「なまえ」

呼ばれたことに気付きゆっくりと振り返ると、私の背後にちょこんと立っているマーモンが目に入った。

「どうかしましたか?マーモン」
「さっき天気予報で今日は雨だって言ってたよ」
「じゃあ今日は傘を持って行かないといけませんね」
「うん、じゃあ僕は任務行ってくるから」
「教えてくれてありがとうございます、マーモン行ってらっしゃい!」

私が笑顔で手を振ると、マーモンも小さな手を振り返してくれた。

「あー!」
「うわっ!び、びっくりした、いきなりどうしたのよ、なまえ」

休み時間中、大声を出した私に心底驚いた花ちゃんが心臓を抑えながら問いただしてくる。
私は項垂れながら口を開いた。

「…傘、持ってくるの忘れました」
「えー、今日天気予報で降水確率80パーセントって言ってたのに?ほら、外曇り始めてるし」
「うう、せっかくマーモンが教えてくれたのに」
「なまえちゃん、マーモンって誰のこと?」

きょとんとした表情で聞いてくる京子ちゃんに慌ててなんでもないと言い、授業開始のベルと同時に私は席に着いた。
外に視線を向けると、ぽつりぽつりと小さな水滴が空から落ちてきているのが分かる。
私は帰りどうしようかと、ひとり考えていた。

「これってなまえの傘じゃね?」

ヴァリアーのアジト内でベルは任務の支度中、玄関の傘立てから一本の傘を取り出していた。

「スクアーロ、これってなまえのだよな」

広間に居るスクアーロにその傘を見せると、スクアーロはああとだけ呟く。

「あいつなんで傘忘れてんの、ありえねー」

ベルはそう言うと、その傘をスクアーロ目掛けて放り投げ、それに当たったスクアーロは持っていたコーヒーを零した。

「う゛おぉい!てめえ何してんだぁ!?」
「それ、なまえに届けてきて」
「はあ!?」
「だーかーらーお前どうせ今日任務ねえじゃん、なまえの学校終わる時間にそれ届けてこいって言ったんだよ、この脳無し野郎」
「な、なんでオレが、」
「うるせーな、せっかく王子が頼んでんだから素直に返事しろよ、そんなんだからいつまでたってもヘタレなんだっつーの」
「う、うるせーぞぉ!」

スクアーロの反抗も虚しく、ベルはさっさと任務へと行ってしまった。
ひとりになったスクアーロは、小さな傘をじっと見ていた。

化学の授業中、化学室でみんな自由に班になって実験を行っていた。
私の班は私と京子ちゃんと花ちゃんの3人。

「花、これってどうするんだっけ?」
「京子ー、ちゃんと聞きなさいよ、それはこうだってさっき先生言ってたじゃない」
「花ちゃん!これでどうでしょうか!」
「ちょ、なまえも何してんのよ、違うじゃないこっちにやるんだって」

チンプンカンプンの私と京子ちゃんに半ば呆れながら、花ちゃんは辛抱強く教えてくれた。
そんな時、隣の班のツナさん達が覗きに来てツナさんは申し訳なさそうに花ちゃんに尋ねている、やっぱり難しいよね。

「あのー、こっから分かんなくなってさ、よかったら教えてほしいんですけど…」
「ダメツナ達もちゃんと先生の話聞きなさいよ」
「は!?てめえ!10代目に失礼なこと言ってんじゃねえ!」
「ハハッ、わりーな」

花ちゃんはまだぶつぶつ言っていたけど、仕方無さそうにツナさん達に実験の作業を教えている。
こっそりその光景を見ていると、ふいに獄寺くんと目が合ってどうしようか迷っていたらすぐに獄寺くんは私から視線を外した。やっぱり、あの体育の日からなんか変だ。
自分が何かしたのかと頭の中で思い出していると、隣に居る京子ちゃんが指を押さえていることに気が付いた。

