学校が冬休みになった私は、並中に転入する前と同じように、ヴァリアーのアジトで毎日雑用をしていた。

「ベル!おはようございます!」
「なまえ、今日の朝飯何?」
「今日はパンケーキですよ!」
「なまえー!おはよう!」
「おはようございます!ルッスーリア!」
「おはよ、なまえ」
「おはようございます!マーモン!」
「…よう」
「おはようございます!レヴィ!」

いつものように、皆と挨拶を交わした私はマーモンを抱き抱えて定位置に座った。部活に入っていない私は、学校が冬休み中とくにする事は無く、毎日ヴァリアーの雑用として働いている。
学校がある日は皆と会える時間が少ないから、冬休みとか長期の休みは私にとって、すごく嬉しかった。ニコニコしながらマーモンにご飯を食べさせていると、ふいにボスが口を開く。

「今日は全員で暗殺の仕事がある」
「え!?私もですか!?」
「んなわけねえだろ、カスが」
「す、すみません」

ボスの恐ろしい気迫に負けた私は、渋々口を閉じた。

「今日の仕事は少し時間がかかるかもしんねえ」
「ボスさんよぉ、それってどこでやるんだぁ?」
「飯食ったらすぐに出るぜ」
「う゛お゛ぉい!無視すんじゃねえ!」

怒りでスプーンを折り曲げるスクアーロを無視して、ボスはさっさと部屋から出て行った。みんな任務ってことは、私ひとりになるってことだよね。
微かにため息をつくと、それに気付いたベルがニッコリ笑って私に話しかけてきてくれた。

「なまえ、だーいじょうぶだぜ?速攻で終わらせてくるからよ」
「はい、怪我には気をつけて下さいね」
「バーカ、怪我なんてするわけねーじゃん」
「あーらベルちゃん、そんなに大口叩いてほんとに大丈夫かしら?」
「楽勝だっての、だってオレ王子だもん」
「じゃ、なまえ行ってくるね」

ぞろぞろと玄関に向かう皆のあとを着いていき、マーモンに気をつけてと言った。
さっさと玄関から出て行く皆を見ていると、最後に出るスクアーロがちらっと私に視線を投げかけてくる。

「…う゛お゛ぉい、情けねえ顔だなあ」

スクアーロに指摘され、慌てて笑顔にした。
そんな私を見てスクアーロは視線を床に向けて、ポツリと一言呟く。

「待ってろよぉ」

スクアーロは言うのと同時に素早く玄関の扉を閉めた。

「…待っていますよ」

だから、無事に。
みんなで帰って来て下さい。

「暇だなー」

雑用の仕事が一段落し、私はソファに座り退屈していた。
時計に目をやるとまだ昼頃なのが分かる。

「…散歩でもして来ようかな」

背伸びをして、近場の散歩コースへと足を運んだ。
やっぱり季節は冬だから、外はそれなりに寒くて少し身震いをする。顔を上げると、目の前に公園があったため何気なく公園内へと足を運んだ。

「公園久しぶりだー」

ふうと白い息を吐きながら、空いているベンチに座る。何人かの親子連れが楽しそうに遊具で遊んでいるのが見えた。
なんか遊びたいな。せっかく来たんだし、なんかに乗ってこよう!
勢いよくベンチから体を起こし、一番近くにあったブランコへと歩いて行った。

ひとつだけ空いているブランコに座ると、幼かった頃が鮮明に蘇る。なんだか楽しくなりゆっくりとブランコを漕ぎ出した。冷たい風が顔に当たってどんどん奪われていく体温とは違い、今の心境は最高だった。なんかブランコ楽しいかも。
気分が上がってきた私はブランコを勢いよく漕ぎ続け、どんどん高くなる高度になんだかスリルを感じた。もっとスリルを体験したくて大きくブランコを漕いだ瞬間、目の前に凄い速さで子供が飛んできた。

