あの男、時々君に会いたがる | ナノ



「レッド、ピカチュウちょうだい」
「……やだ」


 レッドのケチ。べつに良いじゃない、レッドには他にも強い子たちがたくさん居るんだから。まあその中でも一番強いのは今わたしが抱きかかえているこの愛らしいピカチュウなんだけど。そんなピカチュウはわたしの腕の中がどうしても居心地が悪いらしくじたばたと動いている。仕方なく離してやると雪の上をタタタと走ってレッドの肩にちょんと乗った。(わー、かわいくない。)
 レッドは定位置に戻ってきたピカチュウの頭を数回撫でながらわたしの方をじっと見る。そしてわかるかわからないか、そのくらい小さく、本当に小さく笑った。レッドの笑った顔なんて何年ぶりだろう?小さい頃は一緒に笑いあった事もあったけど、レッドがチャンピオンであるグリーンを倒しシロガネ山に篭ってからはもうずっとその笑顔は見ていない。そんな久しぶりな笑顔が。ずっと見たかったその笑顔が。私に向けられている、なんて。頬に当たった雪が溶けていくのがわかった。かおが、あつい。


「なっ、何で笑うのよ!」
「…相変わらず面白いなって」


 喜んでいいのか微妙なラインの回答を前に私は何とも言えない表情になった。ここはポジティブに褒められていると取ってもいいのだろうか?でも貶されている可能性も無くはない。私は小さくため息を吐く。真っ白は吐息はすっと吹雪の中に消えていった。いつも変わらずに真っ白な世界を見つめているこいつは、一体なにを思っているんだろう。


「……ねぇ。寒いの?」


 突然の問いにびくりと背中が寒さとは別の何かで震える。いや、寒い事には違い無いんだけど…こう、レッドの事を考えている時にレッドから話しかけられると嬉しいとか恥ずかしいとか、色んな感情がごちゃまぜになって、…!俯きながら一人でパニックになっていると、ふわりと何かが肩にかかるのがわかった。それは見覚えのある赤と白の、あの服。


「いっ、いいよそんな事してくれなくて!レッドただでさえ薄着なんだからちゃんと着ないと!」
「慣れてるから平気。それよりちゃんと着なよ、風邪引く」
「本当に良いってば!それに、そんな事したら私よりレッドの方が風邪引いちゃう、」

「…別に良いよ」


 いや、良いわけがない。レッドのわからずや、頑固者。私はレッドのあまりにも頑なな態度にうっすらと涙が出そうな気配までする。このままレッドがこの吹雪の中あんな薄着で立ってたら本当に凍りついてしまいそうだ。私が勝手に押し掛けておいて、そのせいでレッドが風邪なんて引いたら私はもう会わせる顔がない。
 もういよいよ泣く。涙が頬を伝ってしまう。そんな時、こぼれる様な笑い声が聞こえた。びっくりして振り向けばレッドがいつもの無表情から一転、口角を緩く上げて微笑んでいた。それはとても、とても優しい笑顔で思わず涙が溢れてしまう。驚いたままの私と目が合うと彼はそのまま腰をかがめ目線を同じ高さにし、言った


「だって、風邪引けば看病しに来てくれるでしょ」




あの男、時々君に会いたがる


110914 しろ
なべらさんへ相互記念