非行に理由をつけたいだけなんだ | ナノ



 とりあえず、だ。


 落ち着け落ち着け。おれは自分自身にそう言い聞かせながら目を瞑った。
 良い年したおれみたいなおっさんが顔を真っ赤にさせて心臓をドキドキと鳴らしときめいた所で気色悪い以外の何物でもない事はしっかりと理解している。それのすべてを酒のせいにしてしまえば万事解決なのだが、そうも言えないのはこの女がおれに馬乗りになっているせいだ。
 おれはゆっくりと目を開き今一度女を見る。ほとんど下着のような薄いキャミソールに下は文字通り下着のみ。周りを見回しても何一つ違わない。そう、ここはおれの部屋だ。夜、というより深夜という表現が適切なこの時間にこの女はなにを思ってやってくるのだろう。その時女から慣れ親しんだ香りがしていることにおれはようやく気付いた。鼻にかかるごく僅かなリキュールの香り。ああ こいつ、


「…お前、酒飲んだのか?」

「やだなぁサッチ隊長、おさけなんてのみませんよ?私よわいの自分でわかってますから」


 そう言ってにっこりと笑う目の前の女は明らかに酔っている。呂律も少しだが周っていないし、何よりこの女はこんなに大胆じゃない。少なくともおれは初心でちょっとセクハラでもしようものなら涙目になって怒ってくるような女だと認識していた。この香りの濃度からしてごく僅かな量しか飲んでいない事は明白だが、それでもここまで変貌してしまうんだから酒の力は恐ろしい。
 まあこの女がこんな事になっているのが酒のせいだと言う事はよくわかったが、おれにはまだ1つだけ疑問が残っていた。なぜこの部屋までやってきたか、という事だ。おれとこいつの部屋は大分離れているし、その間には慕っているマルコの部屋だってある。それにおれは自慢じゃないがいろんな女に手を出すような軟派ものだ。そんなおれの所にどんな目的があり、こんな格好で来たのだろうか。(ああ、酒を飲み過ぎたわけでもないのに頭が痛くなってきた。)


「サッチ隊長、前髪おろしてるとなんだか色っぽいですね」
「なに言ってんだ、…さっさと部屋戻って寝ろ」


「リーゼントの時のサッチ隊長はかっこよくてすきですけど、そうやって髪おろしてるのも色っぽくて、だいすきです」


 へらりとだらしない笑顔を向け平然とそんな事を言ってのけるこの女に、おれは指一本すら触れられないでいた。そりゃ女にかっこいいだのすきだの言われては悪い気はしない。むしろ感謝の意をこめて頬に軽くキスの一つでも落とすくらいだ。
 それが出来ない理由は簡単だ。おれがこいつの事を本気で好きだからだろう。情けない事にそれに気付いたのはつい今しがた。本当に好きな奴には触れる事すらためらうなんて、おれの体はついにどうかしちまったのかと思う程だ。


「なァ、」
「なんですか、サッチ隊長」


「これが本気ならおれは止めるつもりはねェ。だがこれがもし悪ふざけなら、」


 悪ふざけなら、今すぐ戻れ。言い掛けた言葉は外に出る事なく静かにおれの中に沈んでいった。柔らかな唇がおれのそれと重なる。なめらかな舌を絡めながら、気付くとおれの手はいつの間にかこいつの頬に触れていた。そんな駆け引きめいた事を酔っ払い相手に言うもんじゃないのは重々承知していたが、今ここで無理に追い返すことを惜しんでいるのも事実だった。おれは最低だ。自分に言い聞かせるようにそう心の中で呟くと、こいつは何かを感じ取ったのか唇を離し、言った。


「サッチ隊長、わたしは隊長が好きです。確かにお酒の力も借りました、それでもこの気持ちは本当なんです。わたしの思い…受け取ってもらえませんか」


 いつの間にこいつはこんなに饒舌になったんだと薄く笑ってしまった。おれの知る初心で奥手だったあいつはここには居ないが、今が新しい一面だと思えば幾らか気持ちが楽になる気がした。もし朝になって裸で眠るこいつが何も覚えていないと言えばおれはどうしたらいいかわからなくなってしまうが、少なくともこの潤んだ瞳に嘘偽りはないとおれは踏んだ。…いや。おれはわかったふりをしてこんな事を言うがきっと、




非行理由をつけたいだけなんだ
理由を付けた所で何も変わらないのは百も承知の癖に


110221//しろ