「うわ!」
「グピャッ!」

私とその子供はブランコから落ち、草むらに背中からダイブする形となってしまっている。
私はすぐに起き上がり、自分の体にしがみついている子供に声をかけた。

「だ、大丈夫ですか!?怪我はありませんか!?」

子供の体に傷が無いか確かめていると、子供はすくっと立ち上がり私に向かって人差し指を向けた。

「ガハハハ!こんなことでランボさんはくじけないもんねー!」
「ほんとに怪我無いですか!?」
「ランボさんは無敵だもーん!」

ガハハハ!と笑うランボと名乗る子供は本当に怪我が無いようで、心底安心した。
牛柄の服を着て、髪が見事な爆発っぷりを起こしているランボくんはあれれと言って私の顔を覗き込んでくる。

「な、何ですか?」
「ランボさんお前のこと知ってるぞー、あっ!この前ツナと一緒に朝歩いてたやつだー!」

この前?朝ってことは学校の登校の時の事かな。
ランボくんはそーだ!そーだ!とひとりで納得し私に視線を送る。

「ツナがねー、お前のこと言ってた!」
「え?ツナさんが?」

ツナさんの弟さんかなとか考えていたら、ランボくんはニコニコ笑って話をしてきた。

「新しくファミリーに入ったやつだって!名前なんていうの?」
「名前はなまえって言いま、」
「ガハハ!ランボさん、なまえにプレゼントあげちゃうもんね!」
「え!?そ、そんな!いいですよ!」
「イヤだって言ってもあげちゃうもんね!ほい!」

ワシャワシャと髪を掻き混ぜて何かを発見したランボくんは、私に鳥の糞を手渡して嬉しそうに笑っていた。

「ガハハハ!なまえ嬉しいだろー!」
「あ、ありがとうございます…」

ランボくんは遠くで自分を呼んでいる声に気付き、私に向かってバイバイと手を振る。

「イーピンが呼んでるからまたね!バイバイ!」
「は、はい!ランボくんまたねー!」

ランボくんはガハハハ!と盛大に笑いながら私の前から姿を消した。
ツナさんの弟くんって可愛いなあ。
のほほんと和やかムードになっていた私を現実へ連れ戻したのは、手のひらに転がるひとつの鳥の糞だった。

散歩を終え、ヴァリアーのアジトに戻ってきた私は夕食の支度へと取り掛かった。
今日は何作ろうかな。そんな事を考えながら時計に目をやる。まだ帰ってこないみんなに少し不安を覚え、エプロンを付けた。
夕食の支度が終わっても、皆は帰って来なかった。そろそろ夜の11時を時計の針が回ろうとしている、私はソファに座り、皆の帰りをひたすら待った。みんな、怪我とかしてないかな。大丈夫だよね。あ、そういえば明日は風紀委員会の集まりがあるんだった、冬休み中も集まるなんて雲雀さんも熱心だな。
ちらりと時計に目をやった。もう少しで夜中の12時になろうとしている時計の針を、じっと見つめる。

「…早く来てよー」

ひとりじゃつまんないよ。

「ただいまーっと、しし、なまえわりー、少し遅くなった」
「ただいまなまえ」
「なまえー!お腹すいたわー!」
「みなさん!おかえりなさい!」

勢いよく開いた玄関の扉から次々と仕事を終えたみんなが入ってくる。
私は急いで玄関へと足を運んだ。

「しし、なまえよく起きてたなー」
「みなさんの帰りを待ってたんですよ!ご飯まだですよね?」
「もうお腹ペコペコよー!」
「今用意しますので待ってて下さいね!」

んじゃ、その間に着替えてくるわというルッスーリアの声を聞いて皆も一度自室へと戻って行った。
玄関に視線を向けると、そこにはあんまり見たことが無い疲れた表情をしたスクアーロが立っている。私は少しだけスクアーロの近くへと移動した。

「おかえりなさい、スクアーロ」

長身の彼を見上げながら恐る恐る声をかけると、スクアーロは視線を外しぎこちなく私の頭をぽんぽんと撫でた。そして、無言のまま自室へと着替えに行くスクアーロ。
今回の仕事、相当疲れたのかな。そんな事を思いながら遅い夕食の準備を始めた。

夕食が終わり、後片付けを終えた私は自室に戻ろうと台所を出た。
自室に行く途中、談話室の扉が開いていることに気付き、扉を閉めようと扉に手を掛ける。そこで私の動きはストップした。

