月明かりに照らされた薄暗い部屋で眠るアキラの頬に手を当てる。伝わる温かさは心地良さへと変わり、その温もりを求めて巳はアキラの首元へと顔を埋めた。
数えきれないくらいの長い時間焦がれ続けた存在に、今触れている。それだけで芯まで沸騰するように身体が熱くなり、アキラがいなかった頃の自分などもう忘れてしまった。

だからこそ、もう二度とこの存在を手離すことなど出来ない。何があろうと離す気は無い。例えアキラに拒まれようとも、神が引き剥がそうとも、絶対にそれを認めない。

「おい巳、行くぞ。 戌と未が待ってる」

振り返ると苛ついたような表情を浮かべた寅が扉を背に立っていた。

「今行きます」

そう言いつつも巳はアキラの耳元に唇を寄せ、甘い言葉を囁くかのように告げた。

「貴方の心を奪うもの、消して差し上げます」

立ち上がった巳の表情は一瞬で冷たいものへと変わり、スーツの内ポケットから取り出した皮製の黒手袋へと手を通す。
最後にもう一度ちらりとアキラに目線を向け、巳は部屋を後にした。

*


生暖かな赤に染まった床に倒れる屍を、巳は心底嫌悪するような目で見下ろしていた。

「巳、やりすぎだってーの」

呆れたように言う寅は転がる肉塊を気にすることなく踏みつけながら歩き、冷蔵庫から拝借したらしいワインを飲みながら出ていった。
二階から降りてきた未が眠そうに目を擦りながら寅の後に続く。そして遅れて降りてきた戌は凄まじい現状に眉を寄せ、匂いが辛いのか鼻と口元を片手で覆いながらその場を後にした。

「貴方達は彼女を愛さなかった……それは、とても重い罪」

ぼそぼそと呟く表情は氷のように冷たい。

「けれど、おかげで遠慮なく殺すことが出来ました」

少し前までは、転がる肉塊達は仲良く家族で食事をしていた。アキラを売ったその大金で一時の幸福を味わっていた彼らは、今息をしていない。

「彼女をここに帰すなど、出来るはずもない」

アキラが帰りたいと願うなら、その場所を無くしてしまえばいいのだ。そうすればアキラはもう帰りたいなど願わない。否、願えないのだ。その場所が無いのだから。

「彼女を愛さずにいてくださって、ありがとうございました」

灯油の匂いが鼻につく。
どうやら先に出ていった三人が家を燃やす為に準備をしているらしい。
このままここにいては一緒に燃えてしまっても彼らは何も気に止めないだろう。

最後にようやく見せた巳の笑みは歪み、けれどそれからは嬉しさが滲み出ている。

「さぁ、悪いのは誰なのでしょうね」

屍達に最後の言葉を残し、巳は静かになった家を出た。




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