わないでください」
「俺の質問に答えろ」
「け、怪我をしているから……」
ゆっくりと歩み寄ってきた彼は、眠る未の顔を近距離で見つめた後、どこからか取り出したナイフを振り上げる。
ハッとした明は立ち上がり振り上げられた腕を掴んだ。
「……邪魔をするな、離せ」
「何、するんですか……?」
「生きている限り貴様はこのクズに構うだろう、ならば邪魔だ」
驚きに目を丸くする明に対し、何か問題でもあるのかと言いたげな辰。鋭い目を向けられ怯えながらも辰の腕を掴む力を強め、未との間に割って入った。
「だ、駄目です」
「退け」
「嫌です……!」
いくら明に押さえられているからと言っても、明の微力など簡単に振り払えるだろう。
だがそれをしないということは本気で未を殺す気ではないのだろうかと辰の振り上げられた腕をゆっくりと下ろし、一方の辰は素直に明にされるがままに見つめていた。
「そうやって俺だけを見ていればいい」
「……」
床に落ちたナイフが音をたて、明は安堵して辰を見上げた。
「もうしないでください」
「貴様が俺を見ていればやらん」
「……とりあえず出ましょう、この部屋から」
この危険人物を未の近くに置いておくのは危ないと明は辰の腕を引いて部屋を出る。
ドアが閉まったのを耳にし、未の目はぱちりと開いた。
「僕が死ねば明はずっと僕のこと思ってくれるのかな」
明と辰のやり取りをこっそり聞いていた未は小さな声で呟き、床に落ちたナイフを見つめる。
「ずっと、僕のことを」
未の手が、ナイフへと伸ばされた。
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