03


「知ってる?僕達死神が相手に愛を伝える最大級の言葉」
「………」

これは幻覚だ、幻聴だと何度も言い聞かせた。だが数日たっても幻覚は消えない所か馴れ馴れしさを増している。
私の前には大きな大きな鎌を持ち、漆黒の衣服を身に纏った男。
本人曰く、死神だと言う。

危険物を所持しているということで通報してやりたいが、残念なことにこの死神は私にしか見えていないようで警察に言った所で無意味。
むしろ私が何かの薬をやって幻覚が見えているんじゃないかと疑われてもおかしくはない。

「教えてあげようか?」

もし本当に彼が死神だとして、なぜ死神が私の前に現れたのか。
考えなくてもわかる。
私の死期が近いのだろう。それ以外の理由が思い浮かばない。

「おーい、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」

正直言ってまだ死にたくは無い。どうにかして死を回避出来ないだろうか。
この死神にそれとなく私の死ぬ日と死因を探って、その日は死因になるものに近付かないとか。

「僕の為に死んでください」

そんな簡単に死を免れることが出来るはずがない。いやでも、ほんの少しだけ期待することくらい許されるだろう。

「ってのが死神の最大の愛の言葉」
「はた迷惑な告白ね」
「あぁなんだ、話聞いてたんだ」

さて、問題はどうやって死因と期日を探るかだ。
普通に聞いても答えてくれるわけがない。だがしかしそれ以外に方法が思い付かない。
もう少し頑張ってくれないだろうか、私の脳味噌。

「死神がここにいるってことは私の死ぬ日が近いってこと、だよね?」
「そうなるね」
「いつ?死因は?」
「さぁねー……まぁ死因は……そうだなぁ、君達の世界でいう他殺かな」
「他殺って……誰に…?」
「さぁ」

これからいつ死ぬかわからなくて到底笑えない私とは逆に、死神と名乗る彼は愉快そうに口元に笑みを浮かべている。
人の死を前に笑えるのは彼だけなんじゃないだろうか。

「なんで悲しい顔するの?死ねるんだよ?幸せじゃん、もう生には囚われない」
「その発想が私は理解出来ない」
「ふーん……人間って難しいね、意味わかんない」

カチカチと時計の針が動く。
他殺ということはこの部屋から出なければ助かるのではないか。という考えを実行出来るわけもなく、私はこれから死ぬまでの間とてつもなく疑心暗鬼になるのだろう。

道行く人や友達、家族でさえ疑ってしまう。もはや信じられるのは死神さんだけかもしれない。

「人間って脆いよねぇ」

今のうちに遺書を書いておこうと何か書くものを探していると、いつの間にか真横にいた死神がつまらなそうに呟く。

「ちょっと近いね、離れようか」
「すぐ壊れちゃう。 だから僕は人間にはなりたくないんだ」

私の提案を無視した彼はニコニコと笑いながら話を続ける。

「でも違う種族って嫌なんだよね。 だから思い付いたんだ、僕と同じにして、僕のものにしちゃえって」

私は早く遺書を書かなければならないというのに、急に始まった死神さんの会話。
まったく会話の流れを掴めずにいたが、私の死に関係がある話かもしれないのでとりあえず耳を傾ける。

「大丈夫だよ安心して?君の魂は僕が大切に大切にしてあげるから、怖くなんかないよ。 君にはずっと僕がついててあげる」
「……え?」
「だから君も僕から離れないでね……あぁ、離れられないか」

そう言って立ち上がった死神さんの手には身の丈程ある大きな鎌。軽々と持った彼はやはり笑みを浮かべ、そしてそれを私の首へと回す。

「なにを、してるの……?」
「大丈夫、痛くないよ」

彼が鎌を動かした瞬間、私は倒れていた。
そう、倒れていたのだ。
私の前で、私の体が崩れ落ちた。
彼の鎌は首を切ったわけではなく、スッと私の首を通り抜けたのだ。

「やぁ、トキちゃん」

ようこそ、と幸せそうに顔をほころばせる死神さん。
手のひらを見ると、手のひら越しに私の倒れた体が見える。今の私は魂のようなものなのだと理解し、その原因である彼を睨んだ。

「冗談やめてよ、戻して」

いくら強く睨んでも彼が怯む様子は無く、ただ笑顔を浮かべている。

「あぁごめんね、言い忘れてた」

彼の手が私の腕を掴む。それはその笑顔に似合わないくらい、振りほどけない程に強い力。

「僕の為に死んでください」

それは彼の言う死神の最大の愛の言葉。
あぁ遺書、書けなかった。
そして私の意識は、ぷつりと途切れた。

「ずっと一緒にいようね」



   
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