09


***


 とある場所に、仲が良い十三人がいた。
 鼠、牛、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥、そして猫。
 一人だけの女である猫は、長い時を経て知らず知らず内に他の十二人から想いを寄せられていた。いつの間にか出来上がった抜け駆け禁止という暗黙のルール。
 十二人から思いを告げられて困るのは猫であると気を使い、彼らはこれからもみんなで猫の側にいようと決めたのだ。
 そんな中、神の御触れが出たのは突然だった。

「元日の朝、新年の挨拶に来い。 早く来た者から十三番目まで、順に十三支としよう」

 それぞれ一年の間、大将となり、そして十三支になると不老不死となる、と聞いた彼らは年が明けるのを今か今かと待ちわびていた。
 誰もが一番になりたいと思うのは鼠も例外ではなく、どうすれば一番目になれるか考えていた。
 今まで、何でも器用にこなす猫に勝てたことは一度も無かった。勝ったとしても、それは猫が気を使って譲ってくれた時だけ。

「猫に、勝ちたい」

 そう呟き、鼠はどうすれば猫に勝てるのか考える。
 そんな中、鼠を悩ませている当人である猫が鼠を訪ねてやって来た。

「ねぇ鼠、神様が挨拶に来いと言ったのはいつだったっけ?」

 どうしても勝ちたい、勝って猫にいい所を見せたい。
 そればかり考えていた鼠はにこりと笑みを浮かべて猫の問いに答える。

「一月の二日だよ」

 その言葉を疑いもせずに鼠に礼を言う猫。
 ほんの少しだけ芽生えた罪悪感は、知らぬふりをした。

 そして当日、神のもとには続々と彼らが集まっていた。

「チッ、鼠ならわかるが丑に負けたってすげぇ悔しい」
「僕は準備万端にしてきたからねぇ」

 一番目に着いた鼠と、ほぼ同時に二番目となったのが丑、少し遅れてやって来た寅が丑の存在に驚いていると卯が悠然と現れ三番と四番目が決まる。
 辰と巳が何やら会話をしながら到着し五、六と続けば午が熟睡する未を背負いながら七番目を取り、未は午の背中で八番目の位置を受け取る。
 申が慌てたようにやって来て九番を、次いで酉が優雅に歩いて十番目、戌がキョロキョロと何かを探しながら十一番目へ、そして亥もまた辺りを見回しながら十二番目に現れた。

「猫を見なかったか?」

 自分は最後でいいと皆が到着してから行こうとしていた亥。
 だが猫がいつまでたっても来ないことにもう神の元へ行ったのだろうと来たのだが、猫の姿が無い。

「俺も猫はもう来たかと思っていた」

 猫を探していたのは戌も同じで、いつまでたっても現れない猫に表情を心配そうに歪めた。

「あらまぁ、あたしったら猫が一番に着くと思ってたわ」
「オレもオレも!」

 酉と申が不思議そうに辺りを見回すがその姿は無いし、来る気配も無い。そんな中、一人で座っている鼠のもとへ卯が近付く。

「鼠」
「……おまえは知ってるんだろ? 僕が猫に嘘をついたってこと」
「さぁね」
「僕はただ一番になりたかっただけ……猫に勝ちたかっただけなんだ」
「どう? 嘘を付いてまで勝てて、嬉しい?」
「…………」

 その日、結局神の元へ猫は来なかった。
 神は挨拶に来ない猫に怒りを表し、十三支を十二支に変えてしまった。
 次の日、既に十二支と決まってしまったのを知らない猫は神の元を訪れた。

「神様、明けましておめでとうございます。 あなたの御触れ通り、挨拶に参りました」

まだ誰も来ていないのかなぁと回りを見回しながら現れた猫は、鼠に教えられた通り一月の二日に神のもとへやって来た。
 丁寧に頭を下げる猫だが、顔を上げて目に入ってきたのは怒りを露にする神。

