「今日、遊園地行くぞ」
「え?」
私が並盛中に転入して、初めての休日。そんなゆっくりとした休日の朝食中に、ボスが一言言葉を放った。
「ボス、今なんて言いました?」
「てめえが昨日ボンゴレの新情報持ってきたじゃねえか」
「約束覚えてたんですか!?」
「うるせえよ、行くのか行かねえのかどっちだ」
「もちろん行きますよ!ボスありがとうございます!」
私が心底喜んでいると、マーモンが首を傾げながら私に問いかけてきた。
「なまえ、何の話?」
「あ、実はスパイの仕事ちゃんとこなしたらボスが遊園地に連れてってくれるっていう約束をしてたんですよ!」
「へえ、そーなんだ」
「うしし、あん時それでスパイやるって言ったんだよな」
意地悪く口角を上げるベルにそんなことないですよ!と一言返し、急いでコーヒーを口に運んだ。
「あ、ボス!みんなも行くのはダメですか?」
「構わねえ」
「じゃあみんなで、」
「僕は無理だよ」
マーモンは仕事があるんだと言い、ごめんねと謝ってきた。
「マーモンは仕事ですか、ほかのみなさんは大丈夫ですか?」
私がみんなに問いかけると、ルッスーリアとレヴィも大事な仕事があると首を横に振る。
「ルッスーリアもレヴィもですか、スクアーロは行きますか?」
さっきから黙って朝食を食べているスクアーロに声をかけると、スクアーロは気難しそうな顔をした。
スクアーロは遊園地なんて子供っぽいところなんかに行かないか、変なこと聞いちゃったかな。
「あの、無理ならいいですよ?」
遠慮がちに私がそう言うと、スクアーロは目を泳がせながら何かを言いたそうにしていた。
「オレは行くぜ」
突然、スクアーロとは反対の方向から声が聞こえ、振り返るとベルが笑って私を見ていた。
「オレ今日は何もないからさ、暇つぶしに遊園地行ってやるよ」
「ほんとですか!?」
これで遊園地に行くのはベルと私とボスの3人か。あー早く行きたいな!
「オ、オレも行くぞぉ!」
いきなりスクアーロが席から立ち上がったと思ったら、スクアーロは真っ赤な顔をして叫んできた。
じっと私を見てくるスクアーロにたじろぎながら、私は口を開く。
「ス、スクアーロも行きますか?」
「お、おう」
「そっそうですか」
それじゃ、スクアーロも入れて合計人数は全部で4人か。スクアーロが遊園地って、微妙に合わないなあなんて失礼なことを考えながらさっさと朝食を食べて、私達は遊園地に行く準備をした。
「そ、それで行くんですか?」
準備が整ったボスとベルとスクアーロの格好を見て、私は一瞬たじろいだ。
「なんか変?」
「いえ、ベルはいいと思いますけど」
私のこの言葉にベルは、ああと納得したように頷く。
「スクアーロとボス、別にサングラスしなくていいんじゃね?服もそのままだし」
「バカかテメェは!サングラスは変装のためだぜえ!なあ、ボスさんよぉ!」
「うるせえ」
ボスは眉間にシワを寄せ、すぐにサングラスを投げ捨てた。
「う゛お゛ぉい!」
「普通にしてればバレないって、スクアーロもサングラスとれよ」
早く、早くと急かすベルに負け、スクアーロもボス同様サングラスを外した。
「あと、遊園地にその格好のまま行くのは完璧空気読んでねえから、服も着替えたほうがいいと思うぜ」
「ああ!?てめえ何様のつもりだあ!?」
「王子サマ、いちいちわかりきったこと言わせんじゃねーよ、なまえもこの格好じゃヤベーって思わね?」
「え!?あ、はい、もう少しラフな格好でいいと、思います」
いきなりベルに話を振られ、私はスクアーロの顔色を伺いながら恐る恐る言葉を口にする。スクアーロは私の発言に、少し動揺したように見えた。
あれは絶対怒ってる顔だよ。余計なこと言わなきゃよかった。
私が頭でいろいろ考えていると、ボスが無言でアジトに戻り、そのあとを追うようにスクアーロもアジト内に入って行った。
「え、え!?や、やっぱり怒ってましたよね!?私謝りに、」
