籠の中の鳥、という言葉をどこかで聞いたことがある。今なら鳥の気持ちがわかるかもしれないとアキラは窓から差し込む光に目を細めた。
空は晴れやかな淡い青だというのに、鉄格子越しに見るせいかアキラの目にはどんよりと曇っているように感じる。
元々、アキラは空が好きだった。よく写真を撮っていたあの頃が懐かしい。それなのに急に連れ出され閉じ込められ、大好きだった空はいつもアキラの目には曇って見える。

きっと籠の中の鳥は外に出たいと願ったに違いない。あの青い空を解放感に包まれながら飛び回りたいと、そう願っただろう。

一生この籠の中で過ごすなんて考えるだけで死にたくなる。
思考すら定まらないくらいに長い時をアキラはこの鉄格子に阻まれた部屋で過ごし、たくさんの空を見てきた。

何もない部屋の中、アキラの目を奪うものは大きく広がる空のみ。もはやその感情は恋愛に近いものだろう。
籠の中の鳥が届くことのない空に恋をしているだなんて、ロマンチックを越えて無様にも見える。

恋路を邪魔する鉄格子などこの手で壊してやりたい――そう思った時にはアキラは窓を開け、化粧台の椅子を手に持っていた。

「私は籠の中の鳥なんかにならない」

そう呟き、椅子を鉄格子へと叩き付ける。木製だが硬質のその椅子は軽いものではなかったが、アキラは息をつく暇も無くただ叩き付けた。

そんな時、頑丈な鍵が掛けられていた扉が開く。

「何をしているの?」

その先にはにこりと微笑む優しげな男が立っていた。男の名は渚(なぎさ)。アキラをこの部屋に閉じ込めた張本人であり、その理由は彼にしかわからない。
一瞬だけ渚を睨んだアキラだったがまたすぐに椅子を振りかぶった。

「やめて」

それでもアキラは動きを止めない。椅子の猫脚にひびが入り、破片が飛び散っても尚止める様子は無かった。

「アキラ」

堅い鉄製の格子に椅子が叩き付けられ、室内には居心地の悪い音が響く。

「やめて、アキラ。 ……ねぇアキラ」

音にかき消されて聞こえていないのか、もしくは聞きたくないから聞こえないふりをしているのか。

「やめろと言っているのがわからない?」

引き寄せられてぐらりと傾いた体は渚に抱き止められ、その表情は笑顔を浮かべているもののどこか冷たい。
痛いくらいに手首を掴まれ、アキラの両手から落ちた椅子の脚はとうとう折れた。

「壊れないよ、そんなものじゃ……けどお前が怪我でもしたら危ない、だからやめて」

それでもアキラの目は窓の外から離れず、渚が抱き締める腕を緩めたならばすぐにまた椅子を持ち上げるだろう。
自分を見ないアキラに苛立ちを募らせ、いっそのことその両目を潰してしまたらと願う。

「見ないで」

アキラの視界を渚の手のひらが塞ぐ。

「お前は僕だけ見ていたら、それでいいんだ」

真っ暗になった視界。
目に当てられる渚の手は冷たく、耳に届く声は懇願するように弱々しい。

「空を見たいのなら、その前に僕を見ろ、その目に僕を映せ」

じゃないと僕は今すぐにでもその眼球を抉ってしまいたくなる――と、掠れた、今にも泣いてしまいそうな声。

「頼むから、お願いだから……僕を見て、僕だけを、僕以外のものにその目を捕らわれないで、お前の目も体も心も全て僕に頂戴」

渚がアキラをここに閉じ込めた理由は、ただ単に愛しているから。
大きな屋敷に一人で住む彼はアキラに一目惚れをし、有り余った金を捨てるようにアキラの家へと投げれば彼女は簡単に差し出された。

「空を見つめるお前の横顔は大嫌いだ」

視界は閉ざされたまま、敏感になったアキラの聴覚は渚の小さな声をもしっかり聞き取る。
抱き締める力が強まり、渚はアキラの首元へと顔を埋める。

「けれど、空を見つめるお前の横顔は、この世の何よりも美しいよ」

目を覆っていた手のひらが離れ、急に入ってきた光に目を細める。
視界に入った空は晴れやかな青色を広げているというのに、アキラの目にはどんよりとした、未来の見えない曇り空に見えた。



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