「いいなぁアキラ、陸(リク)くんと幼なじみなんて羨ましすぎるよ」 「そうかなー」 一日に数回はこの言葉を貰うくらいに、私の幼なじみは人気がある。 見た目は平均より高く、友達曰くイケメンと呼ばれるに相応しい顔面を持っているらしい。それに足して爽やかで文武両道の頼りがいのある男ときたら、女子が放っておくわけがないのだ。 嫌味の無い性格からか男子からも人気があるようで、いつも誰かに囲まれている幼なじみを持った私もまた注目の的となっている。 彼女はいるのか、好きなタイプを聞いてこい、紹介してくれ、下心たっぷりの女子から毎日のように言われている言葉。 リクもリクだ。 この学校の女子はほぼ皆リクを気に入っているので、言い方は悪いが選び放題というわけだ。それなのに断固として彼女を作りやしないので、私に協力を求めてくる輩は減ることを知らない。 「あ、陸くんだ」 「アキラー!」 それどころかリクはとことん私に懐いている。自信過剰ではなく、彼はまるで忠犬のごとく私に懐いているのだ。 正直言うとクラスが違うのが唯一の救いだ。友達の話によると、教室に私の姿が無いと心配したような表情になって学校中を探し回るらしい。 「じゃ、私はお邪魔みたいだし先に帰るね」 「え、ちょ…」 ということで私とリクの関係を勘違いする者も多く、どんなに否定してもリクの行動のせいで意味を成さない。 呼び出しを受けたことも多々あるし、そろそろリクには私離れをしてもらいたい。 「アキラ、先に帰るなんて酷いなぁ……委員会終わるまで待っててって言ったじゃん」 「たまには友達と帰りたいの」 「なにそれ」 「勘違いされるんだもん」 「アキラは俺が嫌い?」 「またそれ?」 私がリクを遠ざけようとすると彼はいつも同じ問いをする。 親に捨てられた子供みたいに、影のある表情で嫌いかと問い掛けてくるのだ。 「アキラは俺がいらない?」 「そんな顔しないでよ、嫌いなわけないでしょ」 「そう、それなら、良かった」 きっと、リクがこの表情を向けるのは私だけなのだろうと、思う。 「アキラさん、あの、良かったら付き合ってください……!」 耳を真っ赤にしながら告白をする彼は同じクラスで斜め前の席の男子生徒。たまに会話を交わすくらいの関係だったのだが、まさか私に好意を抱いてくれていたなんて夢にも思わなかった。 「え、えっと……」 正直言うと私も彼氏というものが欲しい年頃だ。好きでもないのに告白を受けたら相手に失礼だろうが、もしかしたらこれから彼を好きになるかもしれない。 返事に迷っていた、その時だった。ポケットの中の携帯がバイブレーションで着信を知らせる。勿論その音は彼にも聞こえているわけで、気まずそうな笑みを浮かべながら彼に私も同じような笑みを返す。 「携帯、出ていいよ」 「いや、まずは返事を…」 そこでバイブレーションが止まり、私は深呼吸をして目の前の彼を見つめた。 「よ、よろし――」 「アキラっ…!!!」 返事をするのもするので照れてしまいつつ、勇気を振り絞った私の返答は突如現れた声にかき消された。 「リ、リク…」 「アキラ…っ携帯……携帯は?」 「あ、もしかして電話くれたのリク?」 「出ろよ!なんで出ないんだ!」 あまりの迫力に呆然とリクを見つめる私と、蚊帳の外にいる彼。肩を力強く掴まれ、痛みを訴える余裕もなく瞬きを繰り返す。 「今、あの、えっと…」 「陸、違うんだ!俺がアキラさんにあの、その…」 「……ごめん、アキラ返してもらう」 この状況を説明するのがどうも恥ずかしい私にフォローを入れてくれた彼もまた恥ずかしそうにこめかみを掻く。 一瞬だけリクが冷たい目になったのを見てしまったのは吉か凶か、告白の返答をする暇も無くリクに腕を引かれてその場を後にした。 「ちょっと、リク」 「……」 「リクってば!痛い!」 振りほどこうとも腕を掴む彼の力は今までに無く強い。電話一つ出れないだけでこんなに怒るなんて、余程大事な用があったのだろうか。 「リク」 「……」 「リク!」 よくやく足を止めたリクは大きく息を吸い、こちらを振り返る。 「リク、いきなりどうしたの?何かあったの?」 「……何も、ない」 「じゃあどうしてこんなことしたの?私まだ返事してないのに」 ぴくりとリクの肩が揺れ、そして表情に影が掛かる。私しか知らない、リクのその表情。 「返事……」 「何?」 「なんて返事しようとしてたの…?」 「な、なんでそんなこと聞くのよっ」 思わず火照ってしまった私の顔はきっと真っ赤だろう。それで全てを察したらしいリクが、唇を噛み締めて私の手首を握る力を強めた。 