大学を終え家に帰ると、室内に入ったと同時に乱暴な物音が聞こえる。
根源は僕の寝室にいる凪だろう。寝室に近付くにつれ、大きくなる音。どうやらそれは鍵が何重にも掛けられたドアを蹴るか何かしているようで、どんどんとドアが振動していた。

「ただいま、凪」

声を掛けた瞬間、あんなにうるさかった音が止んでドアの向こう側で「ハッ」と息を飲む声が聞こえた。

がちゃがちゃと一つずつ鍵を外して寝室へと入る。

「また逃げようとしてたんだ?」

ベッドに手錠で繋がれたままドア近くまで頑張って来た彼女の手首は真っ赤で見るからに痛々しい。
床にはベッドを引きずった跡が残っていて、どれだけ彼女が頑張ってここまで移動してきたのかわかった。

「僕から逃げれるなんて思うなよ」
「……っ」
「君はもう僕のものなんだから、あいつの所へ行かせない」

震える彼女の手首にキスをしようと顔を近付けると、僕の手から逃げた彼女の手はすかさず僕の頬を叩いた。

「……痛い」
「あ…」
「痛い、痛い痛い痛い痛い」
「ご、ごめんなさ」
「……なんで?どうして君は僕を受け入れないの?僕が、僕がどれだけ君を愛してると思ってんだよ!!!」

キスは勿論、性行為も、恋人達がすることは全てしたのに。
僕が何回、何十回、何百回と彼女に愛してると言っても彼女は僕に怯えてばかり。
いつも僕ばかりが彼女に愛を与えて、彼女は僕に少しも愛をくれない。

なぜ?

どうして?

「………そうか」

あの男が、僕の凪ちゃんをたぶらかしたから。

「あいつ」

全部全部あの男のせい。

「ころしてやろう」
「え……?」

ようやく聞けた彼女の声は怯えていて、見開いた目が僕を真っ直ぐに見つめていた。

「君をたぶらかしたあいつはこの世に必要無いし……もしくは僕達二人でこの世にバイバイする?」
「……あなた、おかしい」
「君を愛してるからね」



例えば、彼女の四肢を切ったらもう逃げようとしなくなるのだろうか。
彼女の両目を奪えば、僕にあんな怯えた目を向けなくなるのだろうか。
彼女の喉を潰せば、僕におかしいだなんてくだらない言葉を言わなくなるのだろうか。

でもそんなことをしたら、僕を抱き締める両手も、僕だけを見つめる目も、僕に放たれる声も、全て無くなる。
それは困る。

「足なら、いいかな」

そんな僕の呟きに訝しげな表情をする彼女。

「僕から逃げようとする君が悪いんだよ」

そこでようやく僕の意図を理解したらしい彼女はぽろぽろと大粒の涙を溢し始める。

泣く程嬉しいの?と問い掛けると彼女は首を横に振って否定を示した。

「いや、いや、やめて」
「……じゃあずっと僕の側にいる?」
「………っ」
「なぁ聞いてる?ずっと、僕の側にいる?って聞いてるんだけど」
「……っい、いる!いるから!いるからやめて、お願い」

なんかそれだと僕が無理矢理君を閉じ込めてるみたいだなぁ。
と小さく呟くと彼女は唇を強く噛んで更に涙を溢れさせる。可愛い可愛い可愛い、今すぐヤりたい。

「……っ側に、いさせて、下さい」

多分今の僕の表情はこれ以上に無いくらい緩んでいると思う。
凪に涙を流しながら側にいさせてと言われて断るはずもなく、あまりの嬉しさに震える彼女を強く抱き締めた。
いい匂い。勃起しちゃった。

「セックスしようか」
「え……?」
「いいよね」
「……っ」


だって僕達


「両想いなんだから」




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