秋の冷たい風が肌を刺す中、彼女は懸命に大きな屋敷の門の掃除をしていた。 真っ赤になった指先、荒れた手の平。錆が無くなるまで綺麗に拭けと義理の母に命令され、連れ子の身である彼女はただ「はい」と返事をするしかない。 屋敷からは楽しそうな声が聞こえる。彼女の本当の親である父も彼女に声をかけることはなく、もはや奴隷のような扱いを受けていた。 「Trick or treat!」 そんな彼女に近付く一人の男こと、この俺、ジャック・オー・ランタン。 本日10月31日にふさわしい言葉を投げ掛けると、彼女は振り返るなり驚いたように目を見開く。 そりゃそうだ。 いきなり背後にカボチャの被り物をした怪しい男が立っているのだから。 「ご、ごめんなさい……私お菓子を持っていないの…」 彼女は優しすぎる。意地汚い家族の為に文句の一つも言わずに働き、こんな怪しい男にもちゃんと接してくれる。 優しすぎるということはいいことではない。 「なら悪戯をしなくてはね」 優しすぎるから、俺みたいな奴につけ込まれるんだ。 え?と彼女が首を傾げたのと同時に俺は指を鳴らす。すると彼女が必死に磨いていた門はあっという間に錆びれ果て、大層な屋敷は今にも崩れ落ちそうなオンボロ屋敷へと変わった。 唖然とする彼女を尻目に、もう一度指を鳴らす。どんよりと曇り始めた空からぽつぽつと雨が降り出し、屋敷の中からは悲鳴にも似た騒がしい声。 「ま、待って!ごめんなさい!お菓子なら用意するから、だからやめて!お願い!」 どうして彼女はあんな奴らの為にこんなに必死になるのだろうか。俺の服にすがり付く彼女の悲愴な表情に、俺は不謹慎にも愛しさを覚えてしまう。 「おいでトキ、あんな家は捨てて俺と来るんだ」 大きな雨雲が屋敷を覆い、屋敷の中から彼女の名前を呼ぶ声が聞こえ、彼女が慌ててその声のする方へ駆け出そうとして、俺はそんな彼女の腕を掴んで引き摺るようにその場から去る。 しばらくすると地面を裂くかのような雷の音が聞こえた。 「ごめ、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい」 「なぜお前が謝るの?お前は何も悪いことをしていない」 カタカタと震える彼女を抱き締め、彼女の香りに包まれた俺の胸には大きな幸福感。 「どうして、こんなこと……」 「お前を助ける為に決まってる。 俺はずっとずっとお前が欲しかったんだよ」 あれは俺がまだ幼い頃のこと。 ハロウィンということで人に紛れて人間界で遊んでいた俺は興味本意で入った森で迷子になってしまった。 どこからでも魔界へ帰れるわけではなく、人間界との境目じゃなければあちらへ帰れないので俺は一人暗い森の中をさ迷っていた。 そこへ現れたのが彼女。 ボロボロの服と髪の毛。手には野イチゴの入ったカゴ。 野イチゴを一つくれた彼女は森の出口まで案内してくれて、俺は魔界へと帰ることが出来た。 たまに人間界に遊びに来ては彼女を眺める。彼女はいつもボロボロだった。 いつしか俺は彼女を助けたいと思った。彼女を傷付けるあんな家族よりも俺の方が彼女を幸せにしてやれる、そう思った。 どうやら魔界とこちらでは成長のスピードが違うらしく、あっという間に大人になった俺は彼女を救いにここまで来たのだ。 「Trick or treat.」 「……っ」 「お菓子が無いのなら、悪戯をしなくてはね」 怯える彼女の額にキスをしようとしたけど、カボチャの被り物が邪魔をする。 まぁいい、お楽しみは帰ってからだ。 「俺は今からお前を誘拐するよ」 もう誰もお前をいじめられないように、俺が大切に守っていてあげる。 TOP ×
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