「京子ちゃん、指どうかしたんですか?」
「うん、ちょっと切っちゃって」
「え!大丈夫ですか!?」

半ば強引に京子ちゃんの手を引き、切り口を確かめる。
深めに切られている指からは血が流れていた。

「ダメですよ、すぐ保健室行かないと!」
「え、でも、」
「花ちゃん!京子ちゃんを保健室に連れていきますね!」

問答無用で京子ちゃんの腕を引っ張り急いで保健室へ。そんな私に花ちゃんはいってらっしゃいと軽く言葉を投げかけた。

「失礼します!」

ガラッと扉を開けると、中はガランとしていて保険医の姿はどこにもない。
仕方なく私と京子ちゃんは長椅子に座り簡単な消毒などを行った。

「なまえちゃん手当ての仕方上手だね、いつも誰かにしてあげてるの?」
「いつも、ではないですけど、こういうのは得意ですよ」
「すごいなあ、なまえちゃん」

絆創膏を貼り終えた指を眺め、京子ちゃんは羨ましそうに私を見つめる。

「すごくないですよ、全然」
「ううん、すごいよなまえちゃん、最近はツナくんも凄いよね」
「ツナさん?」

ツナさんのことを口にした京子ちゃんはニッコリと笑い、また指を眺めていた。
京子ちゃんのツナさんの話に私は必死に耳を傾けていた。

「だってツナ君、最近みんなと仲良くなったし体育とかもすごいし、ツナくん見てると楽しいよ」

あんまりにも嬉しそうにツナさんのことを話すから、私は心の中で小さくツナさんへよかったですねと呟いた。

「なまえちゃんは?」
「え?」
「最近、すごいなあって思う人いる?」

京子ちゃんの問いかけに、すぐに私の頭の中に思い浮かんできた人はやっぱり山本。
なんだか顔に熱が集まってくるように感じた私は、どうすることもできなくて目を泳がせていた。

「いま、すよ」
「だれだれー?」
「え、えと、」
「あれー?可愛い子猫ちゃん達、いつの間にここに入ったのー?」

言葉を遮った人の気配に気付いていなかった私達は心底驚き、すぐにドアの方に顔を向けた。
そこには保健医のシャマル先生が。

「えと、京子ちゃんが指を切ったので保健室に来たのですが、先生が居なかったので勝手に手当てしてしまいました、すみません」
「おおう!愛しの京子ちゅあーん!」
「キャッ!」

止める間もなくシャマル先生はいきなり京子ちゃんに抱きつき、嬉しそうに頬ずりをしている。
初めてシャマル先生に会った私はどうすればいいのか分からなくて、ただ呆然とその光景を眺めていた。

「ん?君って、もしかしてなまえちゃん?」
「は、はい」

シャマル先生はじろじろと私の顔を覗き、近寄ってくる。
私は少しづつシャマル先生から離れながらゆっくりと頷いた。

「へえ!じゃあ君があの作戦の超重要人物かー!くーっ!イカすねー!」
「え?作戦って何ですか?」
「なまえちゃんもなかなか可愛いねえー!なまえちゅあーん、こっちおいでー!」

京子ちゃんから離れ、ゆっくり私に近づいてくるシャマル先生。
シャマル先生が私を抱きしめようとした瞬間、ガラッと保健室の扉が開いた。

「んな、てめえ!何してんだこの変態野郎が!」
「ブッ!」
「ご、獄寺くん!?」

獄寺くんは保健室に入ってくるなりシャマル先生のお腹を蹴り上げ、げしげしと足で踏んずけている。

「んだ隼人、お前もうちょい気使えよなー、あとちょいだったってのによー」
「うるせえ!このヤブ医者が!」
「なーにムキになってんだ、お前」
「なってねえ!つーかてめえはもうこの学校にくるんじゃ、」
「ご、獄寺くん!もうその辺にしといたほうがいいんじゃないですか!?」

