私はあなたの世界になりたい | ナノ


「ねえ片倉先生、私の生きる意味ってなんでしょう」



 もう日も沈みかけ薄暗い外の景色とは裏腹に蛍光灯で明るく照らされた教室内。そこに響いていたチョークの音が止んだ。こいつは何が言いたいんだ、とでも言いたそうな先生の目がわたしをじっと見る。私は机の上のばかみたいに分厚い参考書に目を落とす。膨大な量の文字の羅列、気持ちが悪い。吐き気がする。勉強は得意だ。でも、好きじゃない。けれど他にやりたい事もないし、仕方なく知識を蓄える。それを見て周りの人たちは過剰に私に期待する。中身なんて何もないのに、わたしの事を褒めるの。私の中身がほしい、私の生きる意味がほしい。



「質問を変えます。片倉先生は、何のために生きているんですか?」
「…生きる意味、か。そんな事を考えたのは随分と久しぶりだ」
「そうですね、できれば100文字以内でお願いします」
「悪いが俺は文系じゃねェんだ、少し時間をくれ」
「どうぞ」



 先生は腕を組み、眉間にしわを寄せながら目を瞑った。私は多分、先生のこういう所がすきなんだと思う。ちゃんと私と向き合ってくれる。他の人たちみたいに、上っ面だけで相手をしないこんな所が、とても。時間は過ぎていくけれど、私はいつも立ち止まったままだった。白と黒の、何もない世界。そこから連れだしてくれたのは片倉先生だった。無理するな、そう言って不器用に頭をくしゃりと撫でられた。こんな人だからこそ、私の答えを出してくれる気がしたの。ね、先生。



「今の俺はお前みたいなやつの心の隙間を埋めるために生きてる。だがな、生きる理由はその時々で変わる。結婚すれば当然それは家族の為に生きる事になるだろうし、一つじゃねぇ。それでも今この時の俺は、お前の為に生きてる。」



 この人は鋭くて不器用で暖かくて、とても不思議。片倉先生が紡ぐ言葉はすとんと心の真ん中に落ちるから。周りにまとわりついたモヤモヤした黒い影を、全部吸い取ってしまうから。今の私には先生の言う理由が、偽りでもよかった。ううん、偽りが良かった。そうすれば私は何も変わらなくて済む。人を信じなくて済むと思ったの。でも不思議だね、先生の言葉は全部真実に聞こえちゃうんだ。なんでかな、



「ありがとう、片倉先生」
「昔から文系はからっきし駄目でな、俺こそ上手く答えてやれなくて悪かった」
「そんなことないよ。先生のおかげで、私の生きる意味が少しだけわかった気がするの」

「…そうか、よかったな。」



 そう言って先生はあの時みたいに、頭をくしゃりと撫でた。ごつごつとした大きな手がこんなにも心地良い。ずっとこの人の傍に居れたら、きっととても幸せなんだろうな。先生は生きる意味は一つじゃない、変わっていくって言ったよね。だから私が変わるまでしばらくは、先生を私の生きる意味にしても良いですか?ね、先生。




私はあなたの世界になりたい
♪トリノコシティ_MikuHatsune


120125/しろ
無限ループさまへ提出させて頂きました。
素敵な企画をありがとうございました!