僕は人間達から魔王と呼ばれているらしい。
町を襲うから、モンスター達の親玉だから、理由をあげたらきりがない。
まぁ別にそれは間違ってはいないし。

だから僕は人間達の期待に応えるべく王国のお姫様をさらってくるという魔王らしい行動をした。
その内、たくさんの経験を積んだ頑強な勇者さまが立派な装備を身に付けて僕を退治しに来るだろう。
しかも仲間をわらわらと連れて。

こっちは一人だってんのに集団リンチもいいとこじゃない?
だから僕は勇者さまに倒されるまでの間、さらってきた人間のお姫様と遊んでいようと思う。



それなのに。
このお姫様ってば僕に怯える様子も無いし、むしろ睨んでくる。人間のくせに、しかも子犬のように弱いくせに、人間達に恐れられているこの僕を睨むのだ。

馬鹿じゃないの?ってくらい僕に抵抗する。だから僕はいじめたくなってちょっかいを出す。
その繰り返し。
まぁそんな毎日を送っていたせいかこの人間に少しだけ興味を持ってしまった僕は、勇者さま御一行がすぐそこまで来ていることに気が付くのが遅れてしまった。

「お姫様ー、勇者さま御一行が君を助けにきたみたいだよー」
「! ……」

ほんの一瞬だけ、彼女の表情が安堵に染まったのがわかった。
何それ、面白くない。
僕が何をしても表情を変えないくせに、勇者さま御一行が助けにきたと聞いただけでその表情。

嫌い、嫌い、全部嫌い。
その容姿も声も、瞳も全部嫌いだ。ぐしゃりと前髪を鷲掴みしてやると、彼女は怯むことなく睨み返してくる。そんな所も全部全部大嫌いだ。

「離し、て」

痛いくらいに髪の毛を引っ張っても、どんなに蔑むような視線を送っても、彼女は怯えない。
それどころか強く睨みつけてくる。ああ苛々する、ぎり、と歯を噛み締めた。

彼女の容姿が嫌いなのは、僕みたいな魔王とは釣り合わないくらいに綺麗だから。
彼女の声が嫌いなのは、僕の名前を呼んでくれないから。
彼女の瞳が嫌いなのは、あいつの助けを待っているらしくいつも窓の外を見ていて僕を見てくれないから。

僕を倒そうとたくさんの技を身に付け仲間を連れ、民から好かれるあいつが憎たらしいから、それを慕う彼女にも苛々してくる。

僕が魔王じゃなくて彼女に見合う勇者だったならば、その容姿を嫌いになることはない。
彼女が自分の名前を紡ぐのならば、その声を嫌いになることはない。
彼女の瞳が窓の外じゃなくて僕に向けられるのならば、その宝石のような瞳を嫌いになることはない。

どうしようもないこの気持ちをぶつけるように、彼女へと罵声を投げかける自分にさえ苛々してくる。まったくもってどうにかしてほしい。

「魔王が死んで終わる、なんて薄っぺらい物語は、つまらないよね?たまには勇者さまにも死んでもらわないと、不公平だよ」

彼女がまた僕を睨む。
なんかもう、それでもいいから僕をその瞳に映してほしいなんて。
僕はいつの間にこんなに女々しくなったんだろう。

「本当、困ったなぁ」

彼女に向けて言った言葉なのか、それとも自分自身へ向けたのかはわからない。

もう全部どうでもいい。
彼女以外の人間は全て殺してしまおう。
そして僕を女々しくさせたこの弱い人間のお姫様は、ずっとずっと、永遠に僕のもとに置いておこう。

さて、魔王の本気を勇者さま御一行に見せてやるとしますか。


*


「ただいまー」

勇者様達のお迎えを待っているであろう彼女は目を見開いて僕を見つめる。そりゃそうだ、現れたのは勇者様達に殺されるはずの魔王なんだから。
本気を出すことも無く終わったそれの証にと、血にまみれた剣と杖、鎧や盾を床に投げ捨てると彼女は表情を歪める。

「豪華な鎧、鍛錬された剣、身に付けたたくさんの技、あとは友情?……そんなもので僕に勝てるなんて馬鹿みたいだよね、本当につまらなかった」

見せ場を作ってあげようと少しは彼らの攻撃もくらってあげたけど、あんなもの撫でられているのと一緒。
いつもならば怯むことなくこちらを睨み付けてくる彼女の肩は小さく震えていて、僕は口角がつり上がるのを止められない。

「こわいの?僕がこわい?」

今までにない体の昂りに興奮を押さえきれずに彼女へと歩みより震える肩を掴む。

「泣く?ねぇ泣くの?早く泣けよ、僕にその可愛い泣き顔を見せろよ!」

キュッと結んだ唇を撫で、あまりの興奮でそのまま口付けをする。無理矢理こじ開け、噛み付くように口内へと舌を捩じ込む。
苦しそうな表情をする彼女はやがて僕の舌を思い切り噛み、そりゃもう噛み千切る気かと疑うくらいに血が出た。

「……そうこなくちゃね、面白くない」

人間がこんなに面白いだなんて知らなかった。愚かな勇者達を切り刻んだ時にも得たこの快感を止める術を僕は知らない。

「君のその表情をもっと見たいから、僕はこの世界の人間全てを殺すね」

想像しただけで体が震え上がる。
彼女の怯える表情と透明な涙。それをこの目で見る為に、僕は今までのつまらない時間を絶望に変えることにした。

「あなたなんか……早く死んでしまったらいいのよ…!」

お姫様らしからぬ発言を口にし、彼女は強い眼差しで僕を見つめる。

「うーん、でももし僕が死ぬとなったらその前に君を殺すけどね」

僕が死ぬだなんてことあり得ないけど、少しくらい彼女に希望を持たせてあげてもいいだろう。

「じゃあまずは君のお父さんに挨拶して来ようかな、娘さんはいただきますって」

一瞬で彼女の表情は引きつり、どうやらその言葉の意味を理解してくれたらしい。
次に会う時には首だけになっていると思うけど、その時まで秘密にしておいてあげる。

可愛くて可哀想な僕だけのお姫様。死ぬまで一緒、死んでからも一緒。僕は君と、永遠の時を過ごしてあげる。

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