あんたが俺を必要としてくれれば、それでよかったんだ。必要としているのが忍としての俺だとしてもその気持ちは何も変わらなかった。あんたの中に俺がほんの少しでもあればそれだけで俺はいつ死んでもいいとさえ思えた。それなのに。それなのに、 (感情を殺すのが忍だとすれば俺はいつから忍で無くなったのだろう。考えるのを止めたのはもうずっと昔の事だ。) 「ねぇ佐助、見て」 涼やかな風のような声が俺の脳を揺さぶる。まるで墨の川のような艶々とした髪の女が俺の名を呼ぶ。その度に思わず涙が溢れそうになるのを堪え、じっと女の目を見るのだ。戦に行くのが怖いわけでもなければ人を殺めるのが悲しいわけでもない。だとすればこの溢れんとする涙は、一体。 (俺が死んだらアンタはちゃんと泣いてくれるだろうか。胸が、痛い。苦しい。) 「綺麗な螢ね」 暗がりの中、か細い光を指の先で躍らせながら嬉しそうに目を細めたのが見える。そのきらきらと光り揺れる螢を見ながらまるで夜空に手が届いたみたい、なんて子供のような事を言った。虫相手にこんなに気分を高揚できるなんてお目出度い。そんな皮肉を心のうちで吐いたところであんたには届きやしないんだ。醜い嫉妬。こんな虫よりも、俺を見て ねぇ (アンタに見てもらいたくて、光ってるんだよ。) 「この子たちも、もうすぐ死んでしまうわね」 「…だろうねぇ」 「でも、こうやって最期まで光って、生きた証を私や佐助、みんなの目に焼きつけるのよ。」 「それはさ、光ってないと誰の目にもとまらない事を知ってるからなんじゃないの?」 「そうかもしれないわね。でも光って消える、それだけの命だって知ってもなお光るその姿はとても美しいと思うわ。燃える命の力強さを感じるのよ。」 (だったら俺も同様に美しいのだろうか) 戦場では誰よりも速く駆け、誰よりも多く殺し、誰よりも目立たない。それが忍の光り方だ。そんな俺をアンタは綺麗だと言ってくれる?光って光って、やがて消える、ただそれだけの人生。だれの目にもとまらないまま、誰に看取られる事も無く消えていく命の灯を綺麗だと言えるのか。俺の生きた証は誰かの胸に、アンタの胸に刻まれるのだろうか。忘れないでくれ。どうか、アンタの隣で笑っていた俺を覚えていてほしい。誰も思い出さなくなっても、俺という存在が消えてしまっても、どうかアンタの胸にだけは居させてくれないか。そうすれば俺は安心して光る事が出来る。そして消えていけるんだ。 「俺様の事、忘れないでよね」 「佐助はたまに可笑しな事を言うわね」 「不安なんだ。いつ死ぬかもわからない身で、不安定にアンタの傍に居る事が。いつか忘れられるんじゃないかって。」 「そうね…。佐助、あなたがもし私の前から消えてしまったら夜空の一番輝く星にあなたの名前を付けるわ。夜毎あなたを思って泣く私を慰めてくれるように、あなたの名前を付けるの。ね、素敵でしょう」 アンタのその笑顔とは不釣り合いな涙を、愚かしい俺は心の支えにするのです。 120125/しろ 楔さまへ提出させていただきました ♪RAD_螢 |