○月×日
今日もいつもの場所で待ち伏せをする。偶然を装っておはようと挨拶をすると、彼女も頬を赤くさせて挨拶を返してくれた。
今日も凪さんは可愛い。


○月△日
今日は待っているのがもどかしかったので、彼女の家まで行って彼女が出てくるのを待った。
行ってきまーすという可憐な声と共に玄関から飛び出して来た凪さんは笑顔。
いつも作られた偶然により僕と出会う角の道で、凪さんの笑顔が寂しそうになった。きっとそれは僕がいないから。彼女を一喜一憂させていると思うと幸せで堪らない。
今すぐ駆け寄ってあげたいけど、今日はこのまま彼女の後ろをついていくことにした。


○月□日
僕はこの学園では王子ど呼ばれているみたいで、よく女の子達に囲まれる。凪さん以外の女の子なんて豚にしか見えないんだよね。
キャーキャーと煩い鳴き声を出す豚に囲まれながら、遠くに凪さんの姿を見つけた。
今すぐ駆け寄りたいけど、そんなことをしたらこの豚達が凪さんに嫌がらせしたら困るので我慢した。
それなのに凪さんは男子生徒と何やら楽しそうに話していた。あいつ、僕の凪さんに話し掛けたりして何なんだよ。しね。


○月○日
今日は豚達がたくさん見ている中、凪さんと仲良さげに話をした。案の定豚達の醜い嫉妬を孕んだ目が凪さんを睨み付けていた。
凪さんはさすがにその視線に堪えられなくなったのか、苦笑いを浮かべて逃げるように教室へ戻った。

豚達、いい仕事してくれよな。

○月◇日
豚達が僕の期待通りのいい仕事をしてくれた!脅迫から入って典型的ないじめ。本当に女の嫉妬は怖いよね。
いじめの標的となった凪さんに近寄る物好きは予想通りいなくて、彼女は一人ぼっちになっていた。
辛いだろうけどもう少し待ってね、完全に孤立した頃に王子様が迎えに行くから。


○月▽日
今日も凪さんは一人ぼっち。屋上でこっそり弁当を食べる姿は可哀想だったけど、心のどこかでそれを喜んでいる自分もいる。
そろそろいいかな。


○月◎日
今日は彼女が豚達に囲まれている所へ助けに入る。
豚が不細工な顔をして僕を見る中、これ以上凪さんに手を出したら僕が許さないと言って彼女を連れてその場を離れた。
涙でぐちゃぐちゃな彼女は僕に気を使って「私を庇ったりしたら広瀬君に悪い噂が流れる」と離れようとしたので、そのまま抱き締めた。
そのまま告白すると最初は上記の理由で断られたが、最後にはOKを貰えた。
これで本格的に凪さんは僕のものになった。



*



私は今、激しく混乱している。
いじめられている私を助けてくれた広瀬君。元々強い憧れを持っていた彼に告白をされて付き合うことになった。
そして今日初めて広瀬君の部屋にやって来た私は、ベッドの横の照明台の上にあった小説を見つけ、広瀬君がどんな本を読むのか気になって興味本意で開いた一ページ目に、私の名前を見つけて何だと続きを読んでしまった。
これが私の失態だった。


書いてあったのは信じられない内容ばかりで、私すら覚えていない私のこともたくさん書いてある。更にはいつ撮られたのかわからない写真も何枚か挟まっていた。
そして何より、私がいじめられるように仕向けたのが広瀬君だという事実に頭が痛くなる。

すると外から足音が聞こえた。きっとトイレに行っていた広瀬君が帰って来たのだろう。
急いで日記を元の位置に戻すと同時にドアが開き、広瀬君が入ってきた。

「ごめん、何か飲み物を探していたら遅くなったよ」
「う、うん……」
「あとケーキもあったから勝手に持ってきた」

にこりと優しい笑みを浮かべる広瀬君から思わず目をそらしてしまう。

「………凪?」

彼は付き合ってから私の名前を呼び捨てで呼ぶようになり、私も呼び捨てでいいと何度も言われたが学園の王子と呼ばれる彼を呼び捨てになんて出来なかった。
まず付き合うという時点で奇跡なのだが。

そんな彼に名前を呼ばれるたびにいつもは胸がキュンとするのだが、今日は……というか今はまったくしない、出来ない。

「凪、どうかしたの?」
「いや、べ、別に…何も……」
「ねぇ凪」

ふと彼の声が低くなる。

「それ、読んだ?」

それ、という言葉が示すものが何かなんてすぐにわかった。

「……そうか、読んだんだね」

俯いているから広瀬君がどんな表情をしているのかわからなかったけど、いつもの優しい笑顔じゃないのは確かだろう。

「隠すのを忘れていた僕が悪かったよ……君にだけは見せられないものだっていうのにね」

その言葉は日記の中身が嘘ではないという決定的なもので、私は広瀬君という存在に恐ろしさを覚える。

無言でいると彼がこちらに近寄ってくる足音が聞こえ、視界には広瀬君の足元が入った。

「顔を上げて」
「……っ」

クイッと顎を掬われて広瀬君と目が合う。

「どう思った?」

予想外にも彼はいつも通りの優しい笑みを浮かべていて、私はほんの少しだけ安心する。

「最低だと思った?軽蔑した?嫌いになった?もう僕の近くにいたくはない?こうやって話をすることも、目を合わせることも、僕に触れられるのも嫌?僕の全てに嫌悪を抱いた?」

全て質問口調だが、答えを求めているようには見えない。

「でも僕は君が好きだよ、愛してる。 あんなことをしてまで君が欲しかったんだ、君に誰も近付いてほしくなかった」

いつもの笑顔が、怖い。

「僕と別れる?またいじめられちゃうんじゃないかな。 僕は君がいじめられている所を見たくないんだ」
「……っで、でも、いじめられるように仕向けたのは…」
「ああ、僕だね。 でもあれは君を一人にさせる為で、仕方なかったんだ」

自分は何も悪いことなんてしていないというような様子で彼は言う。
あんなに彼のことを好きだった気持ちが薄れ、今は恐怖でさえある。

「いいよ、僕のことを嫌いになっても」

彼と別れたらまたあの一人ぼっちの日常に戻ってしまう。あの苦痛はもう二度と味わいたくない。

「嫌いでいていいから、僕から離れて行かないで」

お願い、と言う彼の声は弱々しい。

「……わかった」

苦痛よりも歪んだ想いを選んだ私は、幸せそうに微笑んだ彼を見つめた。

「ありがとう凪……でももし、気が変わったりして僕から離れようとしたら…」

優しくて怖い笑顔。

「殺すね」

これ以上に無い束縛の言葉を口にした彼は、やっぱり微笑んでいた。

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