俺はいつも一人ぼっちだった。 狼に食べられてしまうから森に近付いてはいけないと人間達が言っているのを知ってる。 絶対に食べないというのは断言出来るが、実際俺は人間を殺したことはある。 仕方ないんだ。 俺を殺そうと銃を向けたり罠を仕掛けたり、そんなことをされたら抵抗しないわけがない。 力の加減がわからない俺の爪は呆気なく人間の皮膚を切り裂く。 でも何もしてこない人間を襲ったりなんかしない。むしろ、出来るならば友達というものになってほしいくらいだ。 そんな一人ぼっちな俺に、最近念願の友達が出来た。 相手は赤い頭巾が似合う可愛い女の子。少しでも触れたら傷付いてしまいそうで、俺は彼女に触れたことがない。 いいんだ、一緒にいられるだけで。 彼女の名前は凪。 おばあさんの家に行く途中で迷子になっていた凪は俺を見つけるなり恐れることなく近付いてきた。 道を教えて欲しいと言う凪に怯えていたのは俺の方で、そんな俺を見て凪は笑っていた。 すごく、可愛かった。 それから凪はおばあさんの家に行くたびに俺の所へ来て遊んでくれる。 俺が怖くないのかと聞いたら、彼女は「こんな臆病な狼さん、むしろ守ってあげたいわ」と笑った。 恥ずかしいことに俺はその時に泣いてしまったんだ。本当に、恥ずかしい。 時間になると凪はおばあさんの所に行かなくちゃいけないと行ってしまう。 俺はその時が来るのが嫌いだった。 おばあさんがいなくなれば凪は俺の所にずっといてくれるんじゃないかと、そんなことを思った。 そして今、俺は凪のおばあさんの家へ向かっている。 ふと見た川のほとりに映った俺の顔はびっくりするくらいの無表情。 「待ってて凪、俺は君とずっと一緒にいたいだけなんだ、だから今、俺達の邪魔するやつを」 消してくるよ。 暗い森を抜けた俺はとある家の前に佇む。 昼間に来ていたからか、凪の匂いが少しだけして安心した。 鍵が掛かっていたけど俺にはそんなもの関係ない。 簡単に壊れたドアを蹴り、中に入ると凪のおばあさんが恐怖にひきつった顔で俺を見ていた。 最近は凪の笑顔しか見ていなかったから、この怯える表情を向けられるのは久しぶりだ。 「君、邪魔なんだ」 「っ、……!」 「俺はあの子とずっと一緒にいたい、俺だけのものにしたい、だから仕方ないんだ」 どうやらあまりの恐怖に声が出ないらしい。 大丈夫、俺は優しい狼だから痛みを感じる暇もなく死なせてあげるから。 「許さなくていいよ」 俺は鋭い爪を怯える人間に振り下ろした。 さようなら。 * 凪が来ない。 凪が来ない凪が来ない凪が来ない。 あれ、俺は凪と出会う前、暇な時に何をしていたっけ?凪と出会う前はこんなに長い一日をどうやって過ごしていたっけ? あれから、凪が俺の所へ遊びに来ない。 おかしい、なんかおかしい。 俺は凪とずっと一緒にいる為におばあさんを殺したのに、凪が来ないんだったらアレを殺したことに何の意味も無い。 「凪、凪、凪、凪、凪、凪、凪」 呪文のように凪の名前を繰り返していたらいつの間にか日が暮れていて、俺はボーッとオレンジ色に染まる空を見上げていた。 その時、ふわりと俺の大好きな匂いがした。 「………」 「凪っ!ど、どこに行ってたの?あれから俺、凪が来ないから、何もすることがなくて」 「ねぇ、狼さん」 凪の声は掠れていた。 まるで今の今まで泣いていたみたいだった。 「おばあさんが、死んでしまったの」 あ、泣きそう。 「お母さんもお父さんもみんな、狼さんの仕業だって、そう言うの、そんなはず、ないのに……っ…」 凪は泣いていた。 どうしてだろうかと不安になったけど、きっと僕とずっと一緒にいれるから嬉しいんだと納得する。 「あなたは臆病で優しい狼さんだから、あんな……っあんな残酷なこと、出来るわけ……っ」 「大丈夫、人間を殺すのはあれで最後にするから」 だから泣かないで、と俺は凪に満面の笑みを向ける。 「………え?」 消え入りそうな凪の声を俺の大きな耳は聞き逃さない。 「これで凪はずっと俺と一緒にいられる!あ、でも凪のお母さんとお父さんと……凪を取り巻く俺以外の全ての人間も邪魔かなぁ、でも人間を殺すのはアレが最後って決めちゃったし……」 嬉しさのあまり、凪はカタカタと震えていた。見開いた丸い目に映る俺は至極幸せそうに笑っている。 「あなたが、おばあさんを……?」 「うん、ずっと凪と一緒にいたいから」 俺が笑顔を向けると、凪は丸い瞳から大粒の涙を溢した。 そんなに嬉しいの?と問いかけようとした瞬間。 「酷い!!!」 それは初めて聞く凪の大声。 「どうしてあんな酷いことが出来るの!?私、あなたのこと信じてたのにっ……!!」 俺は人間の気持ちというものはよくわからないけど、きっと今の凪は喜んでいるんじゃなくて怒ってる。 でもなぜ怒っているのかはわからない。俺は凪に酷いことなんてしてないのに。 「私の大切なおばあさんだったのに…!!」 「だからだよ」凪は何もわかってない。 「俺が一番大切なのは凪なのに、凪の一番大切なのはおばあさんだから。 そんなの不公平だ、凪は俺のことを一番大切に思ってくれなきゃ嫌だ。 だから、おばあさんが邪魔だった」 俺はただ凪と一緒にいたかっただけなのに。 あんな弱くて脆いおばあさんなんかといても楽しくないだろう?それにおばあさんじゃ悪い奴から守ってあげられない。 「全部凪の為なのに、なんで凪は怒ってるの?」 拳を強く握り締めた凪は俺に憎しみを孕んだ目を向ける。 そして何も言わずに背を向けた。 「凪、ねぇ凪!どこ行くの?」 「ついてこないで!もう私に話しかけないで!あなたなんか嫌いよ!!自分のことしか考えてないあなたなんか…大嫌い!!」 思わず足が止まる。 その間に凪は行ってしまって、俺はぽつんと森の中に残された。 「凪が、俺のこと……嫌い…?」 わかってない。 わかってない。 わかってない、わかってないわかってない。凪は何もわかってない。 自分のことしか考えてないのは凪の方だ。凪がいない時間を過ごしている時に俺がどんな気持ちでいるのかわかってない。 もう一人で過ごしていた時には戻れない。俺は凪という大切なものを見つけてしまったんだ。 それなのに凪は俺を悪者扱いして、俺から離れて行ってしまった。 「………………凪、凪…なんでいてくれないの、俺と一緒に……凪、凪、凪、」 あぁそうか。やっぱり。 「凪にはまだ家があるから……お父さんとお母さんと、凪が住む村の人みんな…みんないなくなれば、凪も俺の気持ちわかってくれるよね」 凪、俺はただ君と一緒にいたいだけなんだ。誰にも邪魔をされずに、ずっと。 「いま、むかえにいくよ」 だから、笑顔で待っててね。 戻る ×
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