私は凪。一ヶ月前に幼なじみである玲央(れお)と恋人同士になった。最初は私の片想いから始まって、もう一人の幼なじみである郁(いく)の協力もあって見事付き合うことになったのだ。

付き合いたての頃は青い春を充分に味わっていたのだけど、日がたつにつれて玲央は色んなことに嫉妬し始めた。今思えばここから玲央が一気に変わっていった気がする。
ほんの些細な会話でも何を話していたのか問いただされるし、あまつさえ幼い頃から一緒で私達のキューピッドでもある郁にも嫉妬した。

郁もそれに気を使ってか、あまり私達と行動を共にしないようになって、幼なじみという三人の関係は崩れ始めていた。

そして今日。
いつもなら玲央が迎えに来るのを待つのだが、急激な束縛してくる玲央がなんだか嫌になっていつもより早く登校した。
途中で郁と会って、久々にする会話を弾ませながら学校へ向かった。玲央から何通もメールと電話があったが全部無視してしまった。
今はすごく後悔してる。


丸一日、玲央は私と会話をしようとしなかった。怒っているのだろうかとメールをすると、『放課後に秘密基地行くぞ』という質素な返信のみ。
秘密基地というのは小学校の頃に私と玲央と郁の三人で見つけた、裏山にある小さな小屋。古びた小屋は誰かが使っている形跡はなく、まだ幼い私達は毎日のように秘密基地に行って遊んでいた。

最近行っていないからまだあるかはわからなかったが、仕方ないと了解の返事をした。

そして放課後。
玄関で私を待っていたらしい玲央に声を掛けると、腕を掴まれてそのまま引っ張られる。
ついた場所は懐かしい秘密基地。あの頃よりも多少ボロくなっていたけど、まだ小屋があった事にちょっとだけ感動した。

「ねぇ玲央、朝のことまだ怒ってる?ごめん」
「なんで先行った?」
「……玲央が束縛激しいから、なんとなく、いやに…なって」

気まずかったが今が普段の文句を言うチャンスだと口ごもりながら伝えると、玲央は無表情でこちらを見つめる。
端正な顔の人間がする無表情は意外と怖い。

「お前は、俺から離れようとしてんの?」
「え?いや、そういうことじゃ」
「じゃあ何でだよ。 今日俺のこと無視して郁と登校したんだろ?」
「れ、玲央…?」
「俺より郁の方がいいわけ?ふざけんなよ」

ぶつぶつと独り言のように言う玲央に恐ろしさを感じて後退りしてしまう。
それに気付いた玲央は表情を歪めて私との距離を縮めた。

「俺から離れるなんて許さない……邪魔だな、郁…邪魔だ」
「ねぇ玲央、どうしたの?いつもの玲央じゃ…」
「これが俺だよ」
「……っ」
「あー郁邪魔!すっげぇ邪魔!」

しねばいいのに、と低く呟いた玲央の声を私は聞き逃さなかった。

「何、それ……」
「? だって邪魔じゃん」
「だからってそんなこと言わなくても!」
「……あ?お前、郁のこと庇うの?」
「庇うとかそんなんじゃなくて!私達三人仲のいい幼なじみだったじゃん!どうしてそういうこと……どうしてこうなったの…」

玲央に顔を掴まれ、近付いてきたかと思いきや耳の中に舌を入れられる。
ぞくぞくと立つ鳥肌。
私は玲央を突き飛ばした。

「……凪」
「な、何…」
「ちょっとここで待ってろ」
「え?」
「やっぱ郁が邪魔だ、殺してくる」

思わず耳を疑った。
今玲央は、郁を殺してくると言ったの?しかも言葉と似合わない満面の笑みで?

「玲央…」
「待ってろ」
「ちょっと、玲央!」

背を向ける玲央に駆け寄り腕を掴む。切れ長の鋭い目が向けられ、思わず体が震えてしまった。

「……」
「玲央?」
「お前も殺しとこうかな」
「れ、お……?」

掴んでいた腕を離して後退ると、ゆっくりと玲央も私に近付いてくる。

「大丈夫、死体は剥製にでもして大事にとっとくよ」
「待って、何言ってるの?玲央…」
「はい笑って。 笑顔のまま殺したいし」

伸ばされた手はきっと私の首を絞めようとしている。玲央の目は本気だった。


脳に"死"という文字がよぎったその時、私の体は勝手に動いていた。伸ばされた手を避け、玲央の体にタックルする。
体勢を崩した玲央はそのまま緩い崖となっていた後方へ倒れ、転がりながら落ちていく。

私はこの時、絶望という言葉の意味を知った。






初めまして僕の名前は郁。凪と玲央の幼なじみ。
今僕は三人だけが知っている秘密基地の近くにいる。僕の視線の先では凪が地面にへたりこんで、玲央が転がっていった方を見つめていた。
木とか岩やらに頭をぶつけながら落ちていく玲央の命はきっと無いだろう。あっても脳に障害が起きて目を覚まさない、と思う。



不謹慎極まりないのだが、僕の顔はきっと満面の笑みだろうと思う。

全て計画通り。
玲央と凪をくっ付ける協力をしたのは僕。玲央に不安要素ばかり吹き込んだのも僕。凪の悩みを聞いてあげたのも僕。今日凪と一緒に登校したと玲央に教えてあげたのも、独り占めしたいなら殺して自分だけのものにしちゃえばいいと玲央にたきつけたのも、昔凪に不審者に会ったら腹にタックルして逃げるのが一番と教えてあげたのも僕!
ゼーンブ、僕の仕業!

だって凪が僕じゃなくて玲央に恋をしちゃうから。
最初から僕にしとけば平和に過ごせたのにね。玲央が僕にも嫉妬したのは予想外だったけど結果オーライだから良しとしよう。

僕から凪をとった玲央への罰と、僕じゃなくて玲央を選んだ凪への罰。
両方共に罰を与えられて僕は大満足です。
さて、あとは僕が言葉巧みに凪を慰めてあげるだけ。これは事故だ、そうでなければ防衛本能だと言い聞かせてあげれば問題ない、多分ね。
まぁ精神が病んだら病んだで僕が一生世話してあげるし。どうにしろ凪は僕のものになるんだ。

「あー愉快愉快」

僕は一歩踏み出して凪のもとへと向かう。

あくまでもイイ人。
凪の気持ちをわかってあげられる、凪の唯一の僕。
泣かないでよ僕の愛しい人。そんな奴の為に泣くなんてもったいないよ。必死に笑顔を堪え、心配そうな表情を貼り付けて僕は凪へと駆け寄った。

「凪!!」

さぁ、楽しい遊戯を始めようか……僕だけの凪。


title 虫食い

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