「彼女と結ばれるのは私なのですから、邪魔をした貴方が悪いのですよ」

今やただの肉塊になったそれに小さく告げる。
それはつい先ほど、この国の姫である凪様に求婚をしてきた男。結婚相手を探していた凪様は話も合いすぐに気に入った。
化粧直しにと部屋を出た所、男を違う部屋へと連れ出し、そして今に至る。


これで何人目だろうか…。
姫はなかなかの容姿の故、結婚相手を探しているという噂が流れればどんどんと押し寄せる男達。
もちろん最初からこんな乱暴なことはしない。まずは丁寧に言葉で言う、諦めろと。それで諦めてくれる男もいれば諦めない男ももちろんいるわけで。

ならば最終手段として殺してしまうしかなかろう?だって彼女と結ばれるのは私なのだから。

血にまみれた絨毯と服で肉塊を丁寧に包み、焼却炉へと運ぶ。

さて、今度は何と言い訳をしようか。そんなことを考えながら焼却炉へとそれらを投げ込み、しっかりとふたを閉める。あとは勝手に燃えてくれるだろう。その時だった。長い廊下の奥から彼女がパタパタと走ってくる。
おやおや、ドレスで転んだらどうするつもりだい?にこりと顔に微笑みを浮かべ、近づいてくる彼女を待つ。

「そんなに慌てて、どうかなさいましたか?」
「わ、私…っ、また失敗しちゃったのかしら……さっき来てくれた彼が部屋にいないの…」
「ああ、お客様なら先程凪様が席を立たれた際にお帰りになられましたよ。 つい先程、母が倒れたと電話が入ってようでして」

そう、と小さく呟く彼女の手を取り、その白い手の甲にキスを落とす。
見るからにしゅんとなる彼女はもう見慣れたものだが、やはりその表情をさせたのが自分だと思うと少しの罪悪感。だがそれはすぐに消え、満足に似た優越感へと変わる。

「落ち込まないで下さい凪様、結婚などなさらずとも良いのです」
「それは駄目よ、私だっていつまでも一人は寂しいわ」
「私がおります」

腑に落ちない様子の彼女は小さな溜め息をついて私を見つめる。

「ロイ、あなたはとても優秀で素敵な執事よ」
「私には身に余るお言葉です」
「だからね、私はあなたに幸せになってほしいの。 いつまでも私なんかの身の回りの世話をさせていたくないわ。 あなたも早く素敵な人を見つけて、私みたいな子供の子守は終えていいのよ」

困ったような表情をする彼女は残酷な言葉を次々と放つ。

「大丈夫!一人で何でも出来るように頑張るから!」
「すぐには出来ませんよ」
「そ、それはそうだけど……駄目だったら新しい執事を雇うわ!いつまでもロイをここに引き留めておくのは申し訳ないもの…」

シュンと項垂れる彼女に手を伸ばしかけ、触れる寸前で止まる。
この汚らわしい手で彼女を抱き締めることは許されない。一生取れることのない汚れは、彼女を一生抱き締められないということ。
腹の中で彼女への醜い執着心を渦巻かせながら、彼女に触れることが出来ない。

あぁ、なんて……

「私は」

惨め。

「私は、この命尽きるまで凪様にお仕えするつもりです」

これほどに大切なのに。
決して結ばれることは無い。

「ですので凪様、新しい執事を雇うなど仰らないで下さい……また、私の手が汚れてしまう…」
「? 何を言ってるの?ロイの手はとても綺麗よ?私も負けちゃうくらいに綺麗な手だわ」

まるで汚れきった私の手を浄化するかのように、彼女は私の手を取り両手で包んだ。

「お慕いしております、お嬢様」
「私もロイのこと大好きよ!」

可愛らしい笑顔で彼女は、大好きという残酷な言葉を言う。

知らなくてもいい。
私がどれだけ貴女を大切に思っていることを。愛するが故に許されない罪を背負ってしまったことを。
私のこの重く苦しい愛を。


貴女は何も、知らないでいて下さい。

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