そんなに強く噛んでは切れてしまうとリクに掴まれていない方の手を伸ばすが、その手もあっさりとリクに捕まってしまう。 「なんで、なんでだよ……許さない絶対に許さない」 「リ、リク?」 「なんでアキラは俺以外を見ようとするの?俺はずっと前から、アキラが恋心を知るずっと前からアキラだけを見てきたのに!アキラに近付く奴は遠ざけてきたのに、アキラが好きになりそうな奴もみんな遠ざけてきたのに、どうしてアキラは俺の知らない場所で俺じゃない人間といるんだよ!」 あのリクが――穏やかで頼りがいがあって、誰よりも優しいリクが。 「アキラは知らない、何もわかってない。 俺がどれだけアキラのことを大切に想ってるか!知ってる?俺は君がくれたもの全部持ってる、小さな頃にくれた花冠もアイスの当たり棒も……それだけじゃないよ?くれたもの以外にも持ってるんだ、アキラのもの。なんでも持ってる、俺はアキラのものならなんでも持ってる……けど、君自身はどうしても手に入れられない」 言葉が出なかった。リクの勢いが凄いのもあるし、口から出る言葉に驚くしかない。 「俺ね、アキラが飼ってた小鳥が死んだ時、アキラが悲しくて泣きじゃくってる時……ずっと嬉しくて嬉しくて仕方なかった。 鳥ごときが俺のアキラを独り占めするなんて許せなかったから、だからいなくなって清々した。 そのくらい俺はおかしい、君が大切すぎて頭がおかしい」 信じられなかった。リクはきっと中学の頃に飼っていたインコが死んだ時の話をしている。 その時のリクは泣きじゃくる私をずっと慰めてくれていた。優しく笑ってくれたリクの顔は今でも覚えてる。 それなのに、あんなに私を慰めてくれたのに、腹の中ではインコの死を喜んでいたというのか。 「そんな、の」 「信じられない?でも本当だよ。 でも俺は我慢してきた……アキラが初恋だと騒いでいた時も、告白されたと喜んでた時も。 いつだって俺はアキラの前では我慢してきたのに……それなのに、君はまだ俺を見ようとしない」 今にも泣きそうな表情は初めて見るリクの顔。 ああきっとこの顔を向けるのも私だけなんだろうなと思ったと同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。 「もう駄目だ、無理、堪えられない。 俺の知らない所でアキラが俺以外の人間の視界に入っているなんて考えただけで吐きそうになる」 「リク」 「何度君を殺したいと願ったことか。 俺以外のものになるならいっそ殺しちゃえばいいんだって、そう思ってしまうんだ、いつも」 「リク、ごめんね」 何も知らない私はリクに甘えすぎた。彼を見ようともせず、回りばかりを見て浮かれていたのだ。近すぎたのだ、彼との距離は。 なんて恥ずかしくて、愚かなんだろう。 「リクも男の子なんだもんね」 饒舌だったリクは言葉を失い、時おり「あ」やら「お」やら声が聞こえてくる。 思わず笑みを溢すと、リクは耳まで真っ赤にして慌てふためきだした。 「私もリクが大切だよ、でもリクの言う大切とは違う。 これから、私もそう思えるようになれたらいいなって思う」 「俺を、見て、くれるの…?」 「見るよ、リクが嫌になって目をそらすくらいに見る」 腕は解放され、掴まれた部分は赤くなっていた。 「な、なら…願い事があるんだけど……」 「いいよ、変なことじゃなかったら」 言いにくそうに目をそらすリクの頬を掴み、強制的に目を合わせる。 「……」 「何?」 意を決したのか、深呼吸を三回程してからリクは口を開いた。 「俺からの電話は五…いや三コール以内に出て。 メールは五分以内に返して、誰かに呼び出しされたら俺に教えて?男女関係無く」 「え、あの……リク?」 「登下校と昼飯は絶対に一緒。 俺以外の人間と二人きりにならないで、三分までなら許してあげる。 忘れ物したなら俺に言って、俺以外を頼らないで」 堰を切ったように溢れる言葉に溺れそうになるものの、どうにか聞き逃さないように聴覚に神経を集中させる。 「本当は俺以外を見れないように俺といる時以外はその目抉りたいんだけどそれはさすがに出来ないよね。 取り外しが出来たら便利なんだけど……人間の体って色々と不便。 あぁ後、俺以外の人間に少しでも触れたら消毒して」 今までどれだけ我慢してきたのだろうか。どうやら爆発してしまったらしい彼の欲は止まりを知らないらしく、その後三十分に渡って私はリクの願い事を聞かされたのだった。 top ×
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