「なまえー!って、ちょ、その顔どうしたのよ、かなり酷いわよ」
「花、なんでもないよ」
「…泣いたの?」

今日一日の仕事も終わりに近づいたころ、廊下でバッタリ会った上機嫌の花と不機嫌な私、花は私を見るなり思いっきり顔を歪めて心配そうに私の顔を覗いてくる、あーやっぱりまだ目元の腫れ引いてないか、今の顔ほんとに酷いんだろうな、花すっごい驚いてるし。
何があったのと必死に問い詰めてくる花になんでもないよと言って心配させまいとする、花はいいな、いつ見てもご機嫌で凄く楽しそう、花のところのベル様って人本当にいい人なんだ、いいなあ、なんで私のとこはあんな人達なんだろう、なんで私だけ3人も世話をしなきゃならないんだろう、なんで、なんで私だけ。

「花、」
「なに?」
「花は、最後まで頑張ってね」
「え、なまえなに言って、」

花が最後まで言葉を言い切る前に私は自室へと走り出していた、後ろから花の私を呼ぶ声が聞こえる、私は聞かないようにと両耳を塞ぎながら自室に入り、すぐさま荷物の整理を始めた。
今日一日は一度も、3人の主様達に出会わなかった、いつもはノックをして部屋の中まで入るはずの食事もすべてそれぞれの主の部屋の前に置くだけにした、そして不思議なことに今日は主達からの呼び出しも一度もなくいつもなら何度も何度も呼び出しされるのにと疑問に思ったが、昨日のことで極力あの3人に会いたくなかった私は少しだけ安堵した。

今日は3人共、私の用意した食事を口にしてはくれなかった、朝昼夕とそれぞれの部屋の前に用意した食事はすべて手もつけられずそのままだった、今日で私はここを出て行く、だから今日だけは、最後だけは今まで食べてくれなかった雲雀様とザンザス様に一口だけでも食べてもらいたかったと、少しだけ寂しく思ってしまった私はバカだ、昨日、あんなにも酷いことをされたというのに。

ぐっと力を入れて大きなバッグにすべて荷物を入れ終えるとベッドに横たわり大きく息を吐いた、只今の時刻は午後10時、こっそり出て行くなら午前になったときのほうがいいかな、それよりどこから出て行こう、前に書庫から逃げようとしたら白蘭様に止められてもう逃げようとか考えないほうがいいよって言われて。
そういえばあれからずっと白蘭様には会ってない、きっと白蘭様もいい人だからメイドのM・Mちゃんも毎日幸せなんだろうな、みんないいなあ、きっと、いや絶対、こんなに酷い扱いされてるのは私のとこだけなんだ、どうして私だけ、あーもうイライラする、考えるのもうやめよう。

目元を押さえ大きくため息をつきゆっくり上体を起こしたその時、バアンッと壊れるんじゃないかってくらい大きな音で私の部屋のドアが開いた、声も出ず驚き硬直したままドアのほうに顔を向けるとそこには満面の笑みを浮かべる六道様の姿が。え、ちょっと待って、私ドアに鍵かけたよね?確かにかけたよね?もしかしてこの人鍵壊した?うっそ、どんな腕力。

「おやおや、なんて顔してるんですか君は、もともとブスだった顔がもっと酷くなっていますよ」
「な、いっ言われなくてもそんなこと知ってます!何しにきたんですか!」
「クフフ、まあ落ち着いて下さい、精神が錯乱している君にプレゼントを差し上げにきたんです」

優雅に前髪を払いのけながら、六道様は荷物がパンパンに入った私のバッグに腰を下ろし、大きな花束を私に差し出す。このソファなかなか座り心地いいですねとニッコリ笑顔で話す六道様、いや、それソファじゃないんですけど、私の荷物なんですけど、ちょ、どんどんへこんでいってるんですが私の見間違いですか。

「このみすぼらしい部屋にこの華麗なる花でも飾っておきなさい、きっと君の沼のような心も綺麗に晴れますよ」
「誰が沼にしたと思ってるんですか」
「クフ、仕方ないですね、僕が花瓶を探してきてあげますよ」

そう言って勝手に私のバスルームへと入っていってしまった六道様、花瓶ってバスルームにあったっけと呆れながら六道様が潰しまくった荷物を元に戻していると、またさっきと同じように私の部屋のドアが勢いよく開いた、バスルームから六道様はまだ出てきていない、一体何なんだと睨みつけるようにドアのほうに顔を向けると、そこにはいつもの無表情な顔で雲雀様が立っていた、え、なんで。

「ひ、雲雀様?」
「やあ、相変わらず変な顔だね」
「な、なんなんです、ぶっ!」

反論しようとする私の顔面に何かの布が乱暴に宛がわれた、顔中布に覆われ訳がわからなくなりながらも窒息すると思い、いまだ私の顔を布で抑えている雲雀様の手を軽く叩く、それでやっと気付いたのか、雲雀様はサッと私の顔から手を離しこれで拭いたらと私の手にその布を押し付けてきた。
よくよく見るとそれは何とも高級そうなハンカチで、意味が分からず雲雀様の顔を見上げると、雲雀様は私の部屋をキョロキョロ見渡している真っ最中、もしかして、いやまさかそんな、雲雀様に限ってそんなこと、でも、もしかしたら。
このハンカチで涙を拭けってこと、なのかな。

「花瓶見つけましたよ!ほらちゃんと水も入れて花も入れておきましたから…って、なんで君がここにいるんですか雲雀恭弥」
「それはこっちのセリフだよ、六道骸」

元気よくバスルームから出てきた六道様は雲雀様を見て、一気に顔を歪め不機嫌になった、2人とも私の部屋に来てることお互い知らなかったんだ、なんか凄い雰囲気恐いんですけど、ちょ、喧嘩するなら出てって下さい。

「おやおやなんです?そのお粗末なハンカチは。君の不器用さが表れていて滑稽としか言いようがありませんよ、クフ」
「君こそなんだいその花は、しかもバラだなんてベタなもの持ってくるなんて君も大概おかしな人だね、この人間にバラだなんて大層なもの似合うとでも思ってるの」
「なっ!しっ失礼です!確かに私にはバラなんて似合わないと思いますけど言い方っていうものが「おい」

雲雀様の言葉に反論していた私の言葉を遮り、とうとうドアを真っ二つに破壊しながら私の部屋に入って来たのは私の最後の主様のザンザス様だった、ほんとに何なんですかこの人達は。もっと静かに入ってくることできないんですか、ドア真っ二つとか、ちょ、ここに大工さんっていましたっけ。

「今度は君ですか、一体何なんです?2人して僕のマネですか、いい加減にして下さい」
「うるせえ、てめえらこそ何しにきやがったカス共が」
「君達のような草食動物は嫌いだよ、昨日だって我慢して顔を合わせたんだ、今すぐ出て行かないと言うなら問答無用で咬み殺す」
「ほう、君は面白いことを言いますね、やれるものならやってみなさい、僕はいつでも相手になりますよ」
「ハッ、カスが何人束になろうと所詮カスはカスなんだよ、散れガキ共が」

なぜだか3人集まった途端激しい言い争いが始まってしまった、たぶん私がいることなんてもう忘れているだろう、その前に、一体この人達はなんで私の部屋に?花束とか、ハンカチとかなんで。
そこまで考えた私の脳裏にありえない事実が浮かび上がった、嘘、嘘だ嘘だ、絶対嘘、だってこの人達がそんなこと、昨日だけじゃなく私に酷いことしてたのは毎日だった、それじゃあなんで、そういえば酷いことをされて泣いたのは昨日が初めてだった気がする、嘘、それじゃあ本当に?この人達は、この人達はもしかして。
私に謝りにきてくれた?

そう思った瞬間、私の心を支配したのは憎しみよりも悲しみよりもすべてを飲み込むほどの嬉しさと喜びだった、昨日からずっと大事なネックレスを壊されたことで落ち込んでいた気持ちが嘘のように消え去って、嬉しさばかりが込み上げて。
気付いたら私はまた泣いていた、顔を伏せて目元を雲雀様が渡してくれたあの高価なハンカチで拭きながら、嬉しい、凄く嬉しい、ネックレス壊されたのに、あーあ私ってバカだ、こんなにすぐ流されてバカだバカ、でも、ここにきて初めて、ありがとうもごめんなさいも言わなかったこの3人が初めて私に気持ちを表してくれた。

ボロボロと今朝方まで流していたにも関わらず一向に収まらない涙をだらしなく流していると、ベッドに座り込む足元に何かが投げられた感触がし、私は涙を拭きながらやっとで拾い上げる、それは昨日壊された京子から貰ったあのネックレスにとてもよく似たネックレスだった。

「おや、君もなかなかやりますねえ」
「へえ、この人間のためにわざわざネックレス買ってきたんだ、君が」

何とも意外そうな視線をザンザス様に向ける六道様と雲雀様、ネックレスを買ってきた張本人のザンザス様は不機嫌そうに舌打ちをしている。
私は案外、自分で思っていたよりも単純な人間なのかもしれない、このバイトももう少しで終わるのだからあとちょっとだけ頑張ってみようなんて、新しくなった可愛らしいネックレスを握り締め、考えてしまっているのだから。

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