大切なものは宝箱に入れておかないと盗まれてしまうよ、と昔々誰かに言われてから僕はそうしてきた。
あの子から貰った花、あの子が使って捨てたゴミ、あの子がよく身に付けていたリボン。あの子が初めて月に一度のあれを迎えた時のもの、あの子の髪の毛、爪、涙、唾液、その他色々。
大切なものは宝箱に入れてしっかりと鍵を掛ける。それが僕の一日の中の優先事項となっていた。

昔、まだ宝箱を持ってなかった頃――僕はあの子に貰ったクッキーをみんなに見せびらかせたことがある。あの子に気がある奴には特に自慢をした。
その結果、クッキーは無くなってしまった。少し目を離した隙に無くなっていた。きっとあいつが盗んだに違いない。あの子に気があるあいつ、僕が一番に自慢して見せたあいつ。
その日僕は一晩中泣いた。あの子はそんな僕の側にずっといてくれた。それだけじゃない、またクッキーを作り直してくれたのだ。

もう盗まれまいとすぐに食べてしまったクッキー。今思うと勿体無い。防腐剤でもなんでも施して宝箱に入れておけば良かったんだ。

「アキラ、ただいま」

頑丈に掛けてある数個の鍵を外し、宝箱の蓋を開けるとそこには何よりも愛しいあの子の姿。
充満する空気も香りも、全てあの子のもの。

「おかえり、ハイネ」

僕の宝箱は二つある。一つは昔から僕の大切なものを入れてきた宝箱。そしてもう一つは、アキラを入れておく大切な部屋。
窓には強固な鉄格子、鍵は一つじゃ不安なので頑丈な物を数個。アキラの声を外に洩らさない為と、僕以外の声など聞こえないように完全防音を施した壁。

彼女はこの部屋で僕が大切に大切にしてあげるのだ。盗まれないように、逃げないように。

「今日はどんな話をしてくれるの?」
「アキラ、ラプンツェルの話は知ってる?」
「知らない」

塔の上のラプンツェル――間抜けな魔女と浮かれた女と泥棒王子の話だ。
魔女はしっかりと宝箱に鍵を掛けなかったから女は王子と逢い引きを繰り返した。だから王子なんかに盗まれてしまったんだ。

静かに僕の話を聞いていたアキラはふいに窓の外へと目を向ける。
それはまるで王子を待つラプンツェルのようにも思えて、僕は何も言わずにカーテンを閉めた。

「……ハイネ、暗いよ」
「僕は魔女のような失敗はしないよ、お前のことは絶対に手離さない」
「わかってる」
「なら窓はいらないね」
「必要よ、今の話と窓は関係ない」
「いらないよ、いつ誰がお前を拐いに来てもおかしくないから」

彼女は口をつぐむ。それは僕に反抗しても意味ないだろうと察した証だ。

「じゃあ僕は行くね、おやすみアキラ」

返事は無く、ただ不満げな表情がこちらを睨み付けるだけ。

扉を閉めてこれでもかと鍵を掛ける。この先にアキラがいるのかと思うとこの扉にさえ愛しさがわき上がってくる。

「お前に王子はいらない、僕だけでいい」

愛しい愛しい僕の宝物は、このまま永遠に宝箱に隠しておこう。誰にも見られぬよう、知られぬよう、盗まれぬように。

扉にキスをすると、固く冷たい感触が伝わってくる。この扉の向こうはアキラで充満しているのだと思うと、今出たばかりなのにもう中に入りたいと思ってしまう。
でもまぁ、明日また来ればいいのだ。いつでも僕の宝物はここにある。離れがたい気持ちをどうにか押し殺し、僕はその場を去った。


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