「だーいじょうぶだって、それにスクアーロもボスも怒ってねえよ」
あたふたする私の頭に手を乗せ、ベルはニッと笑う。
「ほんとに怒ってませんでしたか?」
「マジだって、ていうかスクアーロがなまえに怒る方がありえねえし」
ベルの言葉の意味が分からず頭を傾げると、ベルはまあそのうちなまえにもわかんだろと言って、ぽんぽんと軽く私の頭を叩いてきた。
「う゛お゛ぉい!これでいいかぁ!?」
「めんどくせえ」
勢い良く扉を開けてきたスクアーロとボスの服装は見た目も普通で、どこから見ても不審な人には見えなかった。
「やーっとで来たし、んじゃ早く行こうぜ」
ベルの言葉に促され、私達は車に乗る。運転手さんが運転席で、助手席はボス。
そして私の座席は。
「それでは、出発致します」
「……」
「うしし、早く着かねえかな」
「……」
居づらい。私は見事、ベルとスクアーロに挟まる形で座っていた。
少し狭い車内。当然、私はベルとスクアーロと密着状態になってしまっている。チラッとスクアーロの方に視線をやると、スクアーロと視線が合い、スクアーロはすぐに私から視線を外した。怖い、真ん中に乗るんじゃなかったな。
「スクアーロ、なまえのことガン見しすぎ」
「なっ!う、うるせえぞぉ!」
不敵に笑うベルに、スクアーロはすぐさま反論する。
私がまたチラッとスクアーロを見上げると、スクアーロは真っ赤な顔をしてプイッと外に視線を向けた。
「うしし、スクアーロ顔真っ赤だぜ」
「だ、黙れてめえ!」
「ちょ、ベル!」
まだスクアーロをからかい続けるベルに、小声でこれ以上スクアーロを怒らせないで下さいと言った。
「はいはい、分かったよ」
「静かにして下さいね」
私の言葉につまんなそうな顔をして、ベルは私の肩に頭を置いてくる。
「どうしたんですか?」
「遊園地着くまで寝かして」
「はい、着いたら起こし、」
「う゛お゛ぉい!」
私の言葉を遮ったスクアーロは眉を吊り上げて瞬時にベルの頭を窓の方に退かせた。
スクアーロが勢いよく窓に押したもんだから、物凄い音が車内に広がった。
「いって!てめえいきなり何、」
「てめえは窓のほう向いて寝てろぉ!」
はあ?意味分かんねえとベルもキレ始め、ギャーギャーと車内がうるさく始めたころ、いつの間にか遊園地の駐車場に着いてることに気付いた。
「このロン毛ムッツリ野郎」
「ムッ!?う゛お゛ぉい!オレはムッツリじゃ、」
「は、早く行きませんか?」
私が小声で言ったにも関わらず、スクアーロは聞こえたのかベルをひと睨みしてスタスタと歩いていく。
「あの野郎、王子に傷ついたらただじゃおかねえ」
「ベル落ち着いて下さい、せっかく遊園地来たんだからみんなで楽しみましょうよ!」
私がニッコリ笑うとベルはそれもそうだなと言って、私と一緒に先に行ったボスのあとを追いかけていった。
「次は何に乗りますか!?」
ジェットコースターに乗り終えたあと、私は目を輝かせてみんなに聞いた。
「オレはまたアレに乗ってくる」
ボスはメリーゴーランドを指差し、スタスタと歩いて行った。ボス、あれ乗るのこれで10回目だよ、よっぽど気に入ったんだろうな。
私がボスの方から少し視線を変えると、スクアーロ?らしき人が必死にグシャグシャになった長髪を直しているのが見えた。
「ス、スクアーロですか?」
恐る恐る尋ねると、グシャグシャになっている髪の間からスクアーロの顔が見えた。もしかして、さっきのジェットコースターで髪がグシャグシャになったのかな。
「だ、大丈夫ですか?」
「い、いや、その」
私の顔をチラチラ見ながらスクアーロはゴモゴモと口を動かす。私は櫛をかそうか、かなり迷った。
スクアーロ怒んないかな、大丈夫だよね。
私はゆっくりとスクアーロに櫛を差し出す。
「よ、よかったら使って下さい」
「サ、サンキュ」
なぜだか一層顔を真っ赤に染めながら、スクアーロは私の手から櫛を受け取り髪をとかし始めた。
「くっ!からまってるぞぉ!」
「……」
