「アキラがカーテンやらシーツやらを繋げて窓から逃げようとしてる」

卯の口からふいに放たれた言葉。午が呆れたような表情を浮かべ、アキラの逃亡を阻止すべく戌が立ち上がる。

「あたしが行くわ」

そう言って戌へとお前はここにいろと言うような笑顔を向け、酉はご機嫌な様子で部屋を出て行った。

「大丈夫かねー、酉に任せて」
「………。 卯、何かあったら教えてくれ」
「はぁい」

午が心配し、戌が眉を寄せ、静かになった部屋は卯がクッキーを噛み砕く音が響いた。

*


「まだ足りないかな…」

カーテンをきつく繋ぎ合わせ、強度を確認するように両側を何度も強く引っ張る。
カーテンやらシーツやらを繋ぎ窓から垂らして逃げるという、脱走劇でよくあるこの方法。古典的ではあるがもはやこれしか手が浮かばないとアキラは生唾をごくりと飲み込んだ。

もし降りている最中に結び目がほどけたりしたら軽傷では済まないだろう。
窓から地面を見下ろすと、恐怖から来る緊張で胸の鼓動が速くなるのがわかった。

「大丈夫、いける、大丈夫」

大きく深呼吸をしたその時――。

「あらだめよぉ、こんなんじゃ途中でほどけちゃうじゃない」
「え、」

ふいに聞こえた声に振り返ると、そこにはつい先程アキラが懸命に繋ぎ合わせたカーテンを手に呆れたように笑う酉の姿。

「自殺でもしようってんならこれくらいでいいでしょうけど……まぁ、自殺だなんてつまらないことするわけないわよね?させるつもりもないけど」

そう言うと繋ぎ目を強く結び直し、ほどこうとしてもビクともしないくらいに強固になったものを差し出される。

「いいわよ、逃げても」

思いもよらない言葉にアキラは唖然としつつもそれを受け取り、そして繋ぎ目の固さに驚く。

「女の子一人をこんな場所に閉じ込めるだなんて可哀想だもの……安心して、あいつらには上手いこと言っておいてあげるわ」

どうやら酉はアキラが逃げることを許してくれるらしい。
笑顔を浮かべたアキラは慌てて酉に頭を下げ、適当な場所へとカーテンを巻き付ける。その際にも酉に手伝ってもらい、これならば途中でほどけることはないだろう。

「あの、ありがとうございます」
「いいのいいの!ほら、早く行かなきゃ誰かに見つかっちゃうわよ?」

急かされるがままに窓枠へと座る。その高さに目眩がしそうになったが、ここでチャンスを逃してはいつまでたってもここから出られないと腹を括る。

少しの風でも心臓は大きく跳ねる中、ゆっくりとアキラは降りていく。まるで映画のワンシーンかのように、壁に足をつけながら慎重に地面との距離を縮める。

「ふふ、アキラー!」

ふと上から聞こえた声に顔を上げると、そこには陽の光に反射する何かを手に持つ酉の姿。
アキラは目を細めてその物体を見やり、怪しく光る銀色を捉えた途端に背筋に走る悪寒。

「あたしが貴方の脱走の手助けなんて、するはずがないでしょう?」

じゃきんと聞こえたその音源は、酉の手にある大きめの鋏。
この状況でその鋏を何に使用するか。その目的は一つしか考えられない。

「あたし、愉しいことが大好きなの」

鋭い鋏が挟んだのはアキラの命綱とも言えるカーテン。ほんの少しだけ切られただけだというのに揺れは強まり、少しずつ糸が切れていくのが手のひらに伝わる。

「逃げようとしたんだもの、これくらいのお仕置きはしてあげなくちゃね」

悲鳴を上げる余裕もなく、ただアキラは怯えたように酉を見つめる。
そんなアキラの表情に、何やら甘い吐息を吐き出した酉。今にも切れそうなカーテンを掴むと、いとも簡単にそれを引っ張り上げアキラを抱き止めた。

「最高よ、あなたのその顔、ゾクゾクするわ」

酉に抱き締められているその場所はまだ窓の外側にあり、アキラの足はぷらぷらと宙を蹴る。酉がその腕の力を弱めようものなら、今度こそ地面と対面することになるだろう。

「ねぇあなたって死んだらどんな顔をするのかしら……安らかに眠るんじゃつまらないわ、どうせなら恐怖に引きつったまま殺したいわ」

その言葉にアキラの顔色が変わる。
今この状況、酉が力を抜けばそのまま地面へ落ちてしまう。彼は自分を殺したいのかと考えると、現状に恐怖を感じないはずがなかった。

「そう、それ……」

まるでわざと先程の発言をし、恐怖に歪んだ表情を引き出したかのように酉は笑う。

「あなたのその顔が、俺は好きで好きでたまらない」

普段の声よりも低い声だが、その中には隠しきれない高揚が見え隠れしている。

「ご、ごめんなさい……もう逃げないから、だから、」
「あら、いいのよ?逃げても」

安定の無い浮遊感に、アキラの心臓は恐怖で鼓動が速くなる。

「逃げても捕まえるだけだもの」

いっそのことこのまま地面に落として殺してしまえばいいのに、なんて考えてしまう自分も麻痺してきているのかもしれない。
酉は相も変わらず楽しそうに嬉しそうに、至極愉快だと笑っている。

「俺は、つまらないのは嫌いだ」

だからこれからも俺を楽しませてくれと、そう聞こえたような気がしてアキラは唇を噛んだ。




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