「貴様のような悠々と遅れてやって来る者に十三番目を名乗る資格は無い!」
「え?神様、あの……まだ今日は始まったばかりで……」
「だが儂が言った元日はもう終わっておる。 一番に来た鼠を見習え」

 そこで猫は気が付いた。自分は鼠に嘘を付かれたのだと。
 同時に、もしかして鼠は自分のことを嫌いなんじゃないかと猫の胸には不安が広がる。
 素直じゃないが優しい心を持つ鼠のことは仲間として大切に思っていた。
 だが、鼠に嘘を教えられたのは紛れもない事実。

 もしかしたら鼠だけではなく、みんなが自分を嫌っているのかもしれない。一度芽生えてしまった疑心暗鬼はもう消すことは出来ない。
 前々から、感じてはいたのだ。
 十三人の中、一人だけ女だということにコンプレックスに似たものを覚えたのはいつからだったか。
 自分も男だったらもっとみんなと仲良くなれたのではないか、女である自分にみんなは気を使っているのではないか。

「貴様のような無礼な者はここにいらぬ」
「……?」
「堕ちるが良い、それが貴様の運命じゃ」

 神の怒りを買った猫は許されるはずもなく、そこでぷつりと意識が落ちた。
 次に目覚めた時、猫は何も知らない。十二人の仲間がいたことも、鼠に騙されたことも、神の怒りを買ったことも。

「限りある命を生きよ」

 彼女はただの人間へと、堕ちたのだ。


*


 猫がいなくなってからどれだけの月日が流れたのか。
 十二支という、神の端くれとなった彼らは皆胸に虚しさを隠していた。

「やぁ君達、楽しんでる?」

 突如十二人が住む屋敷へと現れたのは、赤い服を来た男。

「あーらまぁ季節外れのサンタクロースが何か用?」

 いつの間にか窓枠に座っていたサンタの登場に慣れているのか、大して驚くこともなく酉が言う。
 にこりと楽しそうな笑みを浮かべ、一枚の写真をひらひらと揺らす。

「なんだ?それ」

 申が興味津々に身を乗り出してその写真をサンタの手から奪い取り、そして目を見開いてピタリと動きを止めた。

「どうした、申?」
「おれは優しいサンタクロースだからね、今年のクリスマスプレゼント、君達が何よりも欲しがってる物をあげるよ」

 何を言っているのだ、と申以外がサンタを不審に思ったその時、申が小さく呟く。

「猫」

 それは彼らが何よりも探し求めていた人物の名。
 多少の髪型の違いはあれども、それは彼らの記憶にいつまでも強く残る彼女の姿。

「その代わり、ここに大切に閉じ込めておいてね」

 サンタの話を聞いている者がいるのかいないのか、そこにいる全ての視線が申に――正しくは申が手に持つ写真に向けられていた。

「サンタクロース、これは一体どういうことなのかしら」
「それじゃ、クリスマスのお楽しみ」

 それだけ言い残し窓から外へ飛び出たサンタ。
ここは三階に位置する部屋。そこから飛び降りたとなれば無事でいられるはずは無いが、誰一人としてその心配はしない。
 リンリンと鈴が鳴り、遠くに見える赤い影を一瞥した酉は申から写真を取り確認する。
 それは紛れもなく、彼ら全員が大切で大切でやまない彼女。

「……たまにはやるじゃない、あの血みどろ誘拐犯も」



 ――そして12月25日、彼らのもとへ大きな袋に入った人間が届けられた。
 あの時に無くしたものをもう二度と手離さないように大切にしようと誓った彼らは、その人間を部屋に閉じ込めた。
 逃げないように、離さないように、壊れないように。各々の想い方は違えど、ただ大切だということには変わりはないのだ。

「………」
「………」
「おい戌! お前見すぎ、近すぎ、いい加減に離れ……って、起きてんじゃん!!」

 そして彼女は目覚め、あの時に止まった彼女との時間が動き始めた。


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