髪が痛みそうな勢いで髪をとかすスクアーロ。あれじゃあ、せっかくのサラサラヘアーが台無しだと思った私はスクアーロから櫛を受け取り、ゆっくりとスクアーロの髪をとかし始めた。
「う、う゛お゛ぉい」
「ご、ごめんなさい、髪が痛んだら大変だと思ったので」
いつ怒鳴られるかとドキドキしながら髪をとかす私を尻目に、なぜだかスクアーロの顔は真っ赤に染まっている。
怒りたいのを我慢してるのかな、絶対そうだよね。
私が早く終わらせようとした瞬間、決定的なミスが発覚してしまった。
と、届かない。髪の先の方は簡単にとかせたが、髪の根元となると話は別だ。長身のスクアーロと、普通より身長の低い私、届くほうがありえない。
「ス、スクアーロ、少し屈んでくれませんか?」
心底申し訳なさそうに聞くと、スクアーロは顔を真っ赤にさせながらゆっくりと腰を屈めてきた。
ここで初めて、私とスクアーロの顔が同じ位置になった。
「し、失礼しますね」
「お、おう」
目の前にあるスクアーロと極力目を合わせないように私は髪の根元をとかし始める。
スクアーロはせわしなく視線を泳がせていた。
「できました!」
私の目の前には、いつも通りのサラサラヘアーなスクアーロが立っている。私がさっさとその場を立ち去ろうとすると、スクアーロの大きい手が私の腕を引っ張ってきた。
「な、なんですか?」
「なまえ、その」
ゴモゴモと口を動かしながらゆっくり言葉を口にするスクアーロ。
スクアーロが言葉を口にしようとした瞬間。
「なまえ!!」
ベルが勢い良く私の名前を呼んだ。声がした方向に顔を向けると、息を切らしながら汗を流すベルの姿がある。
「ベル?どうしたんですか」
「オレのティアラが無くなった!」
「ほんとですか!?」
「ジェットコースター乗ったあとから見当たらねえんだよ!なまえ!一緒に探してくんね!?」
「わ、わかりました!」
「う゛お゛ぉい!」
すぐに二手に別れて探しに行ったため、スクアーロの声は聞こえなかった。
遊園地に来た人達は、ベンチに座りガックリと項垂れているスクアーロをかなり怪しんでいたのだった。
「無いなあ」
ちょうどジェットコースターの真下の影を、うろうろとさがしたがどこにもベルのティアラは無かった。
見つけなきゃ、ベルはアレが無きゃダメだし。
私はよし!と気合を入れて、またジェットコースターの真下を探し始めた。
「どこだろう」
「わおっ!いいモン見っけたびょん!」
「何それ?」
「ティアラですね、犬どこで見つけたんです?」
「ジェットコースターの近くにあったんれす!」
ティアラか。遊園地でそんなの落とす人もいるんだなって、さっきティアラって言った!?
「骸さん!オレに似合ってますかー?」
「骸様のほうが似合うだろ」
「クフフ、千種いいこと言いますね、犬それを、」
「すみません!それ私のです!」
話を進める3人の前に勢い良く飛び出した。そんな私を驚いた様子で見る3人。私は内心焦りながら口を開いた。
「正確には、私の友達のものなんです」
私の言葉を聞いた3人は、納得したような表情をする。
ほっとしたのも束の間、ズカズカと私の目の前にさっき犬と呼ばれていた男が近寄ってきた。
「なーんか信じられないびょん、どーせコレが欲しいから嘘ついてっしょ?」
「ち、違います!ほんとに友達が落としたものなんです!」
「うっそくせー」
そう言って私に舌を出してくる犬って人。私はどうしたら信じてもらえるのか、試行錯誤していた。どうしよう、せっかく見つけたのに。
「犬、それをその子に返してあげなさい」
「えー!?」
犬の隣に来た男の人は犬からティアラを奪い、私に差し出してきてくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
こちらこそ、すみませんでしたと言って、ニッコリ微笑むその人に私は心の底から思った。
なっなんていい人!髪型は少し面白いけど、この人絶対いい人だよ!