一向にシャマル先生を蹴ることをやめない獄寺くんの腕を引っ張る。
獄寺くんは勢い良く私から腕を振り払うと、凄い形相で私を睨んできた。

「オレに触んじゃねえ!バカ女!」
「す、すみません!」
「おーおー怖いねえ、そんな怒ってるとなまえちゃんには何も伝わんな、」
「てめえは黙ってろって言ってんだろーが!」

なぜだかさっきより悪化してしまったこの状況。
何分かして花とツナさんと山本が来てくれたおかげでこの場は収まった。

「あの、すみませんでした」

さっさと保健室から出て行った獄寺くんの代わりに謝ると、シャマル先生はニヤリと笑って私の頭を優しく撫でてくれた。

「いいってことよ、それよりいろいろ頑張んな」
「え、は、はい」

最後に軽く頭を下げて私達は保健室をあとにした。

「…おいリボーン、あの子が例の作戦の子か?」

静まり返った保健室内で、シャマルは壁からひょっこり現れたリボーンに言葉を投げかける。

「そうだぞ、あの作戦にはあいつを使う」
「へえ、そりゃ見事なことで」
「なんだ、不満か?」
「そりゃーな、あんなプロでもない子にあんな重要任務が任せられるのか?」
「バカだなシャマル」

リボーンはシャマルに向かって不敵に笑う。

「何も知らねえあいつだからこそ、あの作戦はあいつにしかできねーんだぞ」

窓の外では、激しい雨が降り続いていた。

「ど、どうしよう」

ザーザーと降りしきる雨の前、次々と帰り始める生徒達とは反対に私は一人玄関に立っていた。
一向に止む気配のない雨に大きくため息を零す、それと同時に私の頭に誰かの手がのった。

振り向いたと同時に、私の心臓は一際大きく鳴り響く。

「や、山本」
「よっ!どーしたなまえ、傘ねーのか?」
「はい、忘れてしまって」
「じゃあオレと一緒に傘入ってくか?今日雨だから部活も休みだしよ」
「え!い、いいんですか!?」

私の問いかけに山本はいつもの爽やかな笑顔を浮かべ、もちろんと言ってくれた。どうしよう、かなり嬉しい。
ドキドキ鳴り響く心臓、雨のせいで寒いはずなのに私の顔はなんだか凄く熱かった。

「なまえの家ってこっち方面?」
「はい!」

ふたり並んでひとつの傘に入り、ゆっくりと歩く。
山本は私なんかより全然背が高いから歩幅が違うはずなのに、私に合わせてくれていて、少しだけ山本の横顔を見てみると目が合いそうになった。
そんなことだけで、凄く嬉しい。
私は、もしかして本当に。

「なまえ、濡れてねえか?」

突然頭上から声が聞こえ、私はハッとして大丈夫です!と言った。
山本のほうに目を向けると、肩が少し濡れていることに気付く。

「山本の肩、濡れてますよ」
「オレは大丈夫だから気にすんな」
「ダ、ダメですよ!風邪引いたら大変です!」
「ハハッ、なまえは心配性なのな」

山本のなまえという言葉に一気に顔が真っ赤になった。
ただ山本が名前を呼んだだけなのに、どうしよう、うれしい。

「ん?なんか顔赤くね?」
「な、なんでもないです」
「なまえのほうが風邪引いたんじゃねえ?大丈夫か?」
「や、山本、」

山本は立ち止まると私の額に自分の額をぴったりとくっつけてきた。
近い近い!山本の顔がこんな近くに…!
もはやパニック状態になった私は、離れていく山本の顔を呆然と眺めていた。

「ん?」

山本は前方の方に視線を向け、小さく言葉を呟く。
まだ熱のおさまらない額に手を添えながら、私も前方に視線を向けた。

「あ、」

なんで、ここに。
山本とふたり、ひとつの傘に入り立ち止まる私達の目の前には、私の傘を持っているスクアーロの姿があった。

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