シャングリラで融け合う | ナノ



「ねえサンジくん」


 相変わらずのんびりとした口調で彼女はおれに話しかける。コト、と小さな音を立てて持ち上がったコーヒーカップが彼女の薄く色づく唇に触れた。中には彼女の好きなホットミルク。砂糖は多めだ。彼女の細い指が膝に乗せた分厚い本の中の文字をなぞる。どこかの国固有の文字なのか、おれにはさっぱり読めない。



「なんだい?」
「人は恋をすると弱くなるんだって」
「へえ、それは初耳だ」
「でも変よね。サンジくんはたくさん恋をしているのにすごく強いわ」



 いくらその文字を見てもそんな事が書いてあるのかおれにはわからないが、彼女のすこし残念そうな表情を見ると本当にそう記されていたんだろう。本の筆者がどんな体験をしそれを記そうと思ったのかは知らないが確かにそれは腑に落ちない。男は女を守るものだ。恋をするたびに弱くなんてなっていられない。じっとおれを見上げる彼女の長いまつ毛が陽の光に当たってキラキラと輝いている。



「でもね、もしサンジくんが恋のしすぎで弱くなっちゃっても安心して」
「どういう意味だい?」
「その時はわたしがサンジくんを守るから」



 彼女はやわらかな生成りのワンピースの袖口から覗く、同じように白く細い腕をぐっと曲げ、まかせてね と言った。柔らかな肌の下には骨と、必要最低限の筋肉と、少々の脂肪が付いているだけだというのにすごく自信満々に言うんだからおれは思わず吹き出してしまった。なんで笑うの、なんて彼女が恥ずかしそうに言うものだからおれはもう限界で。(かわいい。かわいい、愛おしい。)
 思わず彼女の体を抱き寄せれば、がたんとテーブルの上に置いたカップから少しミルクがこぼれた。彼女の小さな鼓動がそのままおれの心臓に伝わる距離。ほのかな甘い香りがおれの鼻孔をくすぐった。



「サンジ、くん…?」
「大丈夫さ。おれは君を守るためにずっと強くあり続けるから」
「…ありがとう、サンジくん」

「だから、君はずっとおれの守れる場所に居てくれ」



 彼女は少しだけ笑って、そのままグイッとおれのネクタイを引っ張った。そのまま唇が触れるだけの軽いキス。控えめな彼女の、精一杯の愛情表現におれの心臓は痛いくらいに鳴り響いた。




シャングリラで融け合う
(君はおれの、楽園だ)




120130/しろ
素足に浸る様へ提出させて頂きました。
素敵な企画をどうもありがとうございました!