私はなんだか嬉しくなり、またふかぶかとお礼を言った。
「あ、ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい!何でしょう?」
ニッコリ微笑むその人は、優しく私に問いかける。
「あなたの名前を教えてくれませんか?」
「名前、ですか?」
「はい」
不思議に思いながらも深くは考えずに、私は口を開いた。
「なまえって言います」
「なまえ、いい名前ですね」
その人はジッと私の顔を見てニッコリ笑い、それではと言って私に背中を向けた。
「あ、あの!あなたの名前を、教えて下さい!」
私が思い切って叫ぶと、その人は少しだけ振り返り微笑みながら言った。
「六道骸です」
それだけ言って、3人はその場から去って行った。
六道骸、骸さん。
私は彼の名前と顔を忘れないように、暗記をした。
「そろそろ帰りましょうか」
「そーだな」
日も傾き始め、遊び疲れた私達は帰り支度を始めた。
「うしし、やっぱコレがねえと落ちつかねえな」
「それがないとベルって感じがしませんからね」
「サンキューな、なまえ」
ニッと笑うベルに私も笑顔で解釈をした。
「そーいやボスは?」
ベルの言葉で初めてボスがいないことに気がつく。辺りを見渡しても、ボスの姿は無かった。
「スクアーロ、ボス知りませんか?」
なぜか少しだけ元気のないスクアーロに声をかけると、知らないと返答された。ボス、まさか先に帰っちゃったのかな。
そんなことを考えながらウロウロしていると、メリーゴーランドの方向から大声が聞こえてきた。
「お客さん困りますよ!もう終わりなんですから!」
「うっせえ!オレはまだコレに乗りてえんだ!さっさと動かしやがれ!」
「ちょ、お客さん!」
ボスあれからずっとメリーゴーランド乗ってたの!?
「早くしろって言ってんだろーが!このカス!」
「警備員ー!この人捕まえて下さい!」
「貴様!そんなもん呼びやがったらただじゃおかねえ「ボス、何してるんですか?」
私の言葉でやっと気付いたのか、ハッと我に返るボス。
イヤな沈黙がその場に流れたのは言うまでも無い。
「…帰るぞ」
ゴホンと咳払いをして、スタスタ歩き出すボス。私は係りの人に謝ってからボスのあとをついて行った。
「……」
微妙な雰囲気を漂わせる車内。ベルも遊園地に来るときみたいにはしゃがず、窓の方に頭を傾けて寝ている。
私も、眠くなってきた。
だんだんと重くなる瞼に乗って、ゆっくりと頭を傾けた。コツンと、隣の人にあたり顔を上げるとスクアーロが私を見下ろしているのが分かる。どうしよう、スクアーロ怒るよね。
「ご、ごめんなさい、スクアーロ」
私がスクアーロの肩から頭を上げようとした瞬間、スクアーロの大きな手がそれを静止させた。
そのままスクアーロは私の頭を自分の肩に乗せる。
「気にしなくていいぞぉ」
これ以上、眠気に勝てない私は頭上から聞こえてきたこの言葉通りに従った。
すぐに眠りに落ちた私に、その後のスクアーロを知る由もなかった。
「骸さん、ほんとにアレあいつのだったんれすかねー」
「犬、それ何回目?」
「うっせー柿ピー!オレあれ欲しかったんらよ!」
「クフフ、あの子なかなかよかったですね」
「む、骸さん?」
「骸様、あの子のことかなり気に入ったみたいだね」
「えー!?」
「なまえ、絶対また会いましょう、クハフハ!」
「出た!骸さんがとびきり嬉しいときにしか使わない応用レベルの笑い方!」
「骸様、またあの子と会えるといいですね」
「もちろんですよ、クフフフフ」
「ちょっと怖いんれすけどー!」
骸に気に入られたことも知らない私は、まだスクアーロに寄りかかり夢の中だった。