「あ、」

スクアーロ?
談話室のソファに横になり目を閉じているスクアーロが見え、ゆっくりと談話室の中へと入って行った。スクアーロの近くに行くと、すうすうと微かに寝息が聞こえ彼が寝てしまっているのだと確信する。
このままじゃ寒いよね。自室から素早く毛布を持ってきて、スクアーロにかけようと思い毛布を手に持った。

「……」

やりづらい。とにかく、起こさないようにかけてあげないと。
毛布を広げ、そっとスクアーロの上に被せようとした。
毛布がスクアーロの体に少しだけ触れた瞬間、いきなりバチッと目を開いたスクアーロが勢いよく私の腕を引っ張り、ソファの上に乱暴に組み敷いた。
声を上げる間も無く、スクアーロは私にまたがりギリギリと両手首を握り締めてくる。私は苦痛に顔を歪ませた。

「い、いた!」
「…なまえ!?」

私の微かな声に気付いたのか、我に返ったスクアーロはすぐに腕から手を離し、体を起こした。
私もゆっくりと、体を起こしスクアーロと向き合う形にソファに座る。

「…大丈夫かぁ?」

そう言って、手首に手を伸ばしてきたスクアーロに私は瞬間的に目をギュッとつぶった。

「なまえ」

目をつぶって震える私を見たスクアーロは、おずおずと手を引っ込める。
なぜだか、怖かった。
寝ぼけてただけだったのかもしれないけど。凄い力で捻じ伏せられた私の体は震えが止まらなかった。

「なまえ、すまねえ」

スクアーロのその声を聞き、少しだけスクアーロの方に視線を向けた。スクアーロは目線を泳がせながらも言葉を口にする。

「オレは寝ながらでも気を張ってっからよぉ、近づくやつは無意識に敵だと思っちまうんだ、わりぃ」
「だ、大丈夫、ですよ」

振りしぼって出した声に反応したスクアーロが再度手を伸ばしてくる。私はびくっと反応してスクアーロから視線を外してしまった。
スクアーロだって謝ってるのに。そう思っても、体の震えは消えなかった。

「なまえ…」

私の名前を呼ぶスクアーロの声は、すごく寂しかった。

「お前、オレのこと怖いって思ってんだろ」

図星を言い当てられ、ぎゅっと自分の手首を握った。

「…なまえ」

スクアーロはゆっくりと近づいてくる。そして、私の手を優しく握った。

「なまえ」
「ス、スクアーロ」

スクアーロはおずおずとしながらも、手首についている痛々しい跡に軽く唇を当てるだけのキスを落とした。抱き寄せて私の肩に顔を埋める。
スクアーロの大きくてごつごつとした腕が腰に当たり、私なんかよりもずっと大きい体が私を優しく包み込んだ。
さらっと流れおちてくる綺麗な銀色の長い髪。顔の横にはスクアーロの顔があり、見事にスクアーロの腕の中に納まった私。
いきなりのスクアーロの行動に、私はどうしていいか分からなかった。

「なまえ」
「……」
「なまえ、オレは」

スクアーロは、抱きしめる力を強めた。

「オレは、」
「うっわ、そこのムッツリ、なまえに何しちゃってんの?」

いきなり扉の方から声が聞こえ急いで扉に視線を向けると、そこには私達の方を無表情で見つめるベルの姿があった。

「なまえから離れろよ」

ベルの言葉を聞いて、スクアーロはゆっくりと私から離れて行く。少しの間、沈黙が続きスクアーロはソファから立ち上がり談話室から出て行こうと扉の方へ向かった。
その時、ベルとスクアーロは一度も目を合わせなかった。いつもとは違うベルの雰囲気。
怒ってる?
何も言えずにいると、ベルは私に向かっていつものようにニッコリと笑った。

「早く寝ろよ」

うしし、と笑いながらベルはじゃーなと言って談話室から出て行く。私も数分経った頃に談話室をあとにした。
ベッドの中に入り、自分の手首に視線を向ける。まだ痛々しいほどの跡が残っているそれは、さっきの光景を鮮明に思い出させるものとして匹敵していた。
それからなかなか寝付けなかった。

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