ある日突然、あいつはやってきた。

「今日からオレ達の一員になった名字なまえだ」
「よ、よろしくお願いします!」

ボスさんの隣で、名字なまえという女は軽く礼をした。どうやら今日からボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーの一員に加わるらしい。
オレは自分よりかなり小さい背のその女を見下ろした。
緊張しているのか、おずおずとせわしなく視線を泳がせ頬を赤く染めている。普通より背も小さく、華奢な体でどこから見ても一発で倒せる自信があった。こんなやつに何ができるんだよ。
オレは一層、そいつを睨む目を強めた。

「オレ達の新しい仲間ねえ、で?お前はなにができんの?」

もの珍しそうに女に近づき、ベルはニヤッと口元を歪ませた。
女は話し掛けられたことに感動したのか、目を輝かせてベルに返事をする。

「私は頼まれればなんでもやりますよ!」
「具体的になにすんの?」
「えっと、家事とか洗濯とか掃除とか」
「は?」

女の口から出た言葉にベル同様、オレ達もぽかんと呆気にとられてしまった。

「こいつは直接暗殺には関わらねえ、こいつの仕事はオレ達の身の回りの世話だけだ」

淡々と答えるボスに、オレは眉を吊り上げて反論する。

「う゛お゛ぉい!ボスさんよぉ!そんなやつオレらには必要ねえだろうがぁ!」
「オレに文句言うんじゃねえよ、こいつ連れてきやがったのは家光の野郎だ」
「家光が連れてきたのかよ!?」
「門外顧問がねえ」

まあ、仕方ねーかと言ってベルは女によろしくと挨拶を交わした。それに続いてマーモン、ルッスーリア、レヴィが一斉に女に挨拶をする。
嬉しそうにニッコリ笑う女の顔を見て、オレの怒りは頂点に達した。こんな何もできねえガキがオレ達と同じ暗殺部隊?
ふざけんじゃねえよ、ここに弱いやつはいらねえ。こんなやつぜってえ認めねえ。

「あ、スクアーロですよね?あなたの噂は聞いていますよ!とても剣の腕が、」
「軽々しくオレの名前を呼ぶんじゃねえ!!」

話し掛けながら握手を求めて手を伸ばしてきた女の手を思いっきり振り払い、オレは勢いよく叫んだ。心底驚いたのか、女はオレを怯えたように見ている。
その一部始終を見ていたベルがおいと声をかけてきた。

「うしし、スクアーロ、お前なに大声だしてんの?マジハズカシー」
「うっせえ!オレはぜってえこんなやつ認めねえからなぁ!!」
「はあ?」

最後に女をひと睨みして、オレはさっさと部屋をあとにした。
ふざけんじゃねえ。
オレは思いっきり壁を殴りつけて自室へと戻って行った。

「なまえ、オレが帰ってくるまでにオレの部屋掃除しといて」
「はい!分かりました!」
「ふーん、マジでなんでもやんのかよ」
「はい!仕事ですので!」
「しし、んじゃ頼んだぜ」
「はい!いってらっしゃいベル!」

翌日、廊下を歩いていたら最悪にもあの女とベルが会話しているのを目撃した。ベルが気さくに話をしているところを見ると、あの女を気に入ったことが分かる。
オレは小さく舌打ちをした。

「あ、」
「……」

ベルがいなくなり、再び歩きだした女はオレに気付いて声を漏らした。そしてすぐに女の顔から笑顔が消える。
オレは黙って通り過ぎようとした。

「あ、あの!」

その瞬間、女がオレを呼び止めてオレは眉間にシワを寄せながら女の方に振り返った。
黙って女を見下ろしていると、女は目線を泳がせながら静かに言葉を口にする。

「あ、あの、昨日はすみませんでした…」

そう言った女の顔は、今にも泣きそうで。
オレは一層深く、眉間にシワを寄せた。

「…オレに話しかけてくんじゃねえよ」

そう一言だけ女に吐き捨て、オレはさっさとその場を去って行った。
すぐに謝罪をするあの弱腰、オレはあんなやつ大嫌いだ。

「なまえ、お願いがあるんだけどいいかな」
「はい、いいですよ」
「今日から毎晩、僕の部屋に来て絵本を読んでくれないかな」

夕食中、マーモンがいきなり女に向かって絵本を取り出し話を持ち出した。そんなマーモンに向かって、少しだけ笑みを浮かべながらいいですよと言う女。
マーモンは嬉しそうにニッコリ笑った。

「ぷっ、マーモンだっせえ」
「うるさいよベル、絵本も結構面白いんだから」
「あら、それじゃあ私も一緒していいかしら?」
「なまえ、このポトフおいしいよ」
「え!?これって無視!?私マーモンちゃんに無視されちゃったのー!?」

マーモンに無視されたことにショックを受けたであろうルッスーリアがいくら大声を出しても、ルッスーリアに見向きもしないマーモン。
ガックリと項垂れるルッスーリアを無視して、マーモンは再度女に声をかけた。

「なんかなまえ元気ないね、なにかあったの?」
「そ、そんな事ないですよ!」
「さては」

マーモンはちらっとオレに視線を向けた。それを見たベルがああと言って納得する。

「お前、なまえにまだ冷たくしてんのかよ?」
「そろそろ認めたら?」
「そうよー、なまえは家事も掃除も洗濯も私の恋の相談だってしてくれるんだから!」
「うわ、なまえかわいそー」
「まっ!それはどういう意味なの!?ベルちゃん!」

ギャーギャー騒ぎ出した連中に軽く舌打ちをし、オレはガタンと乱暴に席を立った。
一瞬だけ視線を女に向けるとすぐにオレから目線を外す女、見てんじゃねえよ、気に食わねえ。
オレはすぐにその場から出て行き、深夜の暗殺へ向けて支度を始めた。

「あー、疲れたぜえ」

深夜0時。オレは暗殺の仕事を終えアジトへと帰って来た。
今日はオレしか仕事が無かったため、アジト内は静まり返っている。
少しの灯かりしかない廊下を歩く途中、廊下に漏れる小さな灯かりが目についた。
たしかあそこは台所だと確認し、ちょうど小腹も減ったことだと思い、オレは灯かりに誘われるように台所内へと入って行く。
台所に入った瞬間、オレは目を見開いた。
あの女だ。女は台所で何やら料理をしていた。慣れない手つきで包丁を持っているその様はどう見ても料理に慣れているとは言えない。
オレは無遠慮に中に入り、大声を張り上げた。

「う゛お゛ぉい!てめえ何してんだあ!?」
「わっ!」

オレの声にかなり驚いたのか、女はバランスを崩して背中から倒れそうになる。オレは無意識に駆け寄り、間一髪のところで女を抱きかかえ床との衝突を防いだ。
驚いた、女の体は見事オレの体にすっぽりとおさまり、小さくて、想像以上に軽かった。女の肩を抱くオレの手の半分しかない女の手。
柔らかくて、華奢なその体。オレは女を抱きしめたまま、固まっていた。

「あ、あの…」

女の声で我に返ったオレはすぐに女を自分から引き離す。オレが立ち上がると同時に、女も立ち上がった。

「あ、ありがとうございます、スクアー、」

女はハッとして手で口を覆い、すぐにオレにごめんなさいと謝ってくる。オレは無言で、ぐつぐつと煮えているものに目を向けた。

「…てめえ、なにしてたんだよ」

オレの言葉に反応して女はゆっくりと口を開く。

「明日の、朝食の下ごしらえをしていました…」
「ハッ!どーだかなぁ」

鼻で笑うと、女は怪我だらけの指を隠しながらぎゅっと下唇を噛み締めた。

「私、料理が下手で、朝から作りだしても間に合わないんです…」

その女の言葉には同意した。
さっきの包丁さばきを見る限り、料理は得意では無いのだと思ったから。
それじゃあ、なんでこいつはここに居る?なんのためにここに居るんだ。得意じゃねえ料理をわざわざしに暗殺部隊に入る意味がわからねえ、雑用がしたいならボンゴレの下っ端に行けばいい話だ。

「…てめえはなんでヴァリアーに入りやがった」

オレのこの質問を聞いて、女はぴくりと反応した。

「…私は、親方様の下で働いていました」
「……」
「私、前のヴァリアーだった方に助けてもらったことがあって、それでヴァリアーの力になりたいと思って親方様に頼みこんだんです」
「理由はそれだけかぁ?」
「…はい」

なんて単純でくだらない理由。オレは女を見下ろしながら口を開いた。

「くだらねえなあ!そんな理由でここにこられても、人もまともに殺せねえやつなんか邪魔にすぎねえんだぜえ!」

オレの言葉に女は顔を俯ける。そんな女にオレはハッキリと言い放つ。

「ここに雑用はいらねえ、さっさと家光のとこに帰るんだな」

その言葉を言った瞬間、女の目に涙が滲んだ。
女は必死に涙を流さないように我慢している。バカバカしい、泣けば許してもらえるとでも思っているのかとオレは軽く笑った。

「わ、私は、なにもできないけど」
「……」
「それでも、ヴァリアーのみんなの力になりたいです…」

必死に我慢していた女の目から、涙がこぼれた。

「…ごめんなさい」

女はそう言って、赤くなった目を擦りながら後片付けを始める。
オレは女が持っていた包丁を手に取り、一気ににんじんを切ってみせた。
それを見た女は驚いたのか目を見開いてオレを見ている。オレは女と視線を少しだけ合わせて口を開いた。

「…せいぜいこんくらいはできるようになんねえとなぁ」
「は、はい」

女に包丁を渡し、オレは台所から出ようと女に背を向ける。

「あ、あの!」

女の声に反応し、オレは女のほうに振り返った。

「わ、私、料理上手になれるように頑張ります!」

そう言って真剣な顔してオレを見つめてくる女。オレは何も言わずに女に背を向け台所をあとにした。
オレは自分の手に視線を落とす。

「…小せえ」

その夜、オレはなぜかあの女のことが頭から離れなくてなかなか寝付けなかった。

「おはようございますみなさん!」
「なまえ、今日の飯なに?」
「今日はシチューですよ!」
「おはよ、なまえ」
「おはようなまえー!お腹すいたわー!」

翌朝、女は笑顔で食卓にいた。手には黒い手袋をして、怪我がみんなに知られるのを恐れているのか。
オレと視線が合った女は、気まずそうに軽く頭を下げるだけの挨拶を交わした。
その女の態度になぜだかイラついたオレは、不機嫌に椅子に座る。

「ボス、おいしいですか?」
「プハッ!食えたもんじゃねえ」
「ど、どこがダメでした!?」
「チッ、めんどくせえな、まずてめえはにんじんをでかく切りすぎだ」
「はい!あとはどこが悪かったですか?」

ボスはなぜかめんどくさそうにだけど、得意気に料理のダメだしをしている。その光景を見て不思議がるオレ達。
女が来てから3日しか経っていない。それでもオレ以外のやつらは全員、何気なく女と打ち解けてきていた。
オレは舌打ちをして食卓から出て玄関に向かう。玄関の扉に手を掛けた瞬間、傘を持った女がオレのほうへと近寄ってきた。

「あ、あの、今日は雨が降ると予報されていたので」

そう言っておずおずと傘を差し出す女。
雨が降ろうが降るまいがオレには興味が無かったが、オレは女から傘を受け取った。

「傘、借りてくぜえ」
「あ、スク、」

ハッとして口を閉じた女に、オレは視線を合わせずに声をかけた。

「呼んでいいぜ」

オレの言葉を聞いた女は一瞬驚いた表情になり、少しだけ優しい笑みを浮かべる。

「いってらっしゃい、スクアーロ」

オレは何も言わずにアジトを出た。さっきから鳴り響く心臓を抑え、額に手を当てる。
今日はさっさと仕事を片付けて帰ることに決めた。
きっと、あいつが